表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/70

第三十一話 迎賓室

ワイスが「賢い俺様」と言いたがるのは"インテリ"ジェンスソードだからです。

 ワイスが通り魔の頭の中から引きだしてくれた情報によれば――


 そいつの名前はヅダ・マルトウス。

 予想通り、フェリアさんの4人目の婚約者だった。

 彼は宴席で深酒をしたあげくに第三王子に掴みかかり、そのほか様々な悪事が表沙汰になってマルトウス家を追い出されることになった。その後は名前を変えて冒険者ギルドに身を寄せていたみたいだけれど、トラブルが相次いで除籍処分、やがては裏稼業に身を落としていったらしい。

 ヅダが使っていた魔法剣は暗殺依頼の"前金"で、成功すれば一生遊んで暮らせるだけの金と帝国での地位が約束されていたという。


 ……どうしてここで帝国が出てくるんだろう。


(アルティ、こいつの顔に見覚えはねえか?

 賢い俺様の分析によると依頼主っぽいんだけどな)


 ワイスが飛ばしてきたのはヅダの記憶の一部分だ。

 依頼主はRPGに出てくるオークに似ていた。

 でっぷりと太っていて、上向きの大きな鼻が目立っている。


 ううむ。

 どこかで見た気はするけれど、記憶の棚はうまく開いてくれない。


 私が首をかしげるやいなや、カジェロが代わりにさらりと答えてくれた。


(ロキソナ教大司祭のプロフエン氏ですね。

 2年前、貿易都市スピリルでのパーティにも出席していたはずです。

 取るに足らない小物ゆえに監視対象から外しておりましたが、よもやお嬢様に牙を剝くとは……)


 その後の沈黙がカジェロの驚きを語っていた。

 私も同じ思いだ。

 まさかここでプロフエン大司祭の名前を聞くだなんて予想もしていなかった。


 けれど、ありえない話ではない。

 私の力は個人が持つには大きすぎる。危険視する輩も出てくるだろう。

 いつどこで命を狙われてもおかしくないのだ。


 むしろこれまでが無警戒すぎた。

 ここはしょせん乙女ゲーの世界、切った張ったの大立ち回りなんかはめったに起こらない。そんな風に甘えていた。

 

 ひどい勘違いだ。


 斬られた左腕に残る痛みが教えてくれる。

 これは現実なんだ。どうしようもなく現実なんだ。ここで生きて死ぬしかないんだ。


(つうかよお、この司祭様はちょっとおまぬけ過ぎねえか?

 『せめてもの誠意を見せるため』とか言ってヅダに直接会ってるんだけどな、こういうヤバイ話ってのは尻尾を掴まれないように工夫するもんだろ。仲介役をたてるとか色々あるだろうに、どーなってんだコレ)


(プロフエン大司祭は切り捨てのきく誰かの駒に過ぎないのかもしれません。調査を進めておきましょう)


(期待してるわ、カジェロ。

 ところで結構な時間が過ぎたけれど、あとどれくらい待たされるのかしら)


 ここは『波止場のにぎわい』亭の前ではない。

 私たちがいるのは王都北部にあるガレット宮殿の迎賓室だ。

 錬金術によるものだろうか、室内は外の暑さとは無縁でむしろ肌寒いくらいだった。


 ……赤毛の青年を蘇らせた後のことだ。

 いまさらというタイミングでやってきた治安騎士団によって私たちはここに案内された。

 なんでも今回の事件について国王直々に謝罪があるらしい。


(でもこれって一国の王が出てこないといけないような問題なの?)


(おいおいアルティ、おまえ、自分の立場を考えてみろよ)


 ソファの上でぴょんぴょんと剣――ワイスが跳ねた。抜き身では危ないので鞘をかぶせてある。

 ヅダはここにいない。騎士団に身柄を引き渡していた。カジェロによると「ひとまず預けておいた方がむしろ有用」とのことだった。


(友好国の駐在大使、しかも公爵閣下にして名の知れた冒険者さまのご令嬢だぜ。

 勘当されたとはいえ王家に縁のある人間がそいつを殺そうとしたんだ。

 とんでもねえ厄ネタだよ)


(しかも現国王は即位したばかり、まだまだ政敵が多い状況です。

 今朝から南部の視察に向かっていたようですが、慌てて取って返すのも当然でしょう。

 はてさて、かの若き王の心中ではいかなる最悪の事態が想定されているのやら)




 * *




 ――果たしてカジェロの言葉どおりであった。

 全速力で王都へ戻る馬車の中、第十三代マルガロイド国王レレオルは頭を抱えていた。

 二十台半ばの若々しい顔には、しかし、年齢不相応に神経質なしわが刻まれている。

 彼がもっとも心配していたのは今後の帝国との関係でも、自分の地位でもなかった。


(はやく、はやく着いてくれ。さもなくば国が潰れてしまう)


 ウイスプ公爵令嬢ことアルティリア。

 別名、魔眼の人形姫。

 とある筋から入ってきた情報によれば、彼女はその強大な力でもって帝国を我が物にしようとしているらしい。

 すでにいくつもの都市が人形たちによって裏から支配されている。

 しかも貿易都市スピリルの地下には巨大な迷宮が建造されているとのことだ。将来の戦争に備えてのものだろう。


(ヅダめ、こんなことならば処刑しておけばよかった)


 帝国はもはや末期状態、いずれアルティリアの手に落ちるのは明白だ。

 その時のために友好関係を築こうとしていたのだが……これでなにもかも台無しだ。

 むしろ帝国より先に王国を攻め滅ぼそうとするかもしれない。

 入国の条件として『みだりに新たな人形を作らないこと』を提示したが、書面上の約束ごとにすぎない。制約術式でもかけておけばよかった。あるいは入国拒否という手もあった。


(いや、それはそれで不興を買ったことだろう。

 何千何万の人形を引き連れて開国を迫ってきたかもしれん。

 ……アルティリア・ウイスプがこの世に生まれついた瞬間、我が人生は詰んでいたのだろうな)


 

 ちなみに。

 彼のこの暗い想像は、小さいながらも口に出てしまっていた。

 しかもそれを横に座る書記官がこっそりと書き留めていた。

 このためレレオルは後世において"悲観王"と呼ばれることになる――。



 

 * *



 ……本棚の影からチュウという鳴き声とともにネズミがシュタタタタと走り寄ってきたのは、ちょうど私たちの会話が切れたあたりだった。

 もしかするとタイミングを見計らっていたのかもしれない。


(ご苦労様です。して、首尾は)

(チュウ!)


 ネズミはカジェロに身振り手振りを交えて何かを報告していた。

 なんというか、メルヘン。


(ありがとう。引き続き情報収集に努めてください)


 チュ! と敬礼じみた動きをしてネズミは颯爽と去っていく。

 彼らはカジェロ配下の諜報員として王宮に潜んでいるらしい。


(お嬢様、裏付けが取れました。

 これまでの情報をすべて洗いなおしてみましたが、やはりヅダの口にしていた"王家の黙認"とやらは出鱈目のようです)


(じゃあ、治安騎士団の到着が遅れたのはどうしてかしら)


(別件で人員を取られていたためかと。

 調べてみましたが今日の午前だけで尋常ではない数の事件が起こっています。

 喧嘩騒ぎから誘拐に強盗殺人、果ては美術館の爆破予告や王族への襲撃計画――大小合わせればその数はゆうに500を超えましょう。

 しかもそのすべてがお嬢様のいらっしゃらない地区で発生しているのです)


(へえ、治安騎士団はこぞってアルティから離れたトコでお仕事中ってワケか。そりゃ駆けつけるのも遅くなるわなあ。

 うん、賢い俺様にはわかるぞ。これは何か裏がある。間違いねえ)


(ワイス、ここまで露骨だと誰でも怪しむと思うけど……)


 むしろこれをふーんそうなんだーと流せるなら、その人はよほどの大物だと思う。


(くうっ……アルティ、おまえって結構言うやつなのな。胸が痛いぜ)


 剣の腹という言葉はあるけれど胸は一体どこなのだろう。

 まあいい、それよりも考えるべきことは他にもある。

 かまってほしげなワイスを無視して私は口を開く。


(しかもお父様は緊急の用事で帝国へ戻っていて、フィルカさんも錬金術師協会本部へ出張中、まるで示し合わせたかのようね)


(その可能性は高いでしょう。敵の手は我々の想像を超えるほどに長い。

 あるいはこの宮殿内に第二、第三の暗殺者が潜んでいてもおかしくはありません。用心は常にしておくべきかと)


(人形を増やすことも考慮すべきね)


 あいにくと魔法糸の持ち合わせはない。

 錬金術でゴーレムを生成し、そこに精霊を降ろすのが最善手になるだろう。材料になりそうなものはないだろうか。

 視線を走らせる。窓の外、庭園には木々が立ち並んでいた。手入れも行き届いているしちょうどいい。


 と。


 庭園の一角にたくさんの木箱が並べられているのに気付いた。


(カジェロ、あれは何かしら)


(明日、錬金術アカデミーの研究発表のひとつとして絡繰人形によるダンスパーティが執り行われます。前日のうちに人形を運び込んだようですが、こうも事件が相次いでは中止も免れないでしょう)


(そう……人形たちも活躍できなくてかわいそうに)


 私がそう呟いた直後のことだった。


 ガタガタ、と。木箱が揺れた。いくつも、同時に。



 どうなっているのだろう。

 まるで私の言葉に反応したみたいだ。

 人形魔法が無意識に発動した? 

 いや、あれはそんな簡単な代物じゃない。


(……魔力の流れを感じます。

 どうやら近辺に高位の人形魔法師が隠れているのかと)


 私の疑問を察してか、カジェロがそう教えてくれる。


(アルティ、俺様を使いな。昔は盾の精霊をやってたこともある。

 ずいぶんと細い体になっちまったが、お姫様1人くらいならは守れるだろうよ)


(ありがとう。頼りにしてるわ)


 私は剣を握る。思ったより軽かった。ワイスが手助けしてくれているのだろう。


 窓の外では恐怖劇じみた光景が広がっていた。


 木箱の蓋をぶちやぶり、つるりとした光沢をもった腕が次々に延びる。

 続いて無表情な顔が、凹凸のない体が起き上がった。

 うつろな表情のままに木箱から這い出してくる絡繰人形。

 一体どころじゃない、何十体もが揃って同じ動きをしていた。



 近くを通りかかった身なりのいい婦人が、驚きのあまり声をあげ、そのまま地面に倒れ込んだ。



 


 ……まだまだひと段落とはいかないようだった。

次回、人形姫 対 人形魔法師

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ