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第十九話

 フィルカさんの工房から帰ってきたら、あとはサボテン君をだっこしておやすみなさい……というわけにはいかない。


 私はそれほど飲み込みのいいほうじゃない。なにかを本気で身につけようとするなら反復練習が必要なのだ。


夜更かしは10歳としてよろしくないかもしれないけれど、まあ、そこは見逃してもらう方向で。


 * *


 日が落ちたあととはいえ、マルガロイドの夏は暑かった。

 窓を開ければむせるような熱気が吹き込んでくる。

 先々週に水精霊のペンダントを作っておいてよかった。おかげで多少は快適に過ごせる。


 空はまるでミルク瓶をこぼしたかのようだった。

 星光の奔流が今にも落ちてきそうなほどの巨大さでもって夜を塗りつぶしている。

 前世なら天の川と呼ばれていたであろうそれは、マルガロイドでは"空の焔"などと名付けられている。


 言い伝えによれば、かつて地上は天に住まう神々によって支配されていたという。

 彼らはひどく残虐であり、暇潰しと称して人間をなぶり殺しにすることもあった。

 耐えかねた人々は賢者に願った。どうか自分たちを地獄から解放してほしいと、。

 賢者はそれに応え、光の矢でもって天界を焼き滅ぼした。その痕跡こそが空の焔である――。


 ちなみに。

 賢者によって神々は一柱残らず殺されてしまったのだけれど、その遺骸こそが魔法や錬金術のもとになったらしい。

 私の人形魔法はひとりの人間が持つには大きすぎる力だけれど、もとは神様のものだったとするとわからないわけでもない。

 錬金術を学び始めてからますますできることが広がっているけれど、この果てには何があるんだろう。

 ……ウイスプ家や私自身の将来とは関係なく、それが知りたいと思うようになっていた。


 今日も頑張ろう。


 ふわりと外に飛び出せば風がやさしく受け止めてくれる。

 着地に足音はなかった。ありがとう風の精霊。


 裏庭の、茂みに囲まれた一角を"練習場"として貸してもらっていた。

 これまでの成果というかなんというか、地面はちょっとえぐれかえってしまったり、木の枝が三回転半ひねりしてしまっているのは気にしない。


 私はかしの木から削り出した杖で方陣を描く。これがもっとも原始的な錬金炉だ。


 錬金術とはなにかというと、だ。

 くず鉄からオリハルコンを生み出そうとしたり。

 泥水から万能の霊薬を作り出そうとしたり。

 つまり、モノを完全な存在に昇華させることだ。

 人間なら……不老不死だろうか。


(お嬢様、どうぞ)


 カジェロが渡してくれたのはさびた銅の剣。それを錬金炉の中に置き、上から土をまぶす。


 基本的な練習の1つだ。

 剣と土を錬成してさびを取る。ぴかぴかにしたら逆にさびさせる。これをひたすら繰り返すのだ。

 最初は"1往復"に2晩かかったけれど、やがて1時間まで短くなった。

 そのうちに剣がぐちゃぐちゃに割れることだろう。錬成が下手だとものの寿命が短くなってしまうのだ。

 次のステップでは速さだけじゃなく丁寧さを意識することになる。

 目標はひとつの剣で20往復だ。


 この剣は昨日の時点で19往復まで行っている。


 あと1往復、なんとかうまくやりたいところ。


 集中、集中。


 よし。


 まずは半分。


 店売りの新品よりもきれいになっている。


 次は劣化させていこう。




 ……ん?




 * *




 最初に気付いたのは人形騎士のヴァルフであった。


(なにか、いるぞ)


 カジェロの方を向けば視線が交錯する。それで通じた。頷き合う。


(こっちが攻めで、あっちが守り)


 ルイワス邸の庭に何者かがはいりこんでいた。

 気配を完全に消しているうえに殺意もなにもないからわからなかった。


 カジェロは姫様を守るように立ちふさがっていた。庭の動物たちにも指示をだして陣形を組んでいる。


 ヴァルフのほうは地面を蹴って砲弾のような速度で飛び出していた。


 何者かはちょっと離れた木陰から姫様を眺めていた。

 危害を加えようとしている感じではない。

 ただ、見ているだけである。


 とはいえ。


(のぞきは、よくない)


 ヴァルフは剣を持っていなかった。悪人なのが間違いなければ斬る。今回は微妙なところなので体当たりにしておく。

 それでも結構な速度と威力なのだが――


「おっと!」


 相手は魔法でうまく衝撃を散らしながらヴァルフを抱き留めていた。


「ずいぶんと可愛らしい騎士様だね。ごめんごめん。別にきみのご主人様をどうにかしようってわけじゃないよ」


 そいつはまるでハチミツをたっぷりとかけたトーストみたいな笑顔を浮かべていた。


 * *


「僕はフェリア、フィルカ・ルイワスの妹だ。こんな喋り方と格好なのは気にしないでくれ。

 最近まで旅をしていてね。女とばれると色々めんどうだから男のふりをしていたんだよ」

 

 黒髪の青年剣士はとろけるような声でそう名乗った。

 中性的な顔立ちはずいぶんと整っているし、きっとたくさんの女性から言い寄られたことだろう。

 

 勝手かもしれないけれど、ちょっと親近感。

 前世では同性にばかり告白されたし……。


「本当は明日の朝に顔を出すつもりだったんだけどね。

 通りがかってみれば裏庭で物音がしている。ちょっと覗いてみれば美しい姫君に目を奪われたというわけさ」


 なんて甘々なセリフだろう。これが男だったらぶん殴っていたかもしれない。

 でも女だから許す。それに高校の頃の私もいろいろあってこんな喋り方だった。


「錬金術の練習をしていたんだね。こんな夜遅くまで頑張るなんてすごいじゃないか。きみはフィルカ兄様の弟子なのかい?」


「はい。フィルカさんにはとても親切にしていただいています」


「へえ、あの兄様が誰かをそばに近づけるだなんてね。珍しいこともあったものだ。もしかして恋人なのかい?」


 どうして、そうなる。

まだ私は10歳で、18歳のフィルカさんとの仲を疑われるような年頃じゃないはずだけれど。

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