第二十話
フィルカ:兄。由来は錬金術師の"フルカ"ネリ
フェリア:妹。由来は北欧神話のエイン"フェリア"ル
「あの兄様が誰かをそばに近づけるだなんてね。珍しいこともあったものだ。
もしかして恋人なのかい?」
フェリアさんの発言に、最初、私は首をかしげるしかなかった。
アカデミーのひともそうだけれど、どうして皆そんなふうに勘ぐるのだろう。
「違います。というか私は10歳でフィルカさんは18歳ですよ、ありえない話じゃないですか」
「ふむ、これが文化の違いというやつかな。
僕は色々な国を旅してきたけれど、マルガロイドの人間はやけに早熟みたいだね。
8歳かそこらで結婚したという話もある。18歳と10歳なんてそう珍しい組み合わせじゃないよ。
僕の両親も似たようなものさ。フィルカ兄様なんて母様が11歳の時の子供だよ」
11に18を足すと29になる。
二児の母にしては若々しいと思っていたけれど、まさか30歳にもなってなかったなんて。
「ともあれ今の様子で君にその気がないのはよくわかったよ。
……兄様のほうがどうかはわからないけれどね」
「た、たぶん大丈夫と、思い、ます」
原作ゲームで言うところのアナザーエンドの方向に行っているはずだ。うん。
「もしも君が僕の義妹ということになったら、うん、こんな人形みたいに可愛らしい子なら大歓迎だ。真面目で頑張り屋さんだしね。むしろ僕のお嫁さんにならないかい?」
「それはとても魅力的な話ですけど、フェリアさんは女性でしょう?
耳のピアス、上品できれいですよね」
「へえ、よく気付いたね。
ずいぶんと小さいピアスだからかな、これまで誰にも言われたことがなかったんだ」
フェリアさんの声はさっきよりわずかに高く弾んでいた。
こういうささやかな女性っぽさアピールをわかってもらえると嬉しくなるものだ。
前世の私もそうだった。
ううむ。
やっぱりフェリアさんには親近感を覚えてしまう。高校時代の自分も王子様キャラだったし。
仲良くなりたいな。
よし。
「フェリアさん、明日はお暇ですか」
「ああ。しばらくはここに滞在するつもりだからね」
「でしたら王都を案内していただけませんか?
実はマルガロイドに来てからは一度も観光らしい観光をしたことがないんです」
「それじゃあまだ"レイスの噴水門"も"星杯の広場"も見ていないのかな。
なんてもったいない。ぜひ行くべきだよ。
僕としてはかまわないけれど、アカデミーの方はいいのかい」
「大丈夫です。実はフィルカさん、明日からしばらく王都から離れることになっていまして」
なんでも錬金術師協会の本部で会議があるのだとか。
先月はすっぽかすなどと豪語していたのに、いったいいつのまに気が変わったのだろう。
「アカデミーには私ひとりじゃ入れませんし、ちょうど時間を持て余してたところなんです」
「なるほどね。それじゃあ明日はエスコートさせていただこうかな」
こうして私とフェリアさんはデートすることになったのだ。
「さて、それじゃあ明日はおたがい寝坊するわけにはいかないね。
夜も更けてきたしこのあたりで失礼させてもらうよ」
「屋敷には入らないのですか」
「勝手に家を飛び出した身だからね、何事もなかったかのようにあがりこむのはちょっとどうかと思うんだ。父様と兄様が揃っている時に出直すつもりだよ。
ああ、心配しないでいい。北区画にある『波止場のにぎわい』亭に宿を取っているからね。もし何かあったら気軽に訪ねてきたまえ」
じゃあね、とさわやかに去っていくフェリアさん。
私は手を振りながら考える。
父親は宮廷に泊まり込んで帰ってこず、母親は部屋に引きこもって顔も見せない。
そして兄は行くつもりのなかったはずの会議を理由に王都を離れてしまった。
一家全員、あからさまにフェリアさんを避けていた。
別に人格的に問題があるように思えないのに、どうしてだろう。
家出した娘が戻ってきたんだから、誰か一人くらいは出迎えてあげてもいいんじゃないかと思う。
というか、だ。
ルイワス家の人間はフェリアさんだけじゃなく、お互いがお互いを遠ざけていないだろうか。
ここで暮らすようになってからけっこう経つけれど、家族みんなでの食事なんて1度もなかった。2人以上が顔を合わせている場面に遭遇したこともない。これはあまりにも不自然だ。
どうしていままで気づかなかったのだろう。
注意力も観察力も足りなさすぎる。
前世の記憶を取り戻したばかりのころはもう少しマシだったはずだ。
伯爵との対決があっけなく終わってしまったり。
錬金国家マルガロイドへの留学が決まったり。
幸運が続くうちに自分の将来が安泰に思えてきて、すっかりふぬけてしまっていた。
……人形たちにはかなりの苦労と心労をかけていたんじゃないんだろうか。
Q もしアルティが自主練してなかったらフェリアはどうしてたの?
A 気配を消したまま屋敷の門まで来て、父様はいないのに入るのもなんだかな、と自分に言い訳して宿に帰ります。