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第四話

エルスタット編2話目です。応援ありがとうございます。

 ソリュートお父様の部屋に入ってみれば、まずは獰猛な顔つきのグリフォンが私を出迎えた。


 別に飼っているわけじゃない。

 頭だけの剥製が壁に掛かっているのだ。

 隣では原色で彩られた仮面が異様な存在感を放っている。

 部屋のすみっこに視線をずらせば、傷だらけの鎧甲冑が睨みをきかせていた。これも飾り、中はがらんどうだ。

 その他にも前世ならばアラビア風だなんて言われてそうなカーテンやら縄文柄の壺やらが眼に入った。


 無国籍という単語が頭をよぎる。

 お父様は仕事でいろいろな国を飛び回っているし、きっと行く先々で買い集めたに違いない。

 剥製やら甲冑やら、品のセレクトがいかにも男性的というか少年ぽい。

 普段の落ち着いたお父様のイメージからはかけ離れているけれど、なんというか、大人の男性がこっそり残している稚気なんてのは嫌いじゃない。


 そんなことを考えて密かににやにやしていたのだけれど。


「これはぜんぶ僕が冒険者だったころの思い出なんだ」


 どうやら違ったらしい。


「あの鎧、ところどころへこんでいるだろう。何度も命を救われたんだ。

 グリフォンの剥製もよく出来ていると思わないかい。彼は僕の宿敵でね、ようやく斃した時は嬉しいというよりひどく寂しい気持ちになったのを覚えているよ」


 でも、そんな風に昔のことを熱っぽく語るお父様は(失礼だろうけど)やけに可愛らしかった。


「実はね、僕は魔法学院の授業にはほとんど出ていなかったんだ。身分を隠して冒険者ギルドに登録して、毎日のように迷宮に潜ったりモンスターと戦ってたりしたんだよ」


「お父様のお父様――フェクトお爺様はお怒りにならなかったのですか?」


「病気さえなければ家督は兄上が継いでいたはずだったからね。次男坊の僕はわりと好き勝手させてもらえたのさ。

 それに3代くらい前で剣を捨ててしまったけれど、もともとウイスプは武門の家系だったんだ。

 父上や叔父上はそれをずいぶん気にしていてね、僕が手柄話をするたびに『ウイスプの武はお前の中に残っているんだな』なんて喜んでくれたよ」


「ずいぶんと大らかな環境でしたのね」


「ああ。とても感謝しているよ。色々な経験ができたし、あの頃にできた繋がりのおかげでうまくいった仕事も少なくないからね。

 ただ、家を継ぐことが決まった後は大変だったかな。放り出していた分の勉強を大急ぎでやらなきゃいけなかったんだ。

 正直、脱走しようとしたことも一度や二度じゃないよ。そのたびにシュアラに連れ戻されたけれどね」


「お母様に?」


「ああ。いつのまにかウイスプ家の執事やメイドをすっかり掌握していて、僕をすぐに捕まえられるように包囲網を敷いていたんだ。『どっちが家長だか判らないな』なんて父上は笑っていたよ。

 僕が逃げ出してはシュアラが追いかける。同じことを何度も何度も繰り返したんだ。

 いい気晴らしになったよ。冒険者として生きた過去とウイスプ家の家督を継ぐ未来との間に折り合いをつけられたのは彼女のおかげだね。

 アルティ、きみが人形たちに指示しているところはシュアラそっくりだったよ。

 前は物静かな子だったけれど、ここ最近でずいぶんと似てきたね」


 ……などと言われても答えようがない。

 なにせシュアラお母様は私を生んですぐに亡くなってしまったからだ。

 どんな人なのかまったく知らない。


 なんだか不思議な気持ちだ。

 今の"私"の人格は前世に由来するもので、お母様とは全く関係のないところで形成されている。それなのに似てると言われても……うーん。

 私がアルティリアに転生したのはある種の必然だったんだろうか。

 そんな妄想が浮かんでくる。

 まあ、いい。

 これは答えの出ない問題だ。

 今の私をお父様は不自然に思っていない。それが判っただけでよしとしよう。

 そういえば家令のワーレンさんや昔からウイスプ家に仕えてくれている人たちがやけに懐かしげな視線を向けてくることがあったけど、もしかするとお母様を思い出していたのかもしれない。


 そんな風に考え込んでしまった私の姿は、どうやら亡きお母様への感傷に浸っているように見えたようだ。

 お父様はわざとらしいくらいに明るい調子で話題を変えた。


「そういえば、もともとはギルドにいた人形使いの話だったね。

 彼は言っていたよ。意思を与える際にどの程度まで制限をかけるかいつも迷う、ってね。

 がんじがらめにすると力を喪ってしまうし、かといって自由にさせすぎると言うことを聞いてくれなくなるらしい。

 アルティはどんな風にしているんだい」


「制限はほとんどかけていません。基本的にいい子たちですから」


「しかしそれじゃあ子供みたいに突拍子もないことをしでかすんじゃないかい」


「いいえお父様、それは誤解です。人形は人形なりの理屈があって動いているんです。ただそれをうまく伝えられないだけで」


 そして幸いにして"人形姫"である私はそれを察するのが得意だった。


 ……あと、前世で年の離れた弟の世話をいつも焼いていたのが役立っている気もする。

 あの子、思ったことを表現するのがすごく下手だったから。

 うう、心配になってきた。

 いじめられてないだろうか。ひきこもりになってないだろうか。


「他にも彼はこんなことを口にしていたよ。

 ――人形使いの性格はその人形を見ればわかる。

 かなりの部分が反映されるらしいね」


「そうなのですか?」


 とすると私は端から見て妙なことをやらかしていることになるのだけど……身に覚えがない。


 貴族の令嬢として恥ずかしくない言動をしているはずだし、周囲の人たちともきちんとコミュニケーションをとっている。


「ワーレンが言っていたんだが、きみはよく人形とお話をするらしいね」


 ひい。


 見られてたの!?


 うわ。


 うわわ。


 は、恥ずかしい。


 あのですねお父様、それはなんというか言うに言えない事情がごにょごにょごにょ……



 * *



 たしかに人形使いと人形の間には不思議なつながりがある。


 私はお父様に対して人形使いとしての腕前をアピールしようと張り切っていたけれど、それは人形も似たようなものだったのだ。


 仕事を終えた人形たちは私とお父様の手を引いて屋敷中を走り回った。


 どうだこんなに綺麗に掃除できるんだぞ! そう言いたげに胸を張っていた。


 さらに驚いたことに。


 遊んでおいでと外に送り出したはずの火精霊の騎士人形たちは、得意の剣術でアマイノシシを狩ってきてくれたのだ。


 その肉はとろけるような舌触りで、人をもてなすにはぴったりの食材だ。


 よしよし。

 ロゼレム公爵と息子のエルスタットを迎える準備は万端だ。





 けれど翌日、予想もしなかったトラブルが起こることになる。


 騎士人形たちが体中を切り裂かれた姿で次々に運び込まれてきたのだ。


 大慌てで治療に取り掛かる水精霊の人形たち。私の部屋はまたたくまに野戦病院さながらの様相を呈する。


 いったい誰がこんなことを?


 というか。


 大怪我を負ったはずの騎士人形が、やけに満足そうな横顔なのはどうして?

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