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第四十三話 魔王

ごめんなさい。前回 第四十二話 その3 の「* *」以降(伯爵の話に対するアルティリアの反応)を削除し、この話で書き直しています。


視点 アルティ→カジェロ→??

 いきなりフィジ・オ・ログスなどという横道に逸れたあたりで嫌な予感がしてきたけれどやっぱりその通りだった。

 とんでもなく荒唐無稽な暴論だ。600年前の再現? 皇帝も近衛もグル? ちょっとそれはどうなんだろう。

(つうかよお、伯爵サンの説だと腐れ賢者の影が薄すぎるんじゃねえのか)

 ワイスの指摘はもっともだと思う。

 たくさんの人々の運命を引っ掻き回してきた賢者アスクラスアが何もしていないだなんて考えられない。

 けれど。

(ワイス殿、そう頭ごなしに否定するべきではないだろう。むしろ俺は蒙を啓かれた思いだ)

 フィルカさんは神妙な顔つきで頷いていた。

(俺たちは賢者の存在を意識し過ぎているのではないか?

 それこそフィジ・オ・ログスを生み出してしまっているのかもしれん)

 あれ?

 もしかしてフィルカさん、賛成派なのだろうか。

(とはいえ諸手を挙げて伯爵殿の話を受け入れるわけではない。

 600年前と同じとするならすべては皇帝が企んだことになる。

 だがこれまでの一生を貴族の操り人形として過ごし、しかも病に体を犯された80歳の老人がここにきて改革者に変貌できるものなのか?

 何事もなく次の代に引き継がせようとするのが普通と思うのだがな)

 フィルカさんの疑問に答えたのは伯爵……ではなかった。

(次に皇帝になる予定のものが計画を立てた、とすればいかがでしょう)

 カジェロだったのだ。

(己が即位してすぐに貴族を排除できるよう、今の内から準備を進めている可能性もあります)


 それは意外な展開だった。

 皆して伯爵のヨタ話にため息をつくだけで終わるものとばかり思っていた。

 けれど実際のところどうかといえば、それなりに建設的な議論が始まっていたのだ。

 伯爵が賢者の影響を削りに削った説を出してくれたおかげだろう。

「なにもかもがすべて賢者の仕業ではないのか」

 私たちの間に蔓延するぬるい空気を吹き飛ばしてくれたのだ。


 ――そうだ、それでいい。無暗矢鱈と我輩に罪を押し付けたところで真実も解決も遠ざかるばかりなのだからな。


 私の脳裏には肩をすくめる賢者の姿が浮かんでいた。

 そのイメージはやけに鮮明で目に映るよう、声も実際に響いてくるかのようだった。

 疲れているのだろうか。いや、賢者が分身か何かを残しているのかもしれない。

 後で念のため、カジェロに内面世界を調べてもらった方がいいだろう。

 今は……先にすべきことがあった。


(伯爵殿、もしソリュート殿の目的が革命ならばアルティリア殿に助力を頼むほうが自然ではないのか)

(男親としての自尊心がそれを許さなかったのであろう)

(そういやサボテン、つうか"宿命の運び手にして見守るもの"には嫁もガキもいたんだったな。あいつらも人形になってんのかね)

(わたしの知る限りではなっていません。

 ただ、親という視点においてソリュート様とサボテン様が意思を同じくしている可能性はありえるかと)



 皆の議論を聞きながら私は自分の考えを固めていく。

 発言は控えていた。なにしろ私はフィルカさんを除いた5人の主だからだ。

 何気ないつぶやきが話の流れを狭めてしまうかもしれない。

 口を開くのは決定を下す時。そう思い定めていた。


 ばっさり言ってしまえば、ここでどれだけ話し合ったところで真実に近付けるわけではない。情報が少なすぎる。

 すべてを知りたいのなら関係者全員を捕まえ、ワイスの力で記憶を読み取ってもらうのが一番だ。

 最終的にはそうするつもりだった。人形たちの力は絶大だし、可能か不可能かだけでいえば可能だろう。

 問題はどんなふうに実行するか、だ。

 それなりにうまくいく方法が浮かんできたかもしれない。

 穴は色々とあるだろうけど皆に埋めてもらえばいい。


 もう充分だから一区切りつけてくれる?

 そんな意図をこめて私はカジェロに視線を投げる。


(さて、そろそろ意見も出尽くしたころでしょうか)

 ちゃんと伝わったらしい。頃合いを見計らい、締めくくるようにカジェロが言ってくれた。

(だな。賢い俺様の賢さも品切れだぜ)

(俺もだ。こんなにも熱く論を戦わせたのは久しぶりだ。すこし、めまいがするよ)

(ならばフィルカ殿、小生が南のドエルグ領で手に入れた秘薬はいかがかな。後でお分けしよう。

 では姫、どうぞご聖断を)



 私は一度深く息を吸って、吐いて。

 話を、始めた。


(それじゃあ、聞いて頂戴)




 * *




 ……このときカジェロは妙な胸騒ぎを覚えていた。

 いや。

 違和感だけならばしばらく前からあった。そう、精神世界で賢者を打ち負かして目覚めた後からだ。彼の大切な主はなにかが変わってしまっていた。

 非常にぼんやりとしたものだが、あえて言葉にするのなら……"年齢相応の少女らしさ"が抜け落ちてしまった、だろうか。

 もともと幼い見た目に釣り合わないほど大人びたところもあった。しかしながら最近はその部分だけがやけに目立っているように感じられる。

 今までの彼女を支えてきた人形魔法、それが使えなくなったというのに動揺ひとつ見せたりしない。あくまで自然体のままだ。

 そのうえ、今回の事件。

 父親が大逆事件を起こしたというのにこの落ち着きぶりはどうしたことだろう。

 冷静に事実を受けとめ、さらには今後の方針を示そうとしている。


 これは人形たちの主として成長したということなのか。

 だとすれば喜ばしいことのはずだ。

 けれども。

 カジェロの目には、アルティリアが本人の望まぬ方向に歩を進めているようにも映っていた。

 

 

(それじゃあ、聞いて頂戴)


 深呼吸をして、彼の主は皆に語りかける。 


(フィグゼス、報告ご苦労様。帝国からここまで長かったでしょう。あとで体のほつれを直してあげる。

 伯爵、千年の重みは伊達じゃなかったわね。素晴らしい仮説だったわ。

 カジェロ、ワイス、それからフィルカさん。ありがとう、この決定は皆が意見を出してくれたおかげよ)


 1人1人を労う横顔はすっと締まっていて見惚れてしまうほど、人間らしからぬ真白の肌は彫像じみた凛々しさを誇っていた。

 自分は悠久の時に揺蕩(たゆた)う超越的ななにかに仕えているのではないか。そんな錯覚を覚えさせられるほどだった。


(まず伯爵の推理だけれど、確かに色々とおかしなところはあるわ。

 けれども"お話"としてはとても魅力的ね。少し手を加えてみたけれど、こんな配役はどうかしら。


 ――死を目前とし、次世代のために悪徳貴族を一掃しようと決意する老いた皇帝。

 ――陛下の胸中を察し、敢えて逆賊の汚名を被ることを良しとした忠臣ソリュート・ウイスプ。

 ――そして何も知らず右往左往するだけの宮廷貴族たち。


 面白い劇になると思わない? これを表向きの"真相"にするのよ)


 アルティリアはその口元にわずかな微笑みを湛えている。

 その表情は処刑鎌の切っ先のように鋭く美しく、しかしあまりにも不吉だった。

 カジェロに喉と肺があったならば息を呑んでいた。彼はなぜか賢者の姿をその背後に幻視していた。


(伯爵、あなたに命じるわ。先立って帝都に入り、"真相"を流布して頂戴。できるでしょう?)


(我が姫君の仰せのままに)


 跪いて首を垂れる伯爵。

 その表情は歓喜に打ち震えていた。……可憐にして果断で知られるラスティユ姫に重なる部分があったからかもしれない。


(頃合いを見計らって私も人形たちとともに帝都に上るわ。

 ――父親の無実を証明し、帝国の腐敗を正すべく姿を現した公爵令嬢。

 そう宣伝しておいてくれる? 

 もともと伯爵が流してくれていた噂とも一致するし、信じ込ませるのは難しくないと思うわ。


 フィグゼス、帝都とその周辺の地図はあるわね。

 カジェロ、あなたには帝都制圧の作戦を立ててもらうわ。関係者は皇族も貴族も1人残らず拘束したいの、帝都の民には知られないように済む方法を考えておいて頂戴。大丈夫ね?)


 アルティリアの言葉には不思議な、抗いがたい重圧が込められていた。

 彼女の人形魔法には精霊の意思を捻じ曲げて従わせるものもある。

 だがそれを行使したのは数えるほどであり、しかも今感じている強制力じみたものとは全く異なっていた。そもそも人形魔法は失われたはずだ。ならばこれは何なのだろう。


(……カジェロ?)


 魔眼の人形姫はわずかに眉をひそめた。それだけで部屋の温度が氷点下に近くなったようだった。


(承知いたしました、お嬢様)


 まるで糸で操られているかのような、ぎこちない動作でもってカジェロは一礼していた。……せずにいられなかった。

 このような畏怖を感じたのは初めてだった。

 ……ほんとうだろうか。

 過去に一度、あったような気もする。精霊となる以前の曖昧な記憶の中に引っかかるものがあった。

 それを掘り起こそうとする間にも話は進んでいく。


(ワイスにはかなり働いてもらうことになるから覚悟しておいて。

 私の護衛はもちろんだけれど、関係者たちの記憶を片端から覗いてもらうことになるわ。

 フィルカさんはどうかしら。記憶を消す方法を発見したとか言っていたけれど)


(すまない。他人の頭の中をどうこうするところまでは行っていない)


(材料はいくらでも渡すわ。早急に研究を進めてもらえる?)


(アルティリアが帝国につくまでには完成させてみせよう。天才の名にかけてな)


 フィルカまでも膝をついていた。

 ……彼は別に従者でも臣下でもないというのに、だ。 


(フェリアさんも連れていくわ。もともとそういう約束だったし、人形魔法が使えない現状、ひとりでも多く戦力が欲しいもの。

 フィグにはマルガロイドに残って諜報活動をしてもらうわ。私たちに不利な情報が広まりそうになったらすぐに潰して頂戴。

 ある意味で一番大事な仕事よ。すべてが終わったらマルガロイドに戻るつもりだもの。

 うっかり帝国に残ったら新政権に組み込まれるかもしれないわ。

「600年前の再現をするつもりでした。あとは皇族のみなさんで頑張ってくださいね」で逃げるつもり。

 こっちで救国の英雄だなんだとちやほやされながら、おとなしくねこさん人形でも作りながら生きることにするわ)


 今のアルティリアを見て、自分はともかく、他の誰がそれを信じるというのだろう。

 ステイブル朝を滅ぼして新王朝の女帝になろうとしている。そちらのほうがよほど説得力がある。 


(誰が黒幕でどんな陰謀を企んでいるかもわからないけど、もう、どうでもいいわ。

 すべてを私の色に塗り潰すだけだもの。たとえ洗脳してでも伯爵の説どおりに現実を仕立てあげましょう。

 ――異論はない?)

 


 誰一人として逆らうものはいなかった。

 アルティリアの言葉はあたかも神託の様な響きを孕んでいた。



 この時、カジェロは思った。

 古の物語に語られる存在――魔王。

 強烈な意思でもって世界を自分の思い通りに変えてしまおうとする、"ひと"という生き物の究極点。

 その誕生の瞬間に立ち会っているのかもしれない、と。













 * *










 ……素晴らしい。ほんとうに、素晴らしい。本体が眠りについていることが本当に悔やまれるよ。

 いや、置き土産たる我輩だけでも残っていたことこそ幸いというべきかな。

 状況に振り回されることに飽き、今度は状況を創り出す側に回ろうとする。

 自ら道を切り開かんと突き進む。

 まさに懐かしき冥府魔道の女王の再来ではないか。

 この世界のアルティリアとの分離が進んだ結果だろう。

 本来の"彼女"の在り方が前面に出ているのだ。


 重畳、重畳。


 ならば我が身を引き換えとしたあの計画を早めるとしよう。

 方法は陳腐だが、是非とも堪能してくれたまえ。

 天に上った龍は地に落ちて蛇になるのが道理というもの、再び飛び立つのか、そのまま這いずりまわるのか。

 冥府魔道の底から楽しみに眺めさせてもらうとしよう。


次回、第三部ラスト。

人形魔法が使えなくなった理由などなどはそこで語りますが、先だって活動報告に書く……かも。

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