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第二十四話

 寸法直しを終えたカジェロがどこかに姿を消した後に、ふと思ったことがある。


 ――ただこの愚昧にして矮小なる身は、己の推測を信じきれないのです。


 それは彼の本心だったのだろうか。


 自らを卑下して不安を口にする。

 ……普段の様子からは考え難いふるまいだ。


 あるいは、わざとそう問いかけたのかもしれない。


 最近はなにもかもを人形たちに丸投げして、ほとんど指示も出していなかった。勝手に察してくれるのを期待していたところもある。

 ……彼らの主たる意識が抜け落ちていた。

 カジェロはそれを思い出させようとしてくれたのかもしれない。



 そんなことを考えながら部屋を出ると、店先の女主人は「貴女のお連れさん、すごいわね」と苦笑いしながら呟いてきた。


 どういうことだろう。


 フェリアさんのところに向かってみれば、元の旅装束に戻ってしまっていた。


 ヒアル氏の姿は……ない。


「ちやほやしてくれるのは嬉しかったんだけどね。さすがに会ったその日に結婚を申し込むというのはどうかと思うよ。しかもこんな人目のあるところだ。

 まあ、そこまで想ってくれるのはありがたいと思うんだけどね。

 今の僕はまだまだ剣の道を歩いていたい。彼の恋心には応えられないよ。

 それに5歳の娘さんがいるそうじゃないか。子供を育てる余裕はないし、かといってマルガロイドの常識どおり人を雇って任せきりというのも嫌だ。

 ……とまあそういうわけでスッパリとお断りさせていただいたよ」


 な、なんて現実主義。


 海を股にかけて活躍する若き大商人に口説かれたとなれば、しかも結婚なんて話が飛び出したなら、気持ちはむしろ盛り上がったっていいはずだ。

 なのにこんなに冷静でいられるなんて……。


 でも、私も同じようなものか。


 すごいなー乙女ゲームみたいなシチュエーションだなーと思いつつ、これからのめんどくささが頭をよぎって追い払ってしまうだろう。


「それより、えっと、そ、それはどうしたんだい」


 フェリアさんの関心はとっくにヒアル氏から離れているようだった。

 私が持っている服へと視線が注がれている。


「仕立て直してきたんです。今日はこれを着て私に付き合ってもらいます」


 渋られるのも面倒だったので、服を渡すとそのままえいやーと試着室の中に押し込む。


「さ、早く着替えてきてください。じゃないと人形たちに手伝わせますよ」


「まったく、君は強引だね」そう言いつつも嬉しそうだ。「デェジェくんの言っていた通りの人物だよ」



 思いがけない名前が出てきたものだから、私は思わず「ひぇっ!?」と公爵令嬢らしからぬ声を出してしまう。


 それはクリストフ・デュジェンヌ――彷徨える伯爵のことだ。今はクリスロ・デェジェという名で帝国騎士養成学校に通っている。


「驚いたかな。帝都を訪れた時に知己を得たのさ。

 彼はなかなかの剣士だね。古式帝国剣術の使い手がいるだなんて思ってもみなかったよ」


「世間って狭いんですね……。それで、私のことはどんなふうに?」


「可憐さと果断さを兼ね備えた、まるでラスティユ姫の生まれ変わりのような人物……だったかな。とにかくべた褒めだったよ。

 ははっ、兄上にとっては強力すぎる恋敵だね」


 フェリアさんは気軽に言ってくれるけれど、私としてはちょっと頭の痛い問題だ。

 原作だの年齢差だので目が曇っていたけれど、実際のところフィルカさんは私をどう捉えているのだろう。冷静に振り返れば異性として意識されていたかもしれない。今後の付き合い方を考え直すべきだろう。

 伯爵の方も勘違いはそのままだし、氷漬けにされた人たちのことも曖昧になっている。早いうちにはっきりさせよう。最悪の場合は争うことになるだろうけれど、うん、2年前に比べれば遥かに勝算は高い。


 まあ、いい。

 ひとつひとつをきっちりと解決していくしかないのだ。



 * *



 赤いチェックのサロペットスカート。

 それと同じ色のニットケープ。


 私が行ったのはただのサイズ調整じゃない。

 リメイクというかリファインというかリテイクというか、要は売り物だからと抑えぎみにしていた趣味を全開にして手直しをさせてもらった。


 結果。

 "最初期のウイル・リデル"の愛好家であるレルミット・ラジレス嬢が狂喜乱舞しそうな仕上がりになった。

 ただ可愛らしいだけじゃない。肌なんてほとんど露出していないのに、不思議と色香がただよっている。

 メルヘンな服が着たいという気持ちにぴったりと寄り添いつつ、コンプレックスになりかねない背の高さも肯定する。

 これまで手掛けたなかでは最高傑作と言ってもいい出来だった。


「さ、行きましょう。フェリアさん」


 私たちは店から足を踏み出す。7日後に建国祭を控え、街はいつもより賑わいを増してきていた。


「あ、ああ」


「どうしたんですか。そんなに目をぱちくりさせて」


「旅の途中で何度か女の子と遊びに出たことはあるんだけれど、いつも僕が先導する立場だったからね。なんだか新鮮だよ。

 昨日はエスコートするなんて言ったけれど、任せてしまってもいいのかな」


「もちろんです」


 私は力強く頷いた。迷子になることはないだろう。念話でナビをしてくれるようにカジェロにお願いしてある。


「フェリアさん、私の前では肩肘なんて張らなくっていいんですよ。

 我慢なんていりません。

 してみたいことなんて始めからわかってるんですから。

 隠し事なんて無駄です。諦めて全部任せてください。

 だって私、"魔眼の人形姫"ですよ?」


 ぱちくりとウインクしてみる。

 

 格好をつけすぎだろうか。許してほしい。


 想像以上にフェリアさんに似合う服を作れたものだから、ちょっと調子に乗ってしまっていたのだ。


「君はそんな風にも呼ばれているらしいね。納得だよ。

 ……どうやら君の魔眼には予知だけじゃなくって魅了の効果もあるみたいだ。

 僕が男だったら兄様やデェジェくんを押しのけてでも君を手に入れようとしていたかもしれない」


「ありがとうございます。もしもマルガロイドが居づらかったらウイスプ領に来てくださいね。そのときは色々な服でお出かけしましょう」


「いいね、それは素敵だ。いっそ君が帰国する時についていこうかな」


「それでもいいですよ。大歓迎です」


「じゃあ、そうさせてもらうよ。僕は君と一緒に帝国に行く。約束するよ」


「わかりました、準備しておきますね。

 ……あ、そうだ。右手の小指を立ててもらっていいですか?」


「ん? こうかな」


「はい、あってます」


 私も同じように小指をピンと伸ばす。

 そしてフェリアさんのそれにからめた。


「――ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、っと。

 遠い遠いある国の、約束の作法です。

 破ったら大変ですよ?」


「針千本か。こわいこわい。忘れないように気を付けるとしよう」


 冗談めかしてフェリアさんは笑う。

 つられて私も笑った。


 和やかな、時間だった。



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