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第二十一話

お忘れかもしれませんがジャンルは恋愛です。

「――やあ、少し遅れてしまったかな」


 次の日、王都マルガレスの大時計塔で私とフェリアさんは落ち合った。


「いえ、ちょうど来たばかりです」


「それはよかった。可愛いワンピースじゃないか。背中のリボン、まるで妖精みたいだね」


 そう言うフェリアさんは昨日と同じ旅装束に身を包んでいた。

 ただしよくよく見れば違うところがちらほらあって、たとえば――


「今日はスカーフをしてるんですね。赤色、よく似合ってますよ」


「ありがとう。麗しの姫君とのデートだからね、すこしばかり気合を入れてみたのさ」


 はにかんだ笑みを浮かべるフェリアさん。

 それは道行く女性たちが振り返らずにいられなくなるくらい魅力的な表情だった。


「それじゃあ行こうか、アルティリアさん」


「アルティでかまいません。親しい方にはそう呼ばれていますし」


「いや、知り会って間もない婦人を呼び捨てにするのはいくら年下といえど……」


「いいじゃないですか。女の子同士でしょう、私たち」


 それは何気なく口にした一言だった。


 けれどもフェリアさんには大きな意味があったらしく、しばらく戸惑ったように目をぱちくりとさせていた。


 やがて。


「ああ、そういえば、そうだったね」


 嬉しそうに、呟いたのだ。



 * *



 前に言ったかもしれないが、高校時代の私はいわゆる王子様キャラだった。

 周囲の女の子から黄色い声で慕われるのが心地よくって、卒業までずっとやめることができなかった。

 その一方で女の子っぽさにも目を向けてもらいたがっていた。

 ややっこしい性格だけれど、どうやらフェリアさんも同類のようだ。

 だから、当時の私がされて嬉しかったことをしてみようと思った。

 

「これを着るのかい? 君ではなくて、僕が?」


 私たちが最初に向かったのは"レイスの噴水門"みたいな観光名所ではなかった。

 

 服屋だ。


 広めの店内にはドレスや帽子が所狭しと並び、上品な身なりの女性たちの姿がちらほらと見られた。


「せっかく王都に帰ってきたんですし、もう男の格好なんてしなくていいじゃないですか」


「それはそうなんだけどね……」


 フェリアさんは渋るけれど、目は口ほどにものを言う。視線は私が持ってきたチュニックとスカートにくぎづけになっていた。


「僕はもう何年もこんな格好だったからね。いまさら女性らしい格好をするのはかえって違和感が――」


「あるわけないじゃないですか。フェリアさん、すごく美人なんだからきっと似合いますよ。……だめですか?」


 上目づかいで頼んでみる。

 ぶりっ子が過ぎる気もするけど、目的のためには手段なんか選んでられない。


「一回でいいですから、一回だけ」


 とにかく押して押して押しまくる。

 心の底から嫌がってないかぎりは断られないはずだ。

 だって昔の私がそうだった。


「はあ」


 仕方ないと言いたげにため息をつくフェリアさん。


「わかった。けれど笑ったりなんてしないでくれよ」




 フェリアさんが試着室のカーテンの向こうに隠れてしまっているあいだ、私はぼんやりと店の中を見渡していた。


 ん?


 女店主と親しげに話しているあの男の人、どこかで見たような……。


 あっ、目が合った。


 かるく会釈される。私もそれに応じた。


 近づいてくる。


 知り合いにいただろうか。人懐こい笑みを浮かべた青年だった。

 赤い髪を短く切りそろえていて、肌は日に焼けて小麦色だ。

 少なくとも貴族ではない。


 誰だっけ。喉元まで出かかっているのだけれど。


「お久しぶりです、アルティリア様。2年ぶりですね。

 覚えていらっしゃいますか。ヒアル・タルボです」


 ああ!


 思い出した。

 名の知れた美食家でスピリルのパーティではエルスと一緒に唐揚げという唐揚げを食らいつくした豪商、オアク・タルボ氏――その長男だ。

 父親のインパクトが強すぎて印象が薄くなっていたけれど、少しだけ喋った覚えがある。

 たしかオアク氏が心臓発作で亡くなった後、タルボ商会の代表になったんだっけ。


「まさかこんなところでお会いできるとは思っていませんでした。

 実はこの店とは父の代から懇意にしていましてね、帝国製の服などを卸しているのですよ。

 今日はウイスプ公爵とご一緒ではないのですか?」


「ええ、知り合いの方と2人で買い物に来ていまして」


「なるほど。その方はいま試着室の中、と。

 ……おや、もしやそのワンピース、ウイル・リデル嬢が手がけたものではないですか?」


「ええ。よくお分かりになりましたね」


「背中のリボンが特徴的ですし、うちの商会でも扱っている品ですからね。実は娘も気に入っているんです。

 ああ、そうだ。今しがたこの店に届けた品の中に、1着だけですがウイル嬢の新作があったはずですよ」


 ヒアル氏は私が止めるまもなく女店主のところに戻ってしまう。モノを売るチャンスとなると素早いのは商人らしいといえば商人らしい。


「こちらがその新作です。実は魔法糸を編み込んでいるのですよ」

 

 そして褐色肌の青年商人が戻ってくるのと。


「……どうだろう。変じゃないかな」


 すらりとした長身の麗人がカーテンを開けて出てきたのは同時だった。




 * *




 お互いに言葉を失っていた。


 けれどその意味合いは全然違っていた



 ヒアル氏は女性らしい装いをしたフェリアさんに見惚れていた。

 よく回るはずの口は言葉をほとんど紡ぐこともなく、「あ、えっと、その……」と意味のないつぶやきを漏らすばかり。

 顔は茹でだこみたいに真っ赤になっていた。

 こんなにわかりやすく人が恋に落ちる瞬間を目にしたのは初めてだ。


 フェリアさんもまた見惚れていた。

 ただし、ヒアル氏じゃない。

 ウイル嬢の新作に、だ。


 フェリアさんが心惹かれるのも当然だろう。 

 これは前世で私が着たくて着たくて仕方なくって、けれど自分には不釣り合いだと諦めていた服に似せたものなんだから。


 赤いチェックのサロペットスカート、ストラップは背中でクロスするのだけれど、そこにトレードマークの大きなリボンが花開いている。同じ色のニットケープとセットになっていて、"赤ずきん"をイメージしたデザインになっている。


 けれど。

 フェリアさんは悲しげに瞼を伏せる。

 背丈のある彼女にとってその服は小さすぎたのだ。


 ……まあ、ヒアル氏の恋路は男なんだし自分でなんとかしてもらおう。娘さんはいるけど奥さんには逃げられてたし、浮気にはならないはずだ。

 それはさておき。

 フェリアさんの憧れは叶えてあげたい。


 方法はあった。


 この服の魔法糸はしわや汚れを防ぐために編み込まれているけれど、魔力を流し込めばサイズを変えれるようにもなっているのだ。


 どうしてそんなことを知っているかといえば、もう分かりきっているかもしれないけれど、ウイル・リデルは私のことだからだ。

 厳密には、私と人形たちで作った服を売り出すための名前だ。

 ……もとは原作どおりにウイスプ家が没落した場合の保険だった。

 前世で慣らした手芸の腕で生きていけるようにもしておこう、と。

 

 今はウイスプ邸の人形たちが私の残したデザインをもとに服を作り、リデル嬢が誰だかわからなくなるように工夫したルートでもってタルボ商会に渡しているはずだ。


 まさかこんな異国の地で見ることになるとは思わなかった。

ジャンル:恋愛(主人公除く)

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