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第十六話

アルティ調子に乗る。

 2年前の私は散々だった。

 せっかく原作知識があるというのに無駄になってばかり。


 エルスタットはお父様のおかげでさわやか系貴公子に進化していた。

 夢を忘れられないおこさま男だなんて避けようとしたのがばかみたいだ。


 伯爵は私を別の誰かと勘違いして白旗をあげてしまった。

 全面対決に備えてもぐらくん人形に地下迷宮を掘ってもらったのに。


 けれど10歳の私はちがう。

 ふふふ。

 錬金国家マルガロイドに来たばかりのころは「もう完全に前世の記憶なんて持ち腐れになっちゃったな」なんて嘆かずにいられなかった。


 でも。

 実のところマルガロイドは攻略キャラの1人、天才錬金術師フィルカ・ルイワスの故郷だったのだ。

 18歳の彼は帝国に来ておらず、まだ実家に留まっていた。

 しかもルイワス家はウイスプ家の遠い遠い分家筋で、私はそこに滞在することになっていた。


 つまり何かと顔を合わすことが多いわけで……


 ――どうぞ原作知識を存分に活用してください!


 天の声が聞こえた気がした。



 * *



「任せられる助手がいるというのは素晴らしいものだな。妹殿のおかげで俺の研究もずいぶんとはかどっている」


 王立医術学校での講義を終え、フィルカさんが工房に戻ってくる。

 フィルカさんはトウルスお兄様の親友で、その関係からか私のことを妹殿と呼んでいた。


「グリーン・ポーション20個、どれもいい出来だ。これならすぐにでも実験に取りかかれるだろう」


 フィルカさんは気難しくて偏屈と言われており、実際、工房には誰一人足を踏み入れさせようとはしなかった。

 たとえトウルスお兄様であっても、だ。


 けれど私はというと立ち入りを許されるばかりか弟子みたいな立場におさまっていた。


「外はずいぶんと暑かった」


 彫刻のような表情はあいかわらずかたいままだったけれど、機嫌は悪くなさそうだ。


「妹殿がくれた水精霊のペンダントがなければ干からびていたかもしれん」


 得意でもない冗談を口にするあたり、よほどいいことがあったに違いない。……って、ここのところずっとそんな感じか。


「このまま我が国に永住してしまったらどうだ? 面倒ならすべて我が家が引き受けるぞ。帝国は妹殿にとって窮屈すぎるだろう」


 きっとお世辞というかほめて育てる方針なんだろうけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。

 照れる。今日も頑張ろう。


* *


 ゲームでのフィルカ・ルイワスの設定はというと、「帝都魔法学院の特別講師、23歳。マーガロイド王国からやってきた天才錬金術師で、すべてを見通すような怜悧な瞳が女子学生たちの心を鷲掴みにしている」というものだった。

 他キャラのルートでは波乱万丈の人生経験からくるアドバイスで原作主人公を何度も導いてくれたりする。

 いわば"大人"のポジション。

 フィルカさんに乗り換えるルートがあったらいいのに、というのは某掲示板での決まり文句みたいなものだ。


 けれどそれで終わらないのが『ルーンナイトコンチェルト』。

 フィルカと恋仲になるルートにとんでもない爆弾を仕掛けてあったのだ。


 最初は大丈夫だ。

 恋をしたことのなかった彼の不器用なアプローチや、冷静の仮面を脱ぎ捨てての大告白にニヤニヤできることだろう。


 でも、その後がやばい。

 デレッデレになるけど、病む。

 主人公が他の男と挨拶を交わすだけでも嫉妬の炎を燃やす。

 学院をやめて結婚してくれなんて言っているうちはまだいい。

 ここでYESとしていればハッピーエンドだ。結婚式で主人公の首に隷属の呪印がチラリと覗くのはたぶん気のせい。


 NOにしたら?

 拉致監禁へまっしぐら。

 そこから先は選択肢ひとつ間違えるだけで心を壊されるホラーな話だ。


 これを知ればフィルカを遠ざけたくなるだろう。

 いくら天才錬金術師だからって関わろうとはしないはずだ。


 私がそうしなかったのは友達で終わるルートがあるからで、フィルカの指導を受けた主人公が大錬金術師として歴史に名を残したりする。通称アナザーエンド。


 別に錬金術をマスターしたいわけじゃないけど、彼の研究テーマは私の人形魔法にも大きくかかわる分野だ。

 教えを受けれるなら受けておきたい。


 というわけで、私はアナザーエンドを目指す方向でふるまうことにした。


 大事なのは恋愛フラグを立たせないことだ。

 

 孤高の天才であるフィルカは、心の底で誰かに甘えたがっている。

 母性だとか包容力なんかを見せたら一発でアウトだ。


 にこやかに言葉を交わし、小難しい錬金術の話に頑張ってついていく。

 けっして距離を詰め過ぎないように気をつける。


 もとは同じ一族だったりお兄様と親友だったりしたのも役に立った。

 あっというまに私はフィルカさんの助手となった。


 アカデミーのひとたちは仰天したらしい。

 なにせフィルカさんはこれまで小間使いすら雇おうとしなかったのだから。極度の人嫌いというのが定評だった。


 ――あなたはフィルカ・ルイワスとお付き合いしていますの?


 そう訪ねられたことも一度や二度じゃない。


 いやいや、ないない。

 ありえない。

 まず私にその気がない。


 しかもこっちは10歳のお子様だ。

 18歳からすれば眼中にないだろう。


 私が血迷って告白したとしても「妹みたいに思っている。異性としては見れない」と断られるのがオチに決まってる。


 * *


 ……当時の私は頭の中がお花畑だった。

 たぶんエルスタットや伯爵の件があまりにも簡単に解決してしまったせいだ。

 そのせいで私は勘違いしてしまったのだ。

 攻略キャラなんてこわくない、と。


 ばかだった。


 15歳の原作主人公と23歳のフィルカのお話が、10歳のわたしと18歳のフィルカにあてはまるわけがないのだ。


ついでにいえば、結婚や恋愛について無意識のうちに前世の常識をあてはめてしまっていたのだ。



「お嬢様はもう少し周囲の者が向ける感情を気にかけたほうがよいかもしれません」


 たぶん、カジェロはかなり早い時期に危機感を覚えていた。


 あと、サボテンくんもだ。


 何かというとプニプニのトゲでツンツンしてきた。

 かんがえなおせー、といいたげだった。



次回はフィルカ少年の悩み事について。

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