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第三十五話 その一 教え導く万魔の王

カジェロの精霊(?)としての別名:"祟りて呪う魑魅魍魎" あるいは "誘いて惑わず万魔の王"(二十三話&二十五話)

名前の通り呪殺や幻惑が得意分野、かも。


フィルカ視点

 自分でもどうしてそんなことを問うたのかわからなかった。


 逆転の策を立て終え、あとはカジェロの回復を待つのみ。。

 することといえば壁面の石を数えるかどこか遠くの隙間風を聞くくらい、その侘しさに耐えられなかったからかもしれない。


(あの子の人形でいるのは、どういう気持ちだ。よければ、教えてくれないか)


 切れ味の悪い質問をしてしまった。直後にそう反省する。

 いったい俺は何を尋ねたかったのだろう、自分自身でも掴みあぐねている。

 すぐそばにアルティリアの人形を務めている存在がいる。そう思った時には口が動いてしまっていた。

 だが、どう答えればいいか曖昧に過ぎる。カジェロも困ってしまうだろう。

 いっそ聞かなかったことにしてはくれないか――と思った矢先。


(お嬢様への迷いはいまだ晴れませんか)


 なまくらの言葉を鋭く研ぎ直し、投げ返してくる。


(見目麗しい異性が傍に居るのです。何かしらの感情を喚起させられるのは男性なら致し方ないでしょう)


 一言一言が心の殻に突き刺さり、罅を入れていく。


(ですがフィルカ様が懊悩なさる通り、『このろくでもない気持ちが恋のはずがない』かと。

 ならば何であるか、思索の道標を立てさせていただきましょう。

 お嬢様に錬金術を教えていただいたこと、今こうして"居候"させていただいていること。その返礼とお考えください)


 俺はただカジェロの声に聞き入ることしかできなかった。

 惑乱の魔法に包まれているような心地だった。

 五感すべてが遠ざかる。

 視界は朦朧とし、床の冷たさも風の音も漠然としていた。

 まるで魂だけ丸裸にされて浮かんでいるような、そんな錯覚。


(『欲望とは取り戻しがたい過去に伸ばす手である』

 遥か遠い昔、或るひとが残した言葉です。


 お嬢様の人形になりたい。なるほど確かに倒錯の誹りを受けかねない望みでしょう。されどその是非は問うまでもありません。抱いてはならぬ思いなどこの世にありはしないのですから。


 むしろ目を向けるべきは根源にあるもの、フィルカ様にとっての取り戻したい過去かと。


 それを直視せぬままに欲望を叶えようとするのは宛てなき旅のようなものです。

 そうそう満足のいく終着点にはたどり着けないでしょう。

 たとえば――)


 脳裏に浮かぶ、やけに鮮明な光景。


 ……思いは通じ、布の体を得る。人形としてアルティリアに仕える。だがカジェロやヴァルフばかりが構ってもらっているように感じられる。こんな筈ではなかった。もっと自分を、いや、自分だけを見てほしい。罠にかけてアルティリアを狭い部屋に閉じ込める。その首に隷属の呪印を刻む。これで彼女は自分のものだ。なのに満足できない。自由意思を失ったアルティリアとの生活は虚しいだけだった。どうして。


 それは幻覚のはずだった。

 なのに現実さながらの重たさでもって圧し掛かっていた。

 十二分にありうる未来だと確信することができた。


(お見せしたのは異なる可能性を歩んだフィルカ様の姿です。

 満たされないのは過去の償いとならぬため。

 ゆえに問いましょう、貴方が背負う罪科は如何なるものか、と)






 そんなもの、考えるまでもない。




 家族を、壊してしまった。






 ……我が父は辣腕の政治家であるとともに高名な錬金術師だった。

 研究の主題は失われたふたつの霊薬を現代に蘇らせること。

 ひとつは肉の代替物となる"グラニウの聖餐"。

 もうひとつは血の代替物となる"リンガル族の葡萄酒"。

 長年に渡ってさまざまな実験を繰り返していたものの、すべて失敗に終わっていた。

 そのうえ次王を巡っての派閥闘争が激しさを増しており、父の苛立ちぶりは尋常ではなかった。家の空気はさながら戦場だった。


 フェリアはいつも怯えたようにベッドに縮こまっていた。

 可哀想だった。何とかしてやりたかった。


 大人に頼る?

 無駄だ。

 21歳になったばかりの母はうろたえるばかり、使用人たちも命じられたことをこなす以上は関わってこない。


 ならば兄であり天才である俺が動くしかない。


 政治はどうにもならない、だが錬金術なら話は別だ。

 父の重荷を取り除いてやれる。


 寝る間も惜しんで研究に明け暮れた。

 賢者アスクラスアの助言もあり、10歳にして"聖餐"と"葡萄酒"の製法を確立させた。


 ……何も、変わらなかった。むしろ、悪化した。


 父は自分の子供に追い抜かれたことを屈辱と感じたらしい。

 ひどく塞ぎ込み、自室から出てこない日もあった。

 宮廷の王位継承争いは佳境に入っていたというのに、だ。


 母は逃げるように動物と戯れるようになった。

 味方は妹だけだった。

 

 錬金術でどれだけの発見と発明を重ねようと、家で褒められることは決してなかった。

 父も母も俺を黙殺し、代わりにフェリアへ愛情を注ぐようになった。

 それはそれで構わない。妹の幸せは俺の望むところでもある。


 だが運命という奴はひどく嗜虐嗜好らしい。


 フェリアは立て続けに3人も婚約者を亡くし、4人目は見下げ果てた屑でしかなかった。

 普通なら断るところだろう。妹もひどく嫌がっていた。

 ところがそいつは遠いながらも王家の一員、引き籠りのために新王政権での立場を確立できなかった父は婚約を受けるしかなかった。

 母は相変わらず犬やら猫やらを可愛がっているだけ。

 俺も何もできなかった。そもそも知らなかったのだ。

 新王じきじきの命を受けて西部開拓地に出向していたせいだ。


 王都に帰ってきたとき、フェリアの姿は消えていた。

 屋敷に残されたのは、互いにそっぽを向いている3人のみ。

 そのまま、今日に至る。



 ――それが、俺にとっての取り戻したい過去。

 


 あらためて考えてみれば、なんと情けない。

 反吐が出る。


 なにが人形になりたい、だ。

 家族関係をこじらせた後悔を、8歳も下の少女にぶつけているだけではないか。

 ひとりの男がすることではない。


 俺は誰だ。

 不世出の錬金術師フィルカ・ルイワスだろう。

 天才たる者は望もうが望むまいが世界に大きな影響を及ぼす、だからこそその責任を負えるだけの大器を備えねばならない。

 家族のいざこざから眼を逸らし続けていて、なにが天才か。

 これでアルティリア・ウイスプの隣に並ぼうなどとよく言えたものだ。


 それに、だ。

 妹のフェリアは家族と向き合うために帰ってきた。

 兄である俺が逃げ続けていてどうする。


 男として、天才として、兄として、果たすべきことがあるだろう。

 錬金術師協会の会議? どうでもいい。

 呑気に誘拐などされている場合ではない。

 さっさとこのかび臭い洞窟から出ていかねばなるまい。


 過去を取り戻そう。父と、母と、妹とやり直そう。

 その時こそアルティリアへの邪な想いも晴れるだろう。

 胸を張って恋を語ることができるはずだ。




(カジェロ、礼を言う。おかげで迷いは晴れた)


 茫漠としていた五感が澄み渡っていく。生まれ変わったような心地だった。


(お気になさらず。

 フィルカ様であればいずれお一人でも辿り着いていた答えかと。

 わたしは背を押してそれを早めただけに過ぎません。

 それに、フィルカ様がご家族と和解することはお嬢様の望みでもありますので)


(そんなことまで心配してくれていたのか、優しい子だな。

 ますます惚れてしまいそうだ)


(でしたらフェリア様が最大の敵となるかと)


(同性だ、ありえない。

 さて、無駄話もここまでだ。急いで王都に戻るとしよう)


(承知しました)











 ――しかし、そこに乾いた拍手が響く。


 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 やけに近くから聞こえた。


「いやはやお見事、お見事。

 カジェロ君、フィルカ君、2人には惜しみない賞賛を送ろう。

 地の底でかくも素晴らしい戯曲に出会うとは、まだまだ世界は驚きに満ちている。

 かの"誘いて惑わす万魔の王"が若者を教え導くとは、な」


 その声を俺はよく知っていた。

 かつて"聖餐"と"葡萄酒"について助言してくれた恩人。

 今では書簡だけの付き合いとなっている知人。


 ――賢者、アスクラスア。


「心の壁を溶かす権能。邪な囁きで染め上げるための力とばかり思っていたが、なるほど用い方ひとつで善にもなるということか。覚えておこう。

 さて、久しいな、フィルカ君。父上は壮健かね」


 8年前と変わらない、どこか芝居めいた立ち振る舞いのままだった。

面白半分で他人の生を引っ掻き回す迷惑な方の登場です。

次回は1/5 1時の投稿が目標。

勝って、負けて、勝つ予定。

ついでに「ジャンル:恋愛」へのターニングポイント回になる、はず。

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