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第二十六話

第二十四話からの続きです。

 男装をやめたフェリアさんは破壊力ばつぐんで、通りかかる男の人はもちろん女の人までうっとりとした目でこちらを眺めていた。


 ふふん。


 私が注目されてるわけじゃないけど、いい気分だ。


「うう……」


 フェリアさんのほうはといえば顔を真っ赤にし、スカートのすそをつかんでぷるぷると震えている。

 さっき私と喋っている間は平気だったみたいだけれど、周囲を意識し始めたとたんにちぢこまってしまったのだ。


「や、やっぱり旅装束に戻っちゃだめかい。男として注目を浴びるのは平気なんだ。

 で、でも、女の格好でこんなふうにじろじろ見られるのは、は、はじめてで……」


 澄んだ黒い目は羞恥に潤んでいる。

 私よりも7歳年上の凛々しい女性が、今はこんなぐずぐずに崩れてしまっている。

 なんだかちょっと、ぞくぞくした。


「フェリアさん、私、行きたいところがあるんです」


「ど、どこだい。とにかくここを離れられれば何でもいいよ」


「わかりました、それじゃあ――」


 きっとこの時、私はとても邪悪な笑みを浮かべていたことだろう。

 口元なんて雀が躍るみたいに歪んでいたはずだ。


「ウイド広場に行きましょう。王都マルガレアでいちばんにぎわってる所ですよね」


 つまり、ここ以上に多くの視線を集めることになる。


 そのことに気付いたのかして、フェリアさんは今にも泣き出しそうになっていた。


 もちろん本気で嫌がっているようならやめていた。


 けれども私にはわかっていた。

 フェリアさんの内心はまったく逆、よろこんでいる。


 もっとたくさんの人に見られたい。

 認めてもらいたい。

 素振りの端々からそんな本音が漏れ出していた。


「し、仕方ないね。服の恩もあるし、従うよ」


 まったく、素直じゃない。







 ウイド広場に向かう道はいろんな人でごったがえしていた。商人、船乗り、神官、旅芸人――建国祭を前にして王都へと集まってきているのだろう。その中にはやっぱりちょっと積極的というかうっとうしい人もいるわけで。


「ねえねえ、冒険者ギルドの場所って知ってる? 王都に来たばっかりでわっかんないんだよねー」

「こいつ方向音痴でさ。キミ、ここのヒト? よかったら案内してくんない?」


 2人組の冒険者。

 1人は赤毛で短い髪がピンピンと逆立っていた。腰には短剣をさし、薄手の革鎧を身につけている。

 もう1人は長い茶髪で、いかにも魔法使いといった感じのローブをまとっていた。

 彼らに共通しているのは、雰囲気がチャラいということだった。


「あー、でもちょっと腹減っちまったなー。じつはとんでもねえクエストにとりかかってて、何にも食えなかったんだよなー」

「実はオレたちグリフォンを狩ってたんだよ。クエストのことは表沙汰にするなって言われてんだけどさ、キミたちはかわいいから特別な。

 一緒にどこかでメシでもどう? いろんな武勇伝があるから退屈はさせないよ。実はこう見えてB+ランク冒険者なんだぜ」


 ……突っ込みをいれさせてほしい。

 この世界におけるグリフォンはかなり危険な存在だ。ひとたび姿を現せば街1つは確実に滅んでしまう。

 社会的混乱を避けるために情報統制が敷かれるのは当然と言えば当然だろう。

 でも、この2人が勝てるとは到底思えない。

 自称の通りB+ランクだとしても……無理に決まっている。

 元冒険者のお父様が言っていたけれど、Aランクが何人も集まってやっと撃退できるかどうからしい。


 そもそもグリフォンなんてものが現れたなら、ギルドが動く前にカジェロが嗅ぎ付けてヴァルフが追い払ってくれるだろう。


「いやー、ほんと2人とも美人だよねー。もしかして姉妹? 妹さんのほう、ホント好みだわー」


 赤毛はにやにやしながら私の頭に手を伸ばしてくる。

 ひいっ、ロリコン!

 私はひらりと身を翻す。手を避けつつ、赤毛の腰を掴んで足払い。高校時代に柔道をかじっていたのが役立った。ワンピースに宿っている精霊も力を貸してくれた。赤毛は空中でぐるんと一回転して石畳に倒れた。


 さらに。

 「にゃー」とか「ぴー」とか「ぐわー」みたいな統一性のない鳴き声が四方八方から降り注ぎ、ねこやアヒルやニワトリが赤毛へと殺到したのだ。一瞬の惨劇だった。牙やら爪やらくちばしが自称B+ランク冒険者を見るも無残な落ち武者の姿に変えてしまったのだ。


(……お嬢様に手を出そうとするからです)


 ふと物陰に目をやればカジェロの姿。今日の彼は影から私を見守ってくれていた。

 それにしても。

 ルイワス邸だけじゃなくって王都中の動物を配下にしたとは聞いていたけれど、まさかアヒルやニワトリがやってくるとは思わなかった。


 残る茶髪魔法使いのほうは口を半開きにしたままピクリとも動かなかった。


 えっと。


 うん。


「フェリアさん」


 話しかけられてからというものアワアワしっぱなしだった彼女の手を私は握る。


「逃げましょう。可及的すみやかに」


 ぐいっと引いて、走り出した。




 こういう場合ドラマとかだと滅茶苦茶に駆けまわった挙句に迷子になったりするものだけれど、幸いにして私にはカジェロがついている。


(さすがにこれ以上フェリア嬢で遊ぶのは酷というものでしょう。落ち着ける場所までご案内します)


 念話で示されたとおりに進む。やがて辿り着いたのは私が今お世話になっている場所でありフェリアさんの実家、つまり、ルイワス家の屋敷だった。


「街の中心からは離れているしね。確かにここなら静かだろう。

 いや、でも、うーん」


 と、門の前でなにやら渋るフェリアさん。昨日もわざわざ街の宿屋に泊っていたし、なにをためらっているんだろうか。


 「あー」「えー」などと唸って足踏みしているあいだに、玄関の扉が勝手に開いた。


 違う。


 中に人がいて、外に出るために開けたのだ。


 そこに立っていたのは、長い黒髪と儚げな淡い肌をした女性だった。


 フィルカさんとフェリアさんを10代前半で生んだ母親――エスカ・ルイワスだ。


 息を呑む音が聞こえたけれど、それは誰のものだったのだろう。


 沈黙が場を支配する。


 やがて。


 フェリアさんの母親は使用人に何事か呟いた。

 扉が、重く閉じられる。




 * *




 今のはどちらにとっても思いがけない遭遇だったのだろう。

 それにしても。

 エスカさん、自分の娘に声すらかけようとしないなんて。

 まるでフェリアさんと会わなかったことにしたがっているかのようだった。


 ……やっぱり、気になる。

 フェリアさんと家族の間には、いったい、何があったんだろう。


二十五話を書いて以来『ライバルキャラをやめようとしたらラスボスにクラスチェンジしていました』という題名の方がふさわしいのではないかと思いつつあります。

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