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別編その一 12歳の冬の終わりに

原作ゲーム版の世界。

転生者が宿らなかったアルティリア。

人形姫としての力を捨て、"普通の貴族"として生きることを切に望んだ女の子の話です。

 12歳になったわたしは次の春から帝都の魔法学院に通うことになっています。

 

 ……このままでは間に合いません。


 わたしはどういうわけか一般魔法の素質に乏しいらしく、指先に火を灯す魔法ですら習得するのに一か月もかかってしまいました。このまま入学してしまったなら、きっと劣等生の烙印を押されてしまうでしょう。ウイスプ公爵家の娘としてそれだけは絶対に許されないことです。

 ですから密かに先取りしておくことにしました。幼いころから家庭教師をつけていただき、一般魔法を身に着けるべく努力を重ねてきたのです。


 なのに。

 費やしてきた時間は私を裏切りました。

 4年もの歳月を費やしてきたのに、習得できたのは学院の2年生が扱える魔法どまりだったのです。


「アルティリア様が頑張っていらっしゃるのは存じ上げております。

 真面目で粘り強く、諦めを知らない。魔法を扱うものにとって必須とされる美徳を兼ね備えています。

 本来なら学院の卒業生と張り合える水準に達していてもおかしくはないのです。

 自分の教え方が悪いのでしょうか……」


 家庭教師の先生も頭を抱えるほどの出来の悪さでした。


 よかったことといえば、人形魔法の才能を完全に捨ててしまえたことでしょうか。『異形の才を抱えた家は潰える』と古くから言われています。わたしなんかのためにウイスプ公爵家を途絶えさせてしまうわけにはいきません。


 これは3年前に旅の神学者様が教えてくださったことなのですが、異形の才の言い伝えはロキソナ教の失われた経典の1つである『賢示編』に記されていたもので、もともとはこのような文章だったそうです。


『異形の才はひとを破滅に導く。なぜなら古に絶えた暴虐の神々の残滓だからである。

 才を生かしたいなどと考えてはいけない。それは再び地上を手に入れんとする悪神の誘いであり惑わしである。

 だがひとには賢者の智慧が残されている。これを学ぶことによって異形の才は駆逐されるだろう。

 異形の才をもつものは幸せである。その試練を乗り越えることによって、よりひとらしくあれるのだから』


 ここにある"賢者の智慧"とは一般魔法のことです。

 たしかに修業を始めてからというもの、人形魔法の力はだんだんと弱まってきました。数日前、ついに精霊の姿も声も感じ取れなくなりました。ひと安心です。すこし寂しいですけれど、あってはならない才能なのですから仕方ないでしょう。"普通"から外れすぎていることは罪業であり害悪なのです。


 * *


 その日は朝から曇っていて、外では肌寒い風が吹きさらしていました。とはいえ前に比べれば随分と暖かく、冬の終わりを予感させるものでした。

 いっそ病と偽って学院に通うのを遅らせてしまいましょうか――公爵令嬢としてはあまりに情けないことを考えながら、明け方に届いた手紙に目を落としていました。


 差出人はエルスタット・ロゼレム、わたしの婚約者です。

 ですが書いたのは本人ではないでしょう。筆跡でわかります。エルスが喋った内容を従者がまとめなおしたものに決まっています。

 ……いつものこと、です。

 彼はわたしに興味なんて持っていません。

 親同士が勝手に決めた結婚相手、その程度の認識です。

 思うところが何もないわけでもありませんが、わたしは一般魔法も満足に扱えない劣等貴族、文句を言う資格などないのです。むしろ近況報告があるだけましかもしれません。

 

 エルスは相変わらず剣を振り回す毎日とのことです。もともと物語の英雄に憧れて木剣を持ち歩いたりしていましたが、10歳の時にフェリアという名の冒険者に助けられてからというもの、ロゼレム家を継ぐための勉強もほっぽりだして剣術にのめりこむようになっていました。

 その実力はというと相当なもので、年齢と名前を偽って参加した帝都剣術大会で並み居る強豪を打ち破って4位に食い込むほどです。準決勝で彼と当たった"剣聖"カール・ペイネム様は「公爵閣下の御曹司でなかったなら弟子に、いや、養子にとっていただろう」と漏らしています。先月はなんと千年の長き時を生きたとされる伝説的な人物、"彷徨える伯爵"が訪ねてきたのだとか。


 正直、ちょっと嫉妬してしまいます。わたしにもこういう、誰からも認められるような才能があればよかったのに。

 ううん。

 他人は他人、わたしはわたし。

 羨んでいたって何も始まりません。

 人形魔法を捨て去って、やっと"普通"に大きく近づけたのです。

 ウイスプ公爵家の名を汚さぬよう、そしてエルスの隣に並んでも恥ずかしくないようにしなくては。


 そろそろ日も高く昇ってきました、練習を始めましょう。

 部屋に侍女を呼び、着替えを手伝わせます。

 本当はひとりでもできるのですが、そこであえて人を使うのが貴族というものです。

 普段着から、ローブ姿へ。

 魔法使いらしい格好をすると魔法はうまくいく。家庭教師の先生が教えてくださったことです。

 心の持ちようこそが魔法のコツですし、あながち迷信とは言い切れないでしょう。


 鏡の前でくるりと一回転、身だしなみにおかしなところがないか確認します。


 と。


「アルティリア様、よろしいでしょうか」


 ドアの向こうから聞こえたのは、老執事のワーレンさんの声でした。


「神学者のアスクスと名乗る方が訪ねてきております。

 曰く、アルティリア様にお見せしたいものがあるとのことですが、いかがいたしましょう。

 お館様もいらっしゃらないことですし、また後日ということでもよろしいかと思いますが……」



 もしこれが見ず知らずの相手でしたら、ワーレンさんの言う通りにしていました。

 ですが神学者のアスクス様には3年前にお会いしています。しかも一般魔法のことで悩んでいる私をひどく気にかけ、何かいい方法を見つけた時はすぐに知らせると約束してくださったのです。

 

 なんという巡り合わせでしょう。

 きっと主神ロキソス様が、人形魔法という試練を乗り越えたわたしへご褒美を用意してくださったに違いありません。


 すぐにでも駆け出したい気持ちでしたが、そんなはしたないことはできません。

 なにしろ今のわたしはローブ姿、これでお客様の前に出るなんてもってのほかです。

 リボンタイ付きの白いブラウスに、紺色のジャンパースカート。静かな雰囲気があって、着るとちょっぴり大人びた気持ちになれます。

 人前に出るときの、お気に入りの組み合わせでした。


 準備、完了。

 けれど部屋からはまだ出れません。

 伝統的な作法に従うなら、貴族がそうでないものと会う時は四半刻ほど待たせねばならないのです。

 ソリュートお父様やトウルスお兄様は意味のない決まり事だと無視していますが、だからといってわたしがそうしていい理由にはならないでしょう。魔法において劣る以上、他については普通の貴族以上に貴族らしくあらねばならないと思います。


 今か今かと待ちわびるうち、ようやく時間が過ぎ去りました。

 少しばかり早足になってしまったのは見逃してください。どうにも我慢しきれなかったのです。


あと少しだけ、この悲劇にお付き合いください。

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