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第二十三話 2年前、彼が体を得た日 と 現在

アルティリアの物語の前に、少しだけ、彼の、カジェロの話を聞いていただけませんか。

 遠い日の記憶に手を伸ばせば、その指に触れるのは冷え切った恐怖と悲嘆ばかり。


 祟りて呪う魑魅魍魎。誘いて惑わす万魔の王。


 随分と大仰な名でもって忌み嫌われ、もはや暖かなものなど望むべくはないと諦めていた。

 



 布地の体を得て、初めに目にしたのは彼女の姿。


 人形のような美貌に、人間らしいやわらかな微笑を湛えている。


 ――こんにちは、はじめまして。


 かけられた言葉は平凡そのもの。

 だがむしろそれゆえに己という存在が受け入れられていると感じられた。


 未来永劫にわたって無縁と決めつけていたぬくもりが自分を包んでいた。


 ……ゆえにこそ。

 "これまで"は捨ててしまおう。

 "これから"だけがあればいい。

 今この瞬間、自分は生まれ変わった。

 ただ一人の主のために永遠の忠誠を捧げる人形である。


 彼はそう心に決めたのだ。



 ……カジェロと呼ばれる人形が生まれた瞬間のことである。



 * *



 錬金国家マルガロイドの建築技術は帝国のはるか上を行っていて、王都マルガレアにいたっては5階建てや6階建てが当たり前のように並んでいる。

 けれども都市計画のほうはいまひとつみたいで、曲がりくねった道に迷子が続出、背の高い建物に囲まれて日がぜんぜん当たらない家なんかもめずらしくない。


 この服屋はそこまでひどい状況ではないけれど、太陽の高さによってはものすごく暗くなってしまうことがあるらしい。


 それが、今だった。


 私とカジェロは薄暗い部屋のなかで黙々と針仕事を進めていく。

 照明魔法は使わなかった。あと少しで終わりそうだったからだ。


 と。


 だしぬけにカジェロが問いかけてきたのだ。


(お嬢様にとってフェリア嬢はどのような方なのですか?)


 いや。


 この展開は予想できていた。


 ――昨晩からでしょうか、ずっと遠い目をしていらっしゃいます。


 さっきの会話が終わってからは沈黙が続いていたけれど、漂う空気の中に予兆めいたものが混じっていたのだ。


(ええと、何を、どう答えたらいいのかしら)


(失礼いたしました、もう少し具体的に申しあげます。

 フェリア嬢と知己を得てからというもの、ご様子が変わられたように見受けられるのですが)


 昔の自分に似ているから……とは言えなかった。

 そうなると前世についても説明しないといけなくなるからだ。


(どうか憶測を口にすることをお許しください)


 手を止め、ぺこりと綺麗にお辞儀をするカジェロ。

 声はどこか固く改まったものだったから、私は身構えて次の言葉を待たなければならなかった。


(もしやフェリア嬢はお嬢様の過去に縁ある方なのでしょうか)


 ……たぶんこの時、私の顔はひどく強張っていた。

 それを取り繕うべく笑みを浮かべようとしたけれど、たぶん、不自然この上ないものだったはずだ。

 目聡いカジェロがこの動揺に気付かないわけが、ない。


(そんなわけないでしょう。昨日、初めて会ったのよ)


 これが嘘だってことも、きっとばれている。


(ええ、それはおっしゃるとおりです)


 わざとらしいくらい鷹揚にカジェロはうなずいた。


(フェリア嬢は2年ほど放浪の旅に出ていたようですが、ウイスプ領には立ち寄っていません。

 アルティリア・ウイスプとしての関わりはせいぜい、同じ祖先をもつということくらいでしょうか)


 ひっかかりを覚えずにいられなかった。

 どうしてわざわざ、私のことを"お嬢様"ではなく"アルティリア・ウイスプ"などと呼んだのだろう。


 理由はすぐに明らかになった。


(ですがお嬢様自身はいかがでしょう。

 おそらくはアルティリア・ウイスプよりも長い時間を生き、その肉体に宿った"あなた"は)




 しばらく私が唖然としてしまったのは、仕方のないことだと思う。


 転生については隠してきたつもりだった。あるおぞましい可能性に思い至ってからは、結論が出るまで誰にも話すまいと決めていた。


 原作知識については予知だ千里眼だで誤魔化してきたけれど、やはり無理はあったろうか。


 カジェロは私よりはるかに頭脳明晰だし、いつかこんな日がきてもおかしくはなかったのだけれど。



(誤解しないでいただきたいのですが、わたしはお嬢様がもともと"何"であったかを詮索したいわけではありません。

 ただこの愚昧にして矮小なる身は、己の推測を信じきれないのです。

 お嬢様がフェリア嬢に向ける表情には回顧と代償の色が浮かんでいました。遠い昔に失ったものを別の誰かを通して取り戻そうとする――そのような気配を感じたのです。


 これがわたしの妄想ならば一笑に附していただきたい。

 ですが仮に真実に触れているのであれば、どうか一言ご命令ください。

 たとえ"あなた"がどのような存在であろうともこの忠誠は絶対です。

 その未練を晴らすべく力を尽くしましょう)




 ああ、うん。


 自覚はある。これはひどい自己満足だ。


 フェリアさんにかつての自分を重ね、前世で果たせなかった思いを遂げようとしている。


 ……背の高い自分にも似合うメルヘンなドレスで着飾ってみたかった。


 これじゃあ彷徨える伯爵や原作のエルスタットを悪くなんか言えない。

 なにが"私自身を見てほしい"だ、"夢を捨てきれない系男子"だ。

 私だって同類じゃないか。


 過去に縛られたエゴのかたまり。


 それがわかっているからこそ、カジェロに手伝いを頼むのに抵抗を覚えてしまう。こんな自分勝手に巻き込んでいいのだろうか。


 ……って。


 いまさらいい子ちゃんぶってどうする、私。


 これまでさんざん人形たちのお世話になっていたくせに。

 いつだって私自身のために働かせていたじゃないか。


 なのに自分の口からそれを命じたくないだなんて、なんて虫のいい話だろう。

 本当にいやになる。

 この2年の間に私はすっかりだめになっていた。

 昨日今日の反省なんかじゃ取り戻せないくらい。



 けれど。

 だからこそ。

 

 せめてこの瞬間くらいは、堂々と、臆することなく言い放とう。


 お父様に人形使いとして認めてもらうこと、彷徨える伯爵を撃退すること――明確な目標のもとに人形を動かしていた、あのころの私の真似をして。


(私は、かつての私がしてほしかったことのすべてを、フェリアさんにしてみたいの。カジェロ、手を貸して)


 自分で言っておいてなんだけれど、ほんとうに、とんでもない自己中心主義だ。


 フェリアさん自身を私はちゃんと見れているだろうか?

 気をつけよう。

 前世どうのこうのを抜きにしても、フェリアさんとは仲良くしたいと思う。理想を押しつけるだけの付き合いにはしたくない。

 今日という日は始まったばかりだ。まだ正午にもなっていない。

 たくさん話をしよう。まずはそれからだ。


 ……太陽が動いたのかして、部屋が少しだけ明るくなった。





前半の、折り返し回……たぶん。

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