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第十七話

 ――このろくでもない気持ちが恋のはずがない。



 * *



 妹殿のことはトウルスから毎日毎晩と聞かされていた。

 ヒトというものの美が行き着く先の1つであるとか、俺の研究テーマである"完全なる生命の創造"が実現されているとか。

 いわゆる肉親の過大評価というものだろう。いつも話半分に流していた。

 

「初めまして、フィルカ様。アルティリア・ウイスプと申します」


 東の帝国からやってきた少女はたしかにトウルスが褒めちぎるだけのことはあった。

 髪は黄金を溶かしたように輝き、肌は生まれてこのかた日に当たったことがないのではないかと疑わせるほど白い。

 とはいえ。

 そのあたりの令嬢たちと比較にならないほど見目麗しい、というわけではない。

 上の中、か。

 ……ちなみに上の上はとある絵画に描かれていた女騎士だ。




 ただ、精神的なものについては他と一線を画していた。




「私がここに来たのは、錬金術を身につけるためです」


 その瞳には宝石のように強く固い意志の光が宿っていた。

 父親にひっついてちょっと遊びに来ただけの子供。それくらいにしか思っていなかった俺は意表を突かれた。


「自分の人形魔法をより幅広いものにしたいのです。それに私と関わるのはフィルカ様にとっても利益がある話だと思います」


「どういうことだ」


 この時俺たちは王都の邸宅の2階にいた。

 廊下には昼のぬるい陽光がさしこんでいる。


「私の人形たちは自ら意思をもって動いています。生命を創造しようとするならきっと参考になる筈です。

 ――あちらをご覧になってください」


 指さした先では、目を疑うような光景が広がっていた。


 我が家ではイヌやタヌキみたいなモコモコした連中を20匹以上飼っていて、庭はおとぎ話に出てくる"どうぶつ村"みたいなことになっている。あいつらは昼過ぎになるといつも木陰でごろごろふにゃふにゃしている。


 けれど今日だけは違った。

 これまでにないことをやってみせていたのだ。


 ザッ、ザッ。

 重なったいくつもの足音。

 そこに乱れはない。


 庭を横切る、雑多ながらも整然とした隊列。

 熊から兎まで大小さまざまな動物たちが足並みを揃えて行進している。


 なんだ、これは。

 まるでおとぎばなしの世界にはいりこんだみたいだった。


 2匹の犬が先頭を行く。

 それぞれの背中には人形が乗っていた。

 左は輝ける炎の剣を掲げた騎士、右は黒い礼服の紳士。

 やがて行軍は2つに分かれた。

 騎士の隊と紳士の隊はぶつかるかぶつからないかの距離ですれ違う。


 瞬間、紳士はチラリとこちらに視線を投げかけていた。


 ――見事なものでしょう?


 そんな声が聞こえた気がした。



「なに、これ……」


 信じられないといった様子で呟いたのは、人形の主であるはずのアルティリアだった。


「ん、妹殿がこれを命じたのではないのか」


「動物たちと仲良くしているところを見せてフィルカ様を驚かせようという話だったのですけど……」


「軍隊のまねごとをしろとまでは言っていない、と」


 我が家の動物たちは俺か母上くらいにしか懐いていない。

 あいつらを手なずけるというだけでも驚きだが、まさか人形たちの独断だったとは。


「主人の意を汲み、あえてその命を破る。ああ、妹殿はよき従僕をお持ちのようだな」


 などと賢ぶったことを口にしつつ、実際のところ俺は叫びだしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。


 魔法人形はしょせん主人に言われた単純作業をこなすだけ、自ら考え自ら動くはずがない。


 これはもはや人形魔法などという枠をはみ出てしまっている。


 妹殿は無自覚のうちに錬金術の奥義のひとつ、生命の創造へと指をかけているのかもしれない。


 そういえば先日、ソリュート殿から妹殿の魔法について意見が欲しいと頼まれていた。


 納得した。才能という才能を押し潰すことで平穏を保っている帝国には、この力を測るものさしなどあるはずがない。


「……錬金術を教えるという話だが、少し、考えさせてくれないか」


 ついもったいぶってしまったのは、俺の悪い癖だ。

 ほんとうは弟子にとると決めていた。


 生まれてこのかた俺はずっとひとりだった。

 ありあまるほどの錬金術の才覚は、家族をバラバラにし、人をどうしようもなく遠ざけた。

 そばに寄ってくるのは動物か変人か、あとはせいぜい"天才錬金術師の妻"などという立場に憧れる女くらいだった。

 

 きっと俺はひとりで生きてひとりで死ぬ。

 そう決めつけていた。


 けれど、もうひとりの天才を見つけた。

 俺と同じ地平に立ってくれそうな仲間だ。


 ……あまりにも嬉しくて、書簡のやりとりをしている賢者にも自慢せずにいられなかった。



 * *



 はじめはそんな純粋な喜びだったのだ。


 なのに、どこで間違えたのだろう。



 あの紳士人形はカジェロという名らしい。

 

 妹殿を心配してわざわざついてきたのだとか。


(お嬢様、以前フィルカ様とのお話にあがった書物ですが、王都のはずれの古書店に並んでおりました)


(ありがとう、カジェロ。……フィルカさんも買ったら読みますか?)


 俺も人形とやりとりをすることがあるかもしれない、ということで念話を教えてもらっていた。


(うむ。できれば手に入れておきたいところだな)


(フィルカ様もそうおっしゃると思いました。既に手配してあります。明日にはこの工房に届くはずかと)


(さすがカジェロね。ところでその袖のほつれ、どうしたの?)


(野良犬と少々喧嘩になりまして)


(ちょっとこっちにきて。なおしてあげるから)


 妹殿とカジェロ、あるいは他の人形たちの間には、主従関係を超えた分かちがたいものがあるように感じられた。


 


 それが羨ましかった。

 かつて俺の家族にもあって、けれどどうしようもなく壊してしまったものが確かな強さで存在していた。



 それが羨ましくて羨ましくてたまらなくて――思ってしまったのだ。




 ……俺も、君の人形になりたい。




 君のことだけを考えていたい。君のためになることだけをして、君に褒められたい。


 絆が欲しい。


 君をどこか狭いところに閉じ込めて、お互いしか見えないようにして、そこで永遠に溶け合いたい。



 なんて自分勝手で気持ちの悪い感情だろう。


 自分の脳髄を抉り出して地面に叩きつけてしまいたくなる。


 俺は深呼吸を繰り返し、その衝動を押さえつける。


 * *



「まさか一日でゴーレムを作れることになるとは思わなかった」


「フィルカさんの教え方が上手だからですよ」


 工房からルイワス家の屋敷に戻った後のことだ。

 もうすっかり夜は更けている。


「じゃあ、おやすみなさい」


 俺に背を向けて去っていくアルティリア。


 その細い肩を掴み、部屋に引きずり込んでしまいたくなる。


(……ゆっくりとおやすみなさいませ、フィルカ様)


 そんな俺を、矢のような視線が貫く。


 カジェロが、俺と、俺に背を向けた彼女の間に立っていた。


 まるで姫君を守る忠臣のように。


 いや、実際その通りなのだろう。


(ああ、おやすみ。そして、ありがとう)


 貴方のおかげで今日もまた俺は過ちをおかさずに済んだ。


 

 * *



 妹が帰ってくるという話が舞い込んできたのは、その矢先だった。


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