第十八話
フィルカさんにはひとつ違いの妹がいる。
ゲーム本編には出てこなかったけれど、webラジオで話題になっていたからよく覚えている。
声優さんたちとゲストで来ていたシナリオライターさんが悪ノリして色々な設定をつけたしていた。
たとえば――
凛々しい細面で格好によっては眉目秀麗な男性に見えることもある。兄のフィルカよりイケメンかもしれない。
王都の外れに住み付いた謎の老人から剣と槍の奇妙な二刀(?)流を伝授されている。わずか14歳にて達人の域に至った。
師である老人の遺骨を家族のもとに届けるため、喋る鷹を連れて海を渡った。このとき15歳。
17歳でルイワス家に戻ってくるけれど、すぐに武者修行の旅に出てしまう。
ファンディスクにも登場させない予定だからこそできるむちゃくちゃぶり、だからルイワス家でお世話になると決まったときはかなり楽しみにしていたのだ。会ってみたい。
「……妹なら、どこかに行ってしまったのだ。もう、2年になる」
工房の錬金炉に火を入れ、ホワイトポーションが煮詰まるまでの空き時間に尋ねてみた。そういえば妹さんはいらっしゃらないのですか、と。
目を伏せて語るフィルカさんは、遠いところにおいてきてしまった何かを悔やむようだった。
元気づけてあげようと思い、私はこう口にした。
「大丈夫です。かならず帰ってきます」
さすがに『またすぐにいなくなりますけどね』とまでは言えなかった。
「ふむ、魔眼の人形姫がそう言い切るからには間違いなさそうだな」
「……なんですか、それ」
「帝国からやってきた商人たちが教えてくれた。なんでも妹殿はタルボ商会の先代の死を予言したそうだな」
えーっと。
タルボってどこかで聞いたような名前だけど……。
ああ! 二年前の、伯爵が乱入してきたパーティ!
たしかにタルボ氏に健康に気をつけないと死んじゃいますよって教えてあげたけど……どうしてそんなことになっているんだろう。
「おおかた噂に尾ひれはひれがついているのだな」
フィルカさんはわずかに口元を緩めた。……からかわれていたらしい。
「せいぜい食べ過ぎを嗜めた程度ではないのか?」
「はい。あんまりにもカラアゲが好きなものですから」
「随分と旨い料理らしいな。それを味わうためだけに帝国への船に乗る者もいるようだ。俺も一度食べてみたいものだが」
「でしたらお作りしましょうか」
「ほう、妹殿は料理も嗜むのか。大したものだ。
だがカラアゲの作り方は門外不出と聞いているが……」
「だってあれ、私が『波止場の借宿』亭のひとに教えたものですし」
「なんと……」
フィルカさんの目は見開かれて普段の二倍近くになっていた。
その動きで眼鏡がずれて床に落ちる。
レンズとフレームのバランスが悪いせいだ。まだまだ改良の余地はある。
「いや、このように素晴らしい道具を考え出した妹殿のことだ。当然と言えば当然だな」
暗い場所で本ばかり読んでいるせいか、フィルカさんはかなりの近眼だった。
この世界ではレンズを使えばものが大きく見えることは知られていたけれど、凹凸をつけて視力を矯正するというアイデアまでは至っていなかった。
私がフィルカさんにそれを教えると……さすが天才錬金術師というべきか、あっというまに眼鏡を開発してしまったのだ。
ただ、原作でもフィルカさんは20歳で眼鏡を発明することになっていたわけで、手柄を横取りしてしまったようでちょっと申し訳ない。
* *
どうせならお世話になっているフィルカさんのお父様とお母様にもご馳走したいところだし、肉料理は大丈夫かきいてみることにした。
けれどもお父様の方は仕事が忙しくて会うことすらできなかった。
しばらくは家に帰ることすらできないらしい。
お母様はというと、こちらは体調がすぐれないと言って部屋に引きこもってしまっていた。
フィルカさんもフィルカさんで「ここが正念場なのだ」ということでこれまで以上に朝早く家を出て、夜遅く帰ってくるようになっていた。
これはしばらくカラアゲは延期だろうか。
そう考えていた矢先だった。
フィルカさんの妹が帰ってくるという話を耳にしたのだ。
情報元は屋敷の使用人さんたちで、フィルカさんやお父様、お母様はもっと早くに知っていたらしい。
私は違和感を覚える。
言葉にしづらいけれど、この雰囲気は2年ぶりに帰ってきた家族を迎えるものじゃない気がする
むしろ、みんな揃って避けているような。
どういうことだろう、これは。