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第四十二話 その三 推理伯爵

しばらくは伯爵の独演会をお楽しみください

 本題に入る前に、少しだけ余談をさせていただこう。

 諸君らは"フィジ・オ・ログス"をご存じかな。湖に潜み、夜、近くを通りかかった者の足を食いちぎるという怪物だ。その姿は三ツ首の大蛇とも毛むくじゃらの鰐とも言われている。誰もはっきりとした姿を見たことがないのだ。


 800年前だっただろうか、小生はログスが棲むとされる場所の1つ――ヘスハント湖を訪れたことがある。

 古の詩人たちが語り継いだとおり、山々に囲まれた美しい湖であった。

 やわらかな風が水面をそっと撫で、旅に疲れた渡り鳥たちがその羽を休める。小生に画才があれば筆を執っていただろう。長閑(のどか)という言葉があれほど似合う風景もあるまい。ここにおぞましい怪物が潜んでいるなど到底信じることはできなかった。

 ゆえに小生はこの目で確かめることとしたのだ。


 樹上に潜んで見張ること1年、やがて小生はひどく味気ない真実に至った。

 何のことはない、旅人が狐狸の類に噛みつかれただけのことであった。しかしながら一寸先も見えぬ夜闇ゆえ自分が何に襲われたのか分からず――ありもしない怪物の姿を想像してしまったのだ。

 事実、照明魔法の普及とともにフィジ・オ・ログスの噂は消えていった。


 さて。

 ソリュート殿の大逆事件、確かに不明な点は多い。それゆえ我々はログスを生み出してしまっているのかもしれん。

 まずは論点を整理するのだ。いかなる謎に直面しているか、それを明確にすれば要らぬ妄想を振り払えるだろう。

 

 一つ、宮廷貴族はなにゆえにソリュート殿を帝国に呼び寄せたのか。

 二つ、密告文は誰が何のために送ったのか。

 三つ、近衛騎士団はいかにして暗殺計画の会合を知ったのか。諜報能力なら忍者人形の方が上のはずだというのに、だ。

 四つ、皇帝はなぜ死刑の勅令を下したのか。

 五つ、『波止場のかたらい』亭の忍者人形はなぜ会合に気付かなかったのか。

 六つ、フィグゼス殿の眼前で消えた近衛騎士団は何だったのか。

 七つ、なぜサボテンくん殿はソリュート殿に同行したのか。しかも、偽物でもって姫を欺いてまで。

 八つ、ソリュート殿の真意はどこにあるのか。


 数は多いが順番に述べていくとしよう。


 一つ目は諸君らと同じ考えだ。ソリュート殿の召喚は賢者の策謀に相違あるまい。

 二つ目から四つ目についてだが、実のところ帝国の過去を振り返ればすべて明白となる。

 今から600年前、当時の宮廷は乱れに乱れきっていた。とある歴史家は『炎剣帝の威光も消え、ステイブル朝も終焉の兆しを見せ始めていた』などと記している。国政は腐敗貴族に牛耳られ、皇帝はその操り人形へと堕していたのだ。

 しかしながら今日までステイブル朝は潰えることなく続いている。すべては"峻烈帝"シルヒス1世の才覚によるものだ。

 彼は即位するや否や、誤った政道を正すべく一計を案じた。

 まずジアゼム公爵家当主のセレネスを筆頭とした忠臣に命じ、虚偽の大逆事件を演じさせた。さらに証拠を捏造し「悪徳貴族によってセレネスたちは陥れられた」という構図を作りあげた。かくして大義名分を手に入れたシルヒス1世は弾圧じみた粛清に乗り出したのだ。


 今回の事件はシルヒス1世の例を踏襲したものであろう。宮廷貴族を一掃するための壮大な自作自演というわけだ。

 蛇足だがソリュート殿はかつてのセレネス殿の立ち位置にある。罠にかけられたわけでも、ましてや権力に目が眩んだわけでもない。

 むしろ帝国のためならば一時の汚名も厭わない忠義の士というべきであろう。小生もかくありたいものだ。


 話を戻そう。

 五つ目だが、忍者人形を欺けるとすればやはり古の魔法以外はありえないだろう。小生の魔法を模倣できる者が居るのかもしれん。

 六つ目はすでに諸君も気付いていることと思う。詰所の団員たちはサボテン殿の力で生み出された替え玉だ。念のために確認しておこう。フィルカ殿、貴殿は伝承に詳しいのだったな。身代わりの指輪が解除される――偽物が煙と化す条件だが、「偽物を目の前にした者が本物の居場所を知ること」で合っているかな? 合っているな。ならばよいのだ。

 そうなればさらなる疑問が沸くことになる。どうして騎士団の偽物を生み出したのか。これは七つ目、八つ目に対する答えでもあるが、サボテンくん殿とソリュート殿は姫を巻き込みたくなかったのであろう。特にソリュート殿にとって姫は大切な娘、マルガロイドで安全に暮らして欲しいと願うのは当然の親心かもしれん。ゆえに忍者人形、ひいては姫に知られぬよう事を運ぼうとした……というのはいかがだろう。

 これが小生の推理だ。

 粗を多分に含んではいるが、諸君らの思考を積み上げる土台となることを期待している。

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