第三十八話 収拾
目が覚めた後の話です。
乙女ゲームの主人公には健気ちゃんやら流され系やらいろいろとあるけれど、『ルーンナイトコンチェルト』のルトネ・クレーフスはある意味でキワモノだった。
鉄の精神。
この一言に尽きる。
原作エルスの思春期発言を一晩だろうが二晩だろうが親身に聞きつづけたり、かませライバルであるアルティリアの度重なるいじめに耐え、それどころか仲良くなることを決して諦めようとしない。その姿はいじらしいを超えて非人間的ですらあった。
けれど今となってはどれもこれも納得できることだ。
ルトネはただの人間ではなかった。
アルティリアが"理想の自分"として創り出した人造生命だったのだ。
ありえないほど心が強いのも当然と言えば当然、ずっとアルティリアを気にかけていたのは生みの親だからだろう。
人形たちがルトネを見つけられないのは仕方のない話だ。そもそも彼女はこの世界だとまだ生まれていない。将来生まれてくることもないだろう。"私"は原作のアルティリアとはかけ離れた性格だし、それを唆してくる神学者アスクスも永い眠りについてしまったからだ。
そもそもアルティリアの悲劇は神学者アスクスに目をつけられてしまったことではないだろうか。
根本原因を取り除いた以上、私のいちばんはじめの目的――将来ふりかかる不幸を回避する、というのはほぼ達成できたように思える。
さて、目を覚ました後の話をしよう。
驚いたことに私はとんでもない存在に祀り上げられていた。
――王女の危機を救い、ガレット宮殿を反逆者から守り抜いた英雄。
どういうことかといえば、だ。
私が眠っている間にワイスとカジェロ、それから伯爵が暗躍した結果らしい。
(アルティが助けたあの女だけどな、この国の第三王女らしいぜ)
(ふむ……それは利用できそうですね。
後々に備え、ここで確固たる地盤を築いておくとしましょう。
すでに我々はこの国の"弱み"をいくつも握っています。ヅダの件をちらつかせるだけでも王家は"格別の配慮"をしてくれることかと)
(素晴らしい、わたしも姫君に栄誉を捧げるべく微力を尽くさせてもらおう。何を隠そう、この国の名家には何人もの知り合いがいるのでね)
そんなやりとりがあったとかなかったとか。
おかげで建国祭を楽しむ余裕なんてありはしなかった。
レレオル国王やら第三王女をはじめとして他の王族、さらには近衛兵団の団長だとかナントカ大臣だとか錬金アカデミーの学長だとか、とにかく覚えきれないくらいたくさんの人たちと面会することになった。いくつものパーティに引っ張り出され、さらにはパレードにまで参加させられた。もちろん眺めるほうじゃなくってみんなに手を振る側だ。
「綺麗だったよ、あの中では一番だ。
あらためて僕が男性でないことを悔やんでいるよ」
よかったことといえばせいぜい、フェリアさんがべた褒めしてくれたことくらいだろうか。
「10歳というとこの国じゃ結婚適齢期だ。やったらめったらお見合いを持ちかけられて困ってないかい? 家族を元通りにするきっかけをくれたお礼さ、相談ならいつでも乗るからね」
実際、あちらこちらから山のように縁談が舞い込んでいた。相手は王族だったり名だたる名家の長男だったり、そうそう無視できない相手ばかりで断るのもひと苦労、しばらくはそれだけで一日が潰れてしまった。
とはいえ建国祭7日前みたいに一難去って一難というのも困りものだし、まあ、よしとしよう。平和がいちばんだ。
襲撃だの暗殺だのはあれ以来ひとつも起こっていない。カジェロが相手の本拠地に乗り込み、トップのプロフエン大司祭を捕まえてくれたおかげだ。
そういえばフィルカさんが生贄として誘拐されていたのは驚きだった。裏では錬金術師協会も絡んでいたとのこと。大司祭の陰謀は想像以上に大きなものだったらしい。全貌が明らかになるにはもうしばらくの時間が必要なようだ。
「お嬢様、アスクラスアという人物をご存知ありませんか?」
建国祭からすこし経ったある夜、久しぶりにルイワス家の自室でのんびりしていた時にカジェロがそんなことを問いかけてきた。
「大司祭に加担していた人物です。
八方手を尽くして調査を進めているものの、どうにも手がかりが掴めないのです」
どこかで聞いたような名前だけれど……頭の奥でもやもやとくすぶるだけ。誰だろう?
「おいおい2人ともボケボケしてんじゃねえよ。
ここは閉店前の居酒屋か?」
部屋のすみっこに立てかけられている剣――ワイスがぶるぶるとふるえた。柄の部分を足にしてぴょこぴょこと跳ねてくる。まるで唐笠おばけだ。
「カジェロ、テメエあの腐れ賢者の顔を忘れるたあどういう了見だ。
アスクラスアといえば俺様たちの宿敵だろうがよ。
精霊に落っことされたときに忘れちまったのか? 情けねえ。
んでアルティ、気付いてねえみたいだから教えてやるがな、おまえさんを夢の中で騙くらかそうとしたヤロウがいただろ。神学者アスクスだったか、ありゃあ腐れ賢者がよく使う偽名のひとつだ」
「待ってワイス。賢者って、もしかして昔話のあの――」
「おうその通りだ。俺様たちを好き放題ボコって精霊に落っことしやがったろくでなしだよ。
言い伝えじゃあ聖人君子みたいになってるが、ありゃあ変装した本人が流した嘘八百だからな、信じるんじゃねえぞ。あいつ、自分を持ち上げる作り話だけはやったら得意なんだよ。
ったく、おまえさんってやつは自分がどれだけすげえことをやったのか判ってなかったのな。
しゃあねえ、賢い俺様が講義してやるか。
カジェロも聞いとけ、んで、なんとか思い出しやがれ。
あれはまだ俺様たちが人間どもに神様だなんだと崇められていた頃のことだ」
そうしてワイスは話し始めた。
精霊の正体。
カジェロやワイスの過去。
そして賢者アスクラスアとの因縁。
それは知られざる神話の裏側だった――。