表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/70

第四十一話 宿命の運び手にして見守るもの

どこで第四部にするか迷ってます。

 あのやわらかな瞳をしたソリュートお父様が誰かを殺そうとするだなんて信じられるはずもなくって、私ははじめから陰謀の存在を確信していた。

 原作世界でも似たような事件は起こって……いやちょっとストップ、お父様が濡れ衣を着せられるのは6年後で罪状は他国との内通だった。この食い違いはすごく重要なことの気がする。けれどはっきりとした考えは浮かんでこない。漠然と変な感じだけがある。まるで見当違いのアプローチで数学の問題を解こうとしているような――


(これも腐れ賢者の策略ってやつか?

 とりあえずカジェロと伯爵を呼び戻そうぜ。俺様たちだけで頭を抱えててもどうにもならねえ)


(そうね、そうしましょう。……こんな当たり前のことも思いつかないだなんて、動揺してるわね、私)


(肉親が絡みゃあ誰だってそうだろ。気を落とすことじゃねえ)


(ありがと、ワイス)


 とはいえこのままぐらつきっぱなしというのも人形たちの主として情けない。

 私は窓際でひなたぼっこしているサボテンくんをつかまえてぎゅうっと抱きしめる。せめてもの精神安定剤だ。


 ……あれ?


(ねえサボテンくん、ちょっとお腹まわりが減ったんじゃない?)


 もちろん返事はない。何を伝えたいか判らないけれど、ふるふると震えるだけだ。


(おいおいアルティ、大丈夫か? 人形がふとったりやせたりするわけねえだろ)


 ワイスの言う通りだった。きっと私の気のせいだろう。




 * *




 氷漬けやら賢者の石やらで活躍できなかったヴァルフはそのことをひどく気にしていて、ちょっと前から修行の旅に出てしまっていた。

 というわけで部屋に集まったのは総勢で7名、私、カジェロ、サボテンくん、ワイス、伯爵、フィグゼス、そして――フィルカさん。


(一歩引いた視点からの意見も必要かと思いまして)


 そう言ってカジェロが連れてきたのだ。

  

(ワイスタール殿、そして"彷徨える伯爵"ことクリストフ・デュジェンヌ殿、初にお目にかかる。

 自分はフィルカ・ルイワス、錬金術師をやっている。

 悠久の時を生きたお二人には到底及ばないが、アルティリアを想う気持ちでは負けていないつもりだ。よろしく頼む)


 このところフィルカさんは私を"妹殿"ではなく名前で呼ぶ。さすがによそよそし過ぎると考え直したのだろう。


(はっ、出会い頭に吠えてくれるじゃねえか若造がよ。先に言っとくがアルティは俺様のモンだからな)

 ワイスは威嚇するようにその身を振るわせた。鞘の中で氷の刃がこすれてキチキチと音を立てる。


(落ち着いてはどうかね、ワイス。姫君に忠誠を誓う若者が増えたのだ、喜ばしい事ではないか)

 一方で鷹揚に微笑むのは伯爵だ。

(フィルカ・ルイワス、小生は卿を歓迎しよう)

 騎士学校で同級生に妙なことを吹き込まれたらしい、伯爵は自分で自分を指して"小生"と呼ぶようになっていた。まあ、いつも古めかしい雰囲気を漂わせているから似合っていると言えば似合っている。

 

(ああん、のん気過ぎじゃねえか? だからおまえさんは自称伯爵なんだよ。

 おいフィルカとやら、もしつまんねえ意見しか言えねえようだったら叩っ斬ってやる。

 つうかカジェロ、こんな大事に部外者を連れてきやがってどういうつもりだ。内々に処理すべき問題じゃねえのか)


(この件にも賢者アスクラスアが関わっている可能性があります。

 かの者は対象を孤立させた上で追い詰めるのが常套手段、ならば我々だけで対応しようとするのは愚策中の愚策でしょう。

 ゆえにフィルカ様においでいただいたのです)


 筋の通った理由だと思うけれど、それなら別にフェリアさんでもよかったんじゃないんだろうか。このへんは個人的な交友関係が大きいのかもしれない。最近カジェロとフィルカさんはやけに仲がいい。"相乗り"がきっかけで急接近したのだろうか。私にはよくわからない高度な錬金術の話なんかを楽しげにしているのを見かけたりする。ちょっとさみしい。


(前置きはこれくらいでいいでしょう。

 まずは事実関係を確認していこうかと。よろしいですね?)


 一同を見渡すカジェロ。異を唱える者はいなかった。


(ありがとうございます。では始めさせていただきましょうか。

 まずは2か月前のことです。"皇帝の不予に関わる緊急の用件"という名目でソリュート様は帝国に呼び戻されました。

 皇帝が病に倒れていた件についてはすでに裏付けが取れています。では緊急の用件とやらが何だったかと言えば――)


 カジェロは視線でもって忍者人形のフィグゼスに話を促した。


(表向きは"次期皇帝の即位に関わる貴族会議"だ。

 しかし実際のところはソリュート殿を帝国に引き止められれば何でもよかったのだろう。

 誰それの体調が思わしくないだの孫が生まれただの、会議はくだらない理由で何度も延期されていた)


(どうせ腐れ賢者が裏で糸を引いてたんだろうな)


(ワイスタール殿の言う通りかと。フィグゼス、その線で調べなおしていただけませんか)


(待て待てカジェロ、そりゃあ過重労働どころか無理難題かもしれねえ。

 あの野郎は存在じたいが賢者の石みたいなもんでな、自分の関わる情報にある種の"呪い"を付与できるんだ。精霊限定の認識阻害、ってところか。ヤツが本気になったら精霊はその尻尾すらつかめねえ。冒険者ギルドに依頼を出した方がまだマシって可能性もある)


(なるほど。そこはあとで検討したほうがよさそうですね)


(……すこしばかり発言を許して頂けるかな)


 手を挙げたのは伯爵だ。

 千年もの時を生きたとはいえ人間には違いないわけで、もしかすると賢者に関わる情報を手に入れているかもしれない。


(小生は名と姿を変えて帝都の騎士養成学校に通っているが、そこで興味深い話を耳にしたのだ。

 曰く、2年ほど前から青白い顔の政治学者があちこちの大貴族の屋敷を出入りしているらしい。

 名前をスクスアというが、おそらくその正体は――) 


(賢い俺様には判る。こいつはアスクラスアだ。間違いねえ)

(天才の俺には解る。正体はアスクラスアなのだろうな。間違いない)

 

 ワイスとフィルカさんの反応はほぼ同時で、私は吹き出さずにいられなかった。


(てめえ、俺様の発言に被せるんじゃねえ)

(俺はただ自分の思ったことを言葉にしただけだ。そっちこそ真似しないでもらおうか)


 がるると睨みつけるインテリジェンスソード(目はどこにあるんだろう)と、冷たく受け流す眼鏡の天才。

 なんといか、シュールな構図だ。


(出会って間もないというのに見事な息の噛み合い方だ。きっと両名は運命で結ばれているのだろうな)


 伯爵のロマンチシズム溢れる発言はついていけないことが多いけれども今回ばかりは同意だった。

 フィルカさんにワイスを持たせたら意外と活躍してくれる……かもしれないが、機会があれば、ということで。


(2人は放っておいて話を続けましょう。

 要するにお父様が帝都に呼び戻されたのは賢者の策略かもしれない、と。

 それなら皇帝陛下の暗殺を企てたというのも冤罪で、賢者の罠に掛かった結果と考えるのが自然かしら)


 自然、だろうか。ほんとうに?

 私自身、どこか答えを急ぎ過ぎている気もする。

 お父様が無実であってほしいという願望ばかりが先走って、とてもではないが冷静からはかけ離れてしまっていた。


(姫、真に申し上げ辛いが……)


 赤いマフラーの忍者人形は、うつむき、絞り出すように言葉を発していた。

 ただならぬ雰囲気を察してか、ワイスとフィルカさんも静かに聞き入っていた。


(帝都における御父上の動向を、我々は殆ど把握できていない)


(フィグゼス、わたしはソリュート様に忍者を何体かつけるように達しを出したはずですが)


 カジェロは咎めるように、いや、実際に咎めているのだろう。言葉の刃先は突き刺すように鋭い。


(それは承知している。

 今となっては言い訳にしかならんが、サボテン殿がこう命じたのだ。

 自分が護衛を行うゆえ忍者人形は不要、火急の事態が起こるまでカジェロに報告するな、と)


 はじめ、フィグが何を言っているのか理解できなかった。

 だってサボテンくんはずっとこの家にいて、今だって私の腕の中に――


 と、その時だった。

 ぶるる、ぶるる、と。

 サボテンくんが激しく振動を始めたのだ。

 驚いて手を放すと、ぴょんぴょんと跳ねて私から遠ざかる。

 そして。

 ポン、と。

 煙だけを残して消えてしまったのだ。まるで忍術だった。


(な……)


 カジェロにとっても想定外の事態だったらしい。

 彼にしてはめずらしく呆然としていた。



 その一方で。

(よーし、流石は賢い俺様だ。だいたい事情は呑み込めたぜ)

 ワイスはというと得意げにふふんと鼻を鳴らしていた。

(カジェロですら気づけねえ精巧な偽者、そんなモンを生み出せるのはアイツしかいねえ。

 いよいよややっこしくなってきたなあ、おい)


(ワイス、自分一人で納得しないで頂戴。ちゃんと説明して)


(わかったわかった。あんまり焦るんじゃねえ。

 

 サボテン人形に入っていた精霊だがな、こいつの見当はついた。

 俺様よりもさらに上位、いわゆる概念神のたぐいだよ。

 人間どもは"宿命の運び手にして見守るもの"なんて呼んでたはずだ)


(その名ならば聞いたことがある)

 うんうんと頷いたのはフィルカさんだ。

 前に教えてくれたことだけれど、伝承や昔話には錬金術に役立つヒントが数多く眠っているらしい。

 それを調べているうちに自然と詳しくなったのだとか。

(なるほど、これが多くの英雄神話に謳われる"身代わりの指輪"の力か)


(よく知ってるじゃねえか。あいつはよく自分の権能を宿らせた品を人間にくれてやったりしてたんだよ。なにせ専門分野は一世一代の大勝負をしようってヤツを支えることだからな。そういう意味じゃ腐れ賢者とは真逆の存在かもしれねえ。

 ま、精霊に落っことされてからはひたすら見守るばかりになってたが――親父さんがそいつと一緒にいるってことは、暗殺を計画したってのもあながち嘘とは言い切れねえな。

 仮に濡れ衣だったとしても、だ。

 大事をやらかすつもりなのは間違いないと思うぜ)




 ワイスのその言葉に。

 私はふと、お父様が昔呟いたことを思い出していた。




「我欲に走る大貴族と権威ばかりの傀儡皇帝。

 ステイブル朝はもう限界に来ているね。千年前みたいな王朝交代劇がいずれ起こるだろう。

 僕の見立てでは10年以内だ。その時の動乱を考えるなら、一般魔法なんかよりも人形魔法を伸ばした方がよっぽど役立つんじゃないかな」




 それは予想ではなく、予告だったのだろうか。


人形姫、万魔の王、インテリジェンスソード、千年無職、忍者の頭領、自称天才。

こうして列挙するとすごい顔ぶれですね。

しかも念話ばかりなので端から見ればお互い黙り込んで目線を飛ばしあっているだけという……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ