第二十二話
私がフェリアさんのために服を仕立て直すにあたり手伝いを頼んだ相手はカジェロだった。
イタリアンマフィアな見た目の彼からはかけ離れた印象かもしれないが、実のところ私にとっては当然の選択だったりする。
* *
ちょっとだけ余談をさせてほしい。
帝国に残してきた人形たちが手紙で教えてくれた噂話だ。
ウイスプ公爵家にとって"西のお隣さん"というとラジレス伯爵家だけれど、ありがたいことにそこの次女がウイル・リデルの熱心なファンだという。レルミット・ラジレス、19歳だ。彼女はパーティのたびにお気に入りの服について語りたおしている。
「昨年の中ごろからリデル嬢の作風が変わったのにお気づきでして?
これまでは良くも悪くも少女らしい奔放さが強かったのですけれど、急に落ち着いてしまいましたの」
なんて洞察力だろう。じっさい、昨年の夏の終わりからは屋敷の職人人形に縫製をすべて任せるようになっていたのだ。
「そういえばみなさまの中に新人時代のリデル嬢の服を持っている方はいらっしゃらないかしら?
駆け出しのころはもっと別の雰囲気でしたわ。おとなにもこどもにもなりきれない危うさがあって、17歳のわたくしはそこに心を奪われましたの」
レルミット嬢があちこちでこんな話をするものだから"最初期のウイル・リデル"はかなりの高値で取引されているらしい。
ではこれを手がけていたのは誰かと言えば。
私だけではない。
かといって職人人形でもない、
他ならぬカジェロだったのだ。
* *
(お嬢様とこうして作業をするのもずいぶんと久しぶりですね)
魔法糸を起点として服がするするとほどけていく。
(ええ。昔はよく2人で夜鍋をしたっけね)
(ヨナベ? 聞いたことのない言い回しですが……)
(寝ずになにかに取り組むって意味よ)
場所については服屋の女主人が裏の部屋を貸してくれた。ヒアル氏の知り合いでしたら、ということだった。
寸法直しをここで行っているらしく、必要な道具は一通り揃っている。
フェリアさんはというとヒアル氏の熱視線に照れまくって試着室にひっこんでしまった。しばらく出てきそうにないので置いてくることにした。
彼女が落ち着くころには作業も終わることだろう。
そうしたらこれをプレゼントしよう。
前世の私が憧れていた服を、前世の私と似ている女性に着せる。
これを未練というのだろうか。
まあいい。
一番上の兄だって言っていた。
――できるからやる。理由なんてそれでいい。
あ、でも。
兄って浮気で子供できて大変なことになってたような。
(お嬢様、手がとまっていますよ。こちらはもう仕上がりました)
我に返ってカジェロのほうを見れば、赤いケープは2回りほど大き目のサイズに変わっていた。
全体のバランスも保たれたままだ。魔法ってすごい。
……これが現代日本にもあったら色々と諦めなくて済んだのに。
どうして愛らしい服はいつも小さいんだろう。
(しっかりなさってください。具合でも悪いのですか?)
(ううん、だいじょうぶ。心配してくれてありがとう)
私は指先でカジェロの頬をかるく撫でた。
ぬいぐるみらしい手触りだけではなく、体温じみた暖かさが伝わってくる。
あらためて思うけれど、不可思議な世界に来たものだ。
(昨晩からでしょうか、ずっと遠い目をしていらっしゃいます)
フェリアさんに出会い、昔をよく思い出すようになったからだろうか。
(……まるで2年前のようです。なにか気に病むようなことでも?)
気づかわしげに問いかけてくるカジェロ。
ただ。
その表情はボルサリーノ帽に遮られて伺い知ることはできなかった。
(そういうわけじゃないわ。さ、早く仕上げましょう。
私は肩ひもとリボンを調節するから他はお願い)
(承知しました)
ふたりでやると、やっぱりはやい。
懐かしい感覚。
……もともとウイル・リデルは私とカジェロの名前だった。
ふたりで服作りを始めたのだ。
けれども彼は貿易都市スピリルに行ってしまった。
いや。
確かに希望したのはカジェロだけれど、決定を下したのは私だ。
――お嬢様にとって本当の居場所をつくりあげたいのです。過去ではなく、今を生きられるように。
当時の私は前世の記憶をほじくりかえすのに夢中で、他のことに気を回す余裕はあんまりなかった。
カジェロの言葉を忠誠心の発露くらいにしかとらえていなかった。
家が没落してもそれを引きずらずに暮らしていけるようにする。
そんな意気込みを語ってくれたのだろうと考えていた。
本当に、そうだろうか。
ジャンル:恋愛(囚われの姫君)