第二十八話
第二章 最後です。
「結婚話から逃れるのは海を越えた時点で達成されてしまっていたし、旅そのものに目的なんてなかったんだ。
最初こそ『1人でやっていけるようにならないと』なんて燃えていたけれど、男装してあちこちのお嬢様と仲良くなったりギルドで依頼をこなしているうちに生活も安定してしまったしね。
マルガロイドからの追っ手もやってこないし、最後はもう、惰性であちこちを観光してまわるだけになっていたんだ」
悲惨な未来から逃れようともがき。
自分だけで生きていける方法を探し。
その両方にひと段落がついてしまうと、どこか張り合いのない日々を送る様になっていく。
……どこかで聞いたような話、どころじゃない。
身に覚えがありすぎる。
運命の神様なんてものがいるとしたら、そいつはきっととてつもなくお節介だけれど意地悪なのだろう。冗談みたいに合わせ鏡な私とフェリアさんを巡り合わせたりするのだから。
「だから、あの男の追放はちょうどいい機会だったんだ。僕は無軌道な放浪をやめて帰ることにした。
あの時のことを両親と兄様に謝ろうと思ってね。僕がとつぜんいなくなったせいで、いろいろな心配や苦労をかけただろうしさ。
ところがこのありさまさ。
……ままならないよ、人生は」
語り終えた後もフェリアさんは私の手を握ったままだった。
まっすぐに、見つめてきている。
裁きを待つ罪人のように、あるいはお告げを待つ子羊のように。
私としてはフェリアさんが少しだけ羨ましかった。
彼女は私とそっくりの道の上を、少しだけ先に行っている。
あてのない毎日をやめ、家族との和解という新たな目標に向かおうとしている。
だからこそ、同じ道を歩む"後輩"として応援したいと思った。
着地点は家族そろってのカラアゲパーティでどうだろう。
なかなか悪くない光景だ。
それとともに。
いいかげん状況に流されるのをやめようと。
ほったらかしの問題にそろそろ手をつけようと。
私はそう決意していた。
久しぶりに原作のアルティリアの話になるけれど、彼女は最後の最後で実家取り潰しの憂き目に遭うことになる。その原因はといえば父親が外国と通じていたことで、しかも帝国内の陰謀もかかわっているらしい。
前世で一般庶民だった私からすると外交や政治なんてのは雲の上のできごとにしか感じられなくって、なんだか苦手意識がついてまわる。不得意科目の試験対策や夏休みの宿題を後回しにするように、今日まで触れないようにしてきたのだ。
これじゃあ、いけない。
情報収集についてはカジェロに任せてあるけれど、途中経過を聞こうともしないのは責められて当然だろう。
……っと。
考えが横道にそれてしまった。
まずは、フェリアさんのことだ。
どんなふうに声をかけてあげたらいいのか。
今だけのなぐさめなんかじゃなくって、彼女が望む未来に辿り着くための手助けになりたい。
そのためにはフェリアさんだけじゃなくって母親のエスカさんのことも知らないといけないんだろう。
けれども今しがた騎士人形のヴァルフが教えてくれた事実で充分に察することができた。
(エスカ様の気配、扉の前から全然動いてなかった)
私はベッドから立ち上がりつつ、フェリアさんの手をくいとひいた。
「もう一度、行きましょう。エスカさんのところへ。
きっと待ってるはずです」
なにせこの親子はお互いに相手が近づいてくることを期待して、扉を挟んで見つめあっていたのだ。
もしかすると。
フェリアさんが両親に負い目を感じているのと同様に、エスカさんもフェリアさんに対して負い目を感じているのではないだろうか。
自分の娘が悩み苦しんでいる時に助けてあげられなくって、家出するところまで追いつめてしまった。2年ぶりに帰ってきたのは嬉しいけれど、どう接していいかわからなくって避けてしまっている。
……これは想像だけれど、真実からはそれほど離れていない気がする。
ルイワス家でお世話になってまだそんなに長くないけれど、エスカさんの人柄はだいたいわかっている。優しいけれどちょっと内気。だからフェリアさんを前にオロオロしてしまうのは十分にありうる話なのだ。
「でも、あんな風に無視するってことは、僕の事なんて――」
「そんなわけありません。
昨日のフェリアさん、お屋敷まで来たのに回れ右して帰っちゃいましたよね。あれって心の準備ができてなかったからじゃないんですか。
それと同じです。いきなり2年ぶりに娘に会ったものだから、驚いてしまったんですよ。
フィルカさんやお父様とも仲直りしないといけないのに、こんなところでつまづいてどうするんですか。
うまくいきます。保証します。
さっきも言ったじゃないですか、私は魔眼持ちですよ?
素敵な未来なんてもうとっくに"視え"てるんです。
だから信じてください」
私は視線に力を込めてフェリアさんを見つめ返す。
もちろん未来視なんて力は持っていない。一世一代のハッタリだ。
ばれないようにと祈りつつ、視線に力を込める。
やがて。
フェリアさんは観念したように表情を緩めた。
「まったく、僕はほんとうになさけない女だね。
10歳の君にしがみつくばかりか、背中まで押してもらっているんだから。
2年の旅で強くなったのは剣術ばかり、心はまだまだだね。
ありがとう、アルティ。
君の言う通りだ。ここで怖気づくのは早すぎる」
「それじゃあ」
「もう一回、話をしてみるよ。
実は気づいていたんだ。母上の気配がずっと扉の向こうにある、ってね。
なのに何もできなかった。自分で自分が嫌になるよ。
でも、今なら大丈夫だ。いってくる。
アルティはここで待っていてくれないか。
ずっと君におんぶにだっこというのも情けなさすぎる話だからね。
最後くらいは自分でやってみせるよ。年上としての最後の矜持さ」
そしてフェリアさんは、その日の空みたいに晴れやかな表情で『波止場のにぎわい』亭から足を踏み出した。相変わらず周囲の目を独占しているけれど、これからのことで頭が一杯なのだろう、少しも気にした様子はなかった。
その背中が通りの向こうに消えた後。
私は立ったままこれからのことを考えていた。
まずはカジェロに情報収集の結果を聞こう。
お父様は本当に外国と通じているのか。可能性があるとすればやはりマルガロイドだろう。海を渡って帝国を侵略するという噂はよく耳にするし。
帝国にも一度戻った方がいいかもしれない。ウイスプ家を狙った何かしらの陰謀がうごめいているなら対応しておきたい。私自身はどうにでもなるけれど、お父様や使用人たちが心配だ。
ああ、そうそう。
原作主人公はいまごろどこで何をしているのだろう。
居場所くらいは把握しておきたい。
……などと大枠の方針が固まったところで、つうっと額から汗が流れて右目を塞いだ。
もう太陽も高く高くなっていて、暑さもかなりひどくなってきている。
首に下げた水精霊のペンダントでも紛らわせないほどだった。
あとは涼しいところで考えようと思い、宿屋の入り口のほうを振り返ろうとした時。
ほんとうに、突然のことだった。
昨日のフェリアさんの訪問と同じくらいの不意打ちだった。
フェリアさんはこちらを覗いているだけだったけれど、これはもっと直接的で危機的で――
私は、斬りつけられていた。
行き交う人々の悲鳴が炎天下に重なり合った。
皆さまお待たせしました。
"溜め"の成長章も終えましたし、次回からは覚醒したアルティの活躍と逆ハー(性別種族生物無生物問わず)が始まります。
たぶん。