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第四十四話 その三 迎え

アルティ視点に戻ります

 "救国の英雄"だなんて祭り上げられた人間が無断で国を出るというのはさすがにちょっとまずいだろう。

 すべてが終わったらマルガロイドに戻ってくるつもりでもあるし、角は立てないに越したことはない。

 というわけで私はレレオル国王に会わねばならなかった。他にもすべきことがたくさんあるから早く済ませたいところだけれど相手は一国の王、色々予定はあるだろうし数日待つことになるのは仕方ない……なんて思いながら遣いの者を出したのだ。


「ア、アルティリア様、た、ただいま戻りました……」


 ガレット宮殿くらいだったらひとっ走り行ってきますよーと元気よく飛び出していった執事見習いの少年は、ガチガチのぎこちない動作でもってルイワス邸に戻ってきた。


「お、表にき、来てください。す、すっげえことになってます……。お、俺、すっげえもんに乗せてもらっちゃいました……」


 外に出てみれば門の前にはやたらめったら凝った銀細工の施された馬車が止まっていた。

 夕暮れ時ということもあってまるで御伽噺のワンシーンみたいだった。


「へえ、王家の馬車じゃないか。馬の毛並みもいい。一頭借りて遠乗りに出てみたいね」


 隣で呟いたのはフェリアさんだ。さっき帝国行きについて話してOKをもらったところだった。ちなみに母親のエスカさんだけじゃなくって父親のダウズさんとも仲直りできたらしい。なんでもガレット宮殿を絡繰人形が襲撃した時、ダウズさんの危機を救ったのがきっかけになったのだとか。


「アルティリア様、失礼いたします」


 御者台から降り立ったのは謹厳実直という言葉を象徴するかのような壮年の男性だった。白い軍服は親衛隊の証、胸元の階級章に輝く銀の羽の枚数からするに決して下っ端などではないだろう。いつものことながら大層なことだと思うけれど、政治的な思惑だとか国王なりの気遣いだとかがあいまった結果なのだろう。おおざっぱにまとめれば特別扱いしてもらっているということなわけだし、うん、ありがたい話だ。


「謁見の件ですが、王は快く受諾されました。もしお急ぎならば今すぐにでも、とのことですがいかがでしょう」


 さすがに親衛隊がじきじきにやってきているというのに断るというのもまずいだろう。

 行かざるを得ない。いや、まあこっちにとっては好都合だけど。

 もしかしてレレオル国王は私が急いでいることを見抜いたのだろうか。遣いに持たした手紙の行間から。ありうる。レレオルはひとたび悲観モードに入ると被害妄想がたくましすぎるけれど、普段は鋭い観察眼を発揮する優れた王だった。マルガロイドのロリコン趣味というか10歳そこそこの子供に責任を負わせる体質を本気で変えようとしているところもポイントが高い。だからこそこの国への移住も悪くないと思っているわけで……っと、いいかげん親衛隊のおじさまに返事してあげないと。


「ありがとうございます。謹んでお伺いさせていただきます。

 ところで彼女――フェリア・ルイワスを伴わせても構わないかしら。彼女は私の騎士なの」


「勿論です。麗しき姫に麗しき騎士、お2人を馬車に乗せたとあれば同僚にも自慢できましょう。さ、どうぞ」


「ありがとう。さ、行きましょう、フェリアさん」


「え、あ……う、うん」


 フェリアさんは戸惑っていた。

 それはそうだろう。

 騎士なんて話、まだ一言も出していなかったんだから。


 インパクトのある誘い方をしようと思っていたところに王の迎えが来たので、ちょっと利用させてもらったのだ。

   

 

 * *



 フィルカさんが開発した万能ばねのおかげか、馬車はほとんど揺れることなく石畳の道を走っていく。


「そ、その、騎士の件なんだけど」


 いっぽうでフェリアさんは動揺の極みにあった。声は震え顔は真っ赤になっている。

 なんでだろう、この人を前にするとすごくいじめたくなる。


「う、嬉しいよ。ほんとだよ。で、でも、ぼ、僕なんかが君に釣り合うのかな、って。

 剣の腕には多少覚えはあるけど、彷徨える伯爵みたいに昔大きな手柄をあげたわけじゃない。ほとんど無名だよ。帝国じゃあ多少知られてるかもしれないけど、それはひどい女たらしとしてだし、むしろ君の迷惑になるかもしれない。だから、えっと、その――」


 あわあわとするフェリアさんを私は眺めていた。

 きっとひどく嗜虐的な表情をしているはずだ。


 いつまでも愉しんでいたいところだけれど、こういうのは切り上げ時が肝心だ。大丈夫、私たちにはまだまだ時間がある。


「フェリアさん、私は貴女のことを大切な友人だと思ってる。こんなに気を許せる相手はあなただけなの。いつまでも傍にいてほしい。

 それに、まだ結婚するつもりはないのでしょう? 騎士になれば『主の方針なので』って理由もできるじゃない。どうかしら」


 私はフェリアさんの目をまっすぐに見つめる。黒い瞳の中で、窓から差し込む夕日が赤く煌めく。


 やがて、彼女は頷いた。


「謹んで受けさせてもらうよ。そして誓う。この命に代えても君を守る。僕が剣を学んだのはきっとそのためだったんだ」

 

 凛と引き締まって、同性の私ですら惚れ惚れするほどの格好よさだった。確かにこんな表情で迫られたら、ロマンスに憧れがちな箱入り娘たちはコロッとやられてしまうだろう。


「ありがとう。王国を出る前に叙勲の儀式をさせてもらうわ。……というか、他国の民を勝手に騎士にしていいのかしら」


 ちょうど今からレレオル国王のところにいくわけだし、ついでに相談しておこう。まあ、断られはしないだろう。


 あ。


 ついでに思い出したことがあった。


「カラアゲパーティもしないとね。ルイワス邸のみんなにお世話になった礼も兼ねて」


「鶏をさばくのは任せてくれ。旅をしていた時、それでお金を稼いだこともあるからね」


 それは騎士に命じる仕事としてどうなんだろう……。まあ、これはあとで考えよう。


「ところでアルティ、さっきは僕の結婚について心配してくれていたけれど、君のほうは、えっと、どうなのかな。 

 公爵家の令嬢、しかもマルガロイドじゃ救国の英雄なんだ。見合い話だってたくさん来ているだろう。

 そもそも帝国に許嫁とかはいたりしないのかい」


 フェリアさんはさぐるようにおずおずと訪ねてくる。

 

「たしかにやったらめったら縁談は来たけど、全部断らせてもらったわ。なんだかまだそういう気分じゃないのよ。

 許嫁もいないわ。私かフェリアさんのどっちかが男だったら万事解決なんだけれどね」


 一緒に居てすごく楽なのだ。まるでもう1人の自分を前にしているような、やけに通じ合ったような感覚がある。


「……そうだね、僕もよくそう思うよ」


 フェリアさんが昏い表情で呟いたのは一瞬のこと、すぐに冗談めかした口調でこう続ける。


「兄上から聞いたのだけれど、なんでも賢者は君に似た人造生命を創らせようとしていたじゃないか。

 僕のところにきたら危なかったよ。性別だけ変えた君の偽物を創っていたかもしれない」


「その時は何としてもフェリアさんを私のところに取り戻すわ。戦争ね」


「ふふ、こわいこわい」


 私たちは笑いあう。


 そういえば。

 賢者は自分で人造生命を作ったりしなかったのだろうか。

 私の偽物を創り出して成り変わらせる……というのはいかにもあの詐欺師が好きそうなやり口だ。

 案外、世界のどこかでもう1人の私が目覚める時を待っているのかもしれない。



 ……っ。



「どうしたんだい、アルティ。急に顔をしかめたりして」


「ごめんなさい、大丈夫よ」


 私は右のこめかみを押さえていた。

 血管が脳の中での暴れ回っているような痛み。頭蓋骨が割れそうだ。

 同時に眠気もあった。これは人形師との戦いを終えた直後の感覚に近い。

 しばらく耐えていると、2つの相反する不快感は徐々におさまってくる。


 こうなったのは賢者を打ち倒して目が覚めたあたりからだ。

 

 ――陳腐だが愉快なものをお渡ししよう。


 もしかして賢者の置き土産というのは人形魔法の喪失ではなく、このひどい偏頭痛なのだろうか。

 


 やがて私たちはガレット宮殿に到着した。あたりはすっかり夜になっていた。


ちなみに王からアルティへの遣いは常に親衛隊から選ばれますが、毎回壮絶な争いが繰り広げられています。みんな救国の英雄を一目見たいのです。

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