第五話
寝坊したー!
事の顛末は聞いてみれば心配するだけ無駄だったというか男ってほんと馬鹿よねでも私の方がもっと馬鹿よねごめんなさいとしか言いようのないものだった。
私は知らなかったのだけれど、人形騎士団には円卓会議なるものがあるらしい。日々の活動などについて話し合っているのだとか。
昨晩の議題は「ロゼレム公爵をもてなすにあたって我々にできること」だった
いろいろな意見が飛び出し、熱い議論が幾度となく交わされ――公爵を迎えに行くという案が選ばれた。
この国では客人に対して迎えを早く出せば出すほど丁寧であるとされているのだ。
騎士団の行動は素早かった。夜も明けきらないうちから屋敷を発って西に向かった。
そうして隣のラジレス伯爵領との境でもあるモウト山に入り、泉のほとりで昼食を摂っていた公爵一行と合流したのだ。
さて。
この時エルスタット・ロゼレムは皆から少し離れたところで腹ごなしとばかりに剣を振り回していた。周りの木々を敵に見立てて「この一撃で……決める!」とか「これがオレの、とっておきだッ!」なんて叫びながら1人で英雄ごっこをしていたらしい。
なんで小さな男の子って架空の敵と戦いたがるのだろう。
まあ、それはともかく。
そんなエルスタットの姿を目にして人形騎士団の連中はとんでもないことを考えたのだ。
(俺たちも昔はああいうことをしてたよな)
(だよなー、懐かしいなー)
(1人でやるごっこ遊びって楽しいけどちょっと寂しいよな)
(よし俺たちが敵役として入ってやろうぜ!)
(そいつはいい考えじゃねえか、きっとエルスタット様も喜ぶぜ)
(ってことはアレだ、昨日アマイノシシをやっちまったときみたいに姫様に褒めてもらえるんじゃねえのか)
(よしやろうやろう)
(よし、いくぞ野郎ども)
かくして団員たちは次々に木剣を抜いてエルスタットに躍りかかった。
ここで「まーぜーてー!」とか「あーそーぼ!」とか言えていたら問題はなかったのだろうけれど、あいにくと人形たちは喋れない。
結果、すれ違いの悲劇が生まれた。
エルスタットは本気で自分が狙われていると勘違いしたのだ。
想像してみてほしい。
人形の騎士たちが突如として殺到してきたら怖くないだろうか。私だったら泣く。泣いて逃げる。
けれどエルスタットはというと、後に闘技場に出るだけあって恐怖を簡単に克服してしまった。
それどころか、森の中で謎の敵に襲撃を受けるなんてまるで英雄物語の中に居るみたいと大興奮、鋭さを増した斬撃を容赦なく人形に叩き込んだ。
騒ぎに気づいたロゼレム公爵が目にしたのは、ぐったりと横たわる人形の山と全力で戦うことができてすっかりご満悦な表情のエルスタットであったとか。
ちなみに人形もとい精霊には痛覚も死もないからズタボロにされても見栄えが悪くなるだけだったりする。多少疲れたりはするみたいだけれど。
それはともかくとして……はあ。
人形騎士団の子たちはやんちゃなところがあったけれど、ここまでやらかすとは思ってなかった。
でも、冷静に振り返ってみるとある程度予想はできたことなわけで。
彼らは昨日、遊んでいて構わないと言われたのにアマイノシシを狩ってきてくれた。
何かしら仕事がしたかったのだ。
だから何かしら役割を割り振っていたら暴走を避けられたかもしれない。
私のミスだ。
「誰かの上に立つというのは難しいことだからね。今回のことについてはアルティと騎士団の皆できちんと話し合うといいだろう。
ただ、そこまで自分を責めなくていいんじゃないかな。エルスタット君も楽しそうだったからね」
ありがとうございます、お父様。
でもこれって公爵様の息子を私が襲撃したようなものですし大問題じゃないんですか。
「ははっ、アルティリア君はずいぶんと悲観的だな」
ロゼレム公爵はライオンみたいな顔立ちで大きな体をしている。声も力強くて偉丈夫という言葉がよく似合う。
「私とソリュートが幼いころはもっとろくでもないことをしていたよ。
お互いに不倶戴天の敵と思っていたからなあ。それこそ殺し合い一歩手前までいったこともある。
あれに比べれば可愛い、可愛い。
部下の暴発? よくあることだよ。悔やむよりもどう生かすか考えた方がいい。息子があんなに生き生きした顔をしたのは初めだ。人形たちが元気になったらまた一揉みしてやってくれ」
あれ、もしかしてそんなに問題視されてない?
「その、ごめんな……」
8歳のエルスタットは狼というより犬っぽくて、しかも怒られた後なのかしてちょっと元気がなさそうだった。
なんというか、しっぽとか耳とかがくたーと垂れている子犬みたいな感じ。
「まさか遊んでくれるつもりだったなんて気づかなくって、ひどいことをしちまった。
あのさ、もしよかったらでいいんだけど、人形たちを直すの手伝わせてくれないか?」
え、なにこれ。
ほんとに予想外な方向に話が流れてるんですが。
今日は早く寝ます。