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第四十話 後先

もしかして:人形魔法がなくても生きていける

 ウイスプ領の人形から定期連絡が来る、その日。


 私は朝からずっと部屋で縫い物をしていた。

 ちくちく、ちくちく。


 自分の手だけで縫っていく。

 賢者の"置き土産"のせいで精霊の力を借りることはできなくなっていた。

 おかげで仕上げるのにかなりの時間がかかってしまったけれど……もうすぐできあがりだ。


 ぼんやりしたカカシ、ブリキの木こり、こわがりのライオン――『オズの魔法使い』の登場人物たち。

 ガレット宮殿の一件がきっかけで王族の知り合いがずいぶんと増えたのだけれど、中には5歳とか6歳の小さな子たちもちらほら混じっていた。その子たちに人形劇を見せてあげる約束をしていたのだ。


(人形魔法はだめになっちまったんだし、中止にしてもいいんじゃねえのか?)


 ベッドでゴロゴロしていた魔法剣のワイスがそう話しかけてくる。ちなみに細かい作業は苦手らしく、手伝ってもらったらカカシ人形の頭が爆発するという謎の悲劇が起こってしまった。ひどい事件だった……というのはさておき。


(小さい子との約束を破るなんて許されないことだと思うわ。

 別に人形なんて手で動かせばいいじゃない)


(それだと3つも4つも出せねえじゃねえか。

 オズのナントヤラがどんな内容か知らねえが、1対1の対話ばっかりってわけじゃねえんだろ?)


(伯爵やフェリアさんに手伝ってもらうことになってるわ。

 ああ、そういえばレレオル王も出たがってたわね。あの方、弟や妹たちが大好きみたいだから。

 そんなに心配しなくても大丈夫よ。

 魔法が使えないのは残念だけど、別に手足までもがれたわけじゃないでしょ?)


 私の前世なんてそもそも魔法が存在していなかった。

 けれど人間は何千年と歴史を重ねてこれた。

 魔法はあれば便利だけれど、けっして必須ではないのだろう。


 ……あれ?


 ワイスの返事がなかった。

 窓の方を向いて――剣に顔もなにもあったものではないけれどそんな風に見えた――考え込んでいた。

 

 やがて、ぽつりと。


(おまえさん、やっぱ大物だわ、うん。すげえよ。

 人形魔法をつぶされて結構な日にちが経つが、ほんとに気にしてねえのな。

 はじめは無理して強がってるかと思ってたんだよ。でも、ここまでくりゃあホンモノだ。

 いい女だよなあ。やっぱ結婚しねえか?)


(とりあえずカジェロが立ち塞がると思うから頑張ってちょうだい。

 話を戻すけど、気にしてないわけじゃないのよ。

 帝国に置いてきた子たちがどうなってるかなんて、できれば考えたくないもの)


(ま、大丈夫じゃねえの? 

 人形にとっての創造主は人間でいうところの親みたいなもんだしな。

 フェリアを思い浮かべてみろよ。ひっでえ仕打ちをうけたってのに仲直りしようとしてたじゃねえか。そういうもんなんだよ。

 それに、こっちには賢者の石が山ほどあるだろ。あの絡繰人形に埋め込んであったやつだよ。

 いざとなりゃそいつを投げつけりゃいい。生半可な精霊だったら吹き飛ぶぜ、ドカーン! てな。


 っていうかよ、アルティ。

 そんなのはなるようにしかならねえ。

 むしろもっと先のことを心配した方がいいんじゃねえのか?

 精霊を降ろせなくなっちまった以上、世界征服はちょっと難しいと思うんだけどな)


(ごめんなさいワイス、今のよく聞こえなかったんだけど)


 考えたこともないような不穏な単語が飛び出したような。


(冗談だよ、冗談。

 だが実際のところ、将来についてはどう考えてんだ?

 我が主の意向ってやつを新参者の俺様に教えちゃあくれねえか。

 世界が欲しいってんならやりようはある。その気になりゃあひと月でマルガロイドは手に入るだろうよ。

 そっからは、まあ、人が死ぬやり方なら5年、できるだけ生かすなら20年だな。

 逆に普通の公爵令嬢として生きていくってのもありだ。救国の英雄? カジェロを死ぬほど働かせりゃ関係者全員の記憶は消せるだろ。

 極端な話、おまえさんの父親と兄貴の頭もいじっちまって、どこぞの町娘や村娘になっちまうこともできるな)


(ずいぶんと広すぎる選択肢ね……)


 驚きだ。

 なんでもあり、という言葉がぴったりの状況だった。

 

 ただ、まあ。

 すべてを蹂躙して君臨したいかと言われれば、答えはノーだ。

 もし世界を手に入れたとすれば、そこに生きる人たちひとりひとりに対して責任を背負うことになる。

 その重さに耐えられるだろうか? 

 無理だ。無理に決まっている。

 カジェロか誰かにすべてを押しつけ、自分は部屋にひきこもってしまうだろう。


 だったら平々凡々とした生活はというと……うーん。

 救国の英雄だとか公爵令嬢という立場はたしかにめんどくさい。

 けれどもそれ相応の"うまみ"もあるわけで、できれば手放したくないと感じている。私は俗な人間なのだ。


 うーん。

 いまいちはっきりしない。

 とりあえず初心に戻ってみようか。


 目標はおおまかにいって3つあった。


 まず、原作がらみの不安要素を取り除くこと。

 これについてはほとんど達成できたけれど、あとすこしだけ残ってしまっている。

 ウイスプ家の没落を防ぐこと。

 ゲームでは詳しいことは語られなかったけれど、賢者が見せてきた悪夢が大きな手掛かりになった。

 帝国ではなにやら複雑な陰謀が進行していて、そのためにお父様は自殺――に見せかけられて暗殺されるらしい。

 しかも、いわれのない罪を着せられて、だ。

 絶対になんとかしなければならない。


 次に、魔法学院に進学しないこと。

 一般魔法はからっきしなわけだから時間の無駄だし、行ったところで劣等感に苛まれて潰れるのがオチだ。

 お父様はわりと理解を示してくれたけれど、それは人形魔法あってのこと。今は状況が違う。

 いずれ話し合いが必要だ。いつごろ帝国から戻ってくるのだろう。とりあえずは連絡待ち、というところか。


 最後が、魔法人形師として身を立てること。

 これはもうどうしようもない。

 ただ、前世でみがいた手芸の腕はこれっぽっちも鈍っていない。そっち方面に邁進してもいいかもしれない。

 手縫い服とぬいぐるみのお店屋さん。小さいころの夢をかなえてみるのもアリだろう。


 と、するとだ。


(目の前のいろんなことを片づけつつ、最終的には自分のお店を開きたい……というところかしら)


 ちょっと曖昧だけれど、それが今のところ考えている方向性だ。


(わかったぜ。ようするに大商人になるってことだな。

 流通を支配して世界を裏から操る、うん、いかしてんじゃねえか)


 なぜ、そうなる。


(ワイス、あなたって私をどんな目で見てるのよ……)


(そりゃもちろん歴史に名を残す女傑に決まってんだろ。

 帝国でいうならラスティユ、王国ならマルアあたりと同格だ。

 野望なんざほとんど持っちゃいねえが、凡庸な暮らしを心から望んでるわけでもねえ。

 ビミョーなところを歩いてるあたり、生まれ変わりみたいにそっくりなんだよな)


 そういえば伯爵も私のことをラスティユ姫に重ねていたっけ……。

 あんな可憐さの塊みたいな少女とは似ても似つかないはずだけれど、ドラマCDには描かれていない部分でなにかあったのだろうか。


(だから、ま、なんだかんだ言いながらデカいことをやらかしてくれるって期待してるぜ。

 ……ああ、やっとお待ちかねのものが来たらしいぜ。定期連絡だ)



 やがて現れたのは、いつもウイスプ領の様子を伝えてくれるペリカン君……ではなかった。

 黒装束に身を包んだ、忍者人形。

 300体ほどが帝国のあちこちに潜んで諜報活動をしていて、その中でも赤いマフラーを巻いた子が首領にあたる。

 名前をフィグゼス。ヴァルフと同じく自分で自分に着けた名前だ。

 彼が出向いてくるということは余程の緊急事態なのだろう。


 まさかの可能性が現実になったのだろうか。

 たとえば、ウイスプ領の人形たちが反乱を起こした、とか。






 ……違った。

 むしろ、それ以上に深刻な事件が帝都で起こっていた。








 それは現皇帝の暗殺計画で、80歳を祝う式典を狙った大掛かりなものだったらしい。


 けれども直前になって陰謀は露見、首謀者たちは次々に投獄された。その中でもトップの位置にあった人物はすぐさま処刑となる。




 大逆者にはただの死などなまぬるい。

 回復魔法で命を無理矢理保たせつつ、徐々に四肢を削ぎ落していく。

 そんな残虐な刑が執り行われることになっていた。



 でも。


 処刑の日、牢の中に彼の姿はなかった。


 幾重もの見張りをかいくぐり、脱獄を成し遂げていた。

 その後の行方は、杳として知れない。


 

 


 大罪人の名前は、ソリュート・ウイスプ。



 私の、お父様だった。



ラスティユ姫(伯爵の思い人)についての余談を今日か明日あたり活動報告に書きます。


次章は帝国に舞台を戻します。

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