第十四話
アルティリアの知らない場所で起こった、出会ってはいけない2人の出会い
騎士人形ヴァルフは立ちはだかる医師人形たちを薙ぎ倒しながら人形館から飛び出した。
(姫様が、危ない!)
すごくわるいやつが姫様をねらっているらしい。スピリルにいる仲間からそんな情報が入ってきた。
名前はさまよえる伯爵。
爵位があるってことは貴族なんだろう。
貴族のくせにさまよってるなんてなんてわるいやつだ。
ふらふらしてないでちゃんと領地を治めなきゃだめだ。
(がんばれよ、ヴァルフ!)
(俺たちのぶんまで戦ってくれ!)
(おみやげよろしく!)
二階の窓をチラリと見れば、仲間の騎士人形たちが手を振っている。
(まかせろ!)
ヴァルフは大きく右腕を振りあげてこたえた。その手には炎の不死鳥を宿したかのような、真っ赤に燃え盛る剣が握られている。
騎士人形たちは快哉を叫んだ。屋敷の他の人形たちもつられて歓声をあげた。
突如として生まれた謎の盛り上がりに屋敷の使用人たちは首を傾げ、まあいつものことかと仕事に戻った。
ヴァルフは馬に乗らなかった。
今の彼ならその方が早かった。
(みんな、ありがとう)
昨日の"戦ごっこ"のせいで騎士団は壊滅状態にあった。
けれども姫様の危機になにもできないでいては騎士の名折れ、そこで皆はいちばん傷の浅いヴァルフに力を託したのだ。
ヴァルフは烈風と疾風と熱風を巻き起こしながら、夜のトライス街道を爆走する。しかしながら彼は主に似てうっかりだった。貿易都市スピリルと逆の方向へ駆けていたのだ。
辿り着いたのはラジレス伯爵領南部に広がる深い森、その奥にある不思議の扉をついついくぐってしまうとエルフの王国が広がっていた。
「この国は邪悪なオークたちに蹂躙されつつあります。どうか私たちをお救いください、異世界の勇者さま」
姫様も大事だけれど知らんぷりなんて騎士のすることじゃない。
(わかった、まかせろ)
ヴァルフは右手の炎剣でもってオークたちをこんがりと焼き払った。
空前の大虐殺である。
(急いでるんであとはよろしく)
魔王のごとき所業をなして勇者は去った。
わずか5秒の出来事であった。
思わぬ寄り道に焦りながらヴァルフは走った。
道中、いろいろなことがあった。
モンスターに襲われている村を救った。
病気のこどもを都会の医者のところに運んだ。
道端におちていたキノコがおいしかった。
ちなみにヴァルフは気づいていないが10回ほどスピリルを通り過ぎている。
そして30分の長きに渡る濃密な旅の果て、ヴァルフはついに倒すべき敵の前に辿り着く。
そいつの歩く姿は月のない夜の闇に溶け込むよう。
これじゃあ目の前にいてもわからない。
ぶつかってしまうひとがたくさんいるに違いない。
やっぱり伯爵はわるいやつだ。
* *
(かの公爵は酔狂の奇人であろうか。其れとも深遠なる策士であろうか)
『波止場の借宿』亭を辞去した後、伯爵は物思いにふけりながらトライス街道を進んでいた。
彼の頭を占めているのは愛しき姫君……ではなく、自分よりも頭ひとつ小さい、それでも世間的には大柄と称されるにふさわしい体格の男のことである。
ハイドレウス・ロゼレム。
――騎士学校に入ってみてはどうかな?
最初は侮辱されているのかとも考えた。
永い永い時を生きてきた自分が、どうしていまさら教育などというものを受けねばならないのか、と。
(だが、あれもまたロゼレム家の者だ)
権謀術数に長けた人物の多い一族である。
とくに初代ロゼレム公爵――カルボレウス・ロゼレムとは同じ旗の下で戦ったのでよく知っている。
稀代の謀将であった。カルボレウスの言葉は冗談じみたものすらすべて策のうちであった。
ゆえに伯爵はこう思わずにいられない。
(ハイドレウスも何かしらの深謀遠慮に基づいているのかも知れん。いや、そうに違いない)
伯爵は少々思い込みの激しいところがあった。
(姫君に迷惑をかけぬよう、今の時代の常識を学べということだろうか。
否、わたしでは予想もつかぬ趣意があろうはずだ。
……こういう時、きみがいてくれたらいいのだがな)
脳裏に思い描くのは、煌々と輝く炎の剣を持つ心腹の友。
ヴァルト・ステイブル。
現ステイブル朝の初代皇帝であり、"炎剣帝"とも呼ばれている。
――相手が悪なら斬る。悪っぽければ殴る。それでいいんだよ。
千年も続く王朝の祖とは思えないほど単純明快で気持ちいい男だった。
伯爵が些細なことに頭を悩ませていると、横から現れて豪快に笑い飛ばしていくのだ。
(きみも姫君と同じように生まれ変わっていると嬉しいのだが)
そう思った矢先である。
伯爵は2重の意味で不意打ちを受けていた。
そもそも敵は地平線の彼方から光のごとき速度でもって接近してきたのである。さすがの伯爵と言えど咄嗟に対応しきれるものではない。
しかも下手人が構えていた剣は、もはやこの世に存在しないはずのものだったのだ。
炎剣。
ヴァルド・ステイブルに与えられた超高位火精霊の祝福、刃先から柄頭に至るまですべてが炎で形作られた武具である。
あまりの驚愕に、伯爵は動きを忘れた。
腕で身をかばうという最低限の守りすらできなかった。
炎の剣が、伯爵の額を打つ。
……ぺちん。
* *
実のところ、ここまでの冒険で人形騎士ヴァルフは力を使い果たしてしまっていたのだ。
ちなみに彼の名であるヴァルフだが、由来は初代皇帝ヴァルドである。炎剣は昔話を参考にやってみたらできてしまった。以後、ずっと愛用している。
(もしかしておれってヴァルドと契約した大精霊なのかなあ)
などとヴァルフは内心で思ってはいるものの、肉体を得る前の記憶はぼんやりと曖昧だった。
話を戻そう。
この場にはなんともいえないなまぬるい空気が流れていた。
炎剣は十分な魔力を得られず、ぺちょりと地面に足れてしまっていた。
さながらしなびたバナナである。
伯爵は眉を上向きによせて困惑の色を浮かべている。
しかも、間の悪いことに。
(ヴァルフさま、聞こえますか。詳しいことは後でお伝えしますが、伯爵は我々の敵ではなくなりました。間違って攻撃なさらぬようお願いいたします)
貿易都市スピリルにいる騎士から連絡が届いたのだ。
……あと数秒早ければ、こんな間の抜けた事態は避けられたかもしれない。悲劇である。
ヴァルフは困り果て……人形騎士団の誓いを思い出した。
――その場の勢いで突き抜けるべし。
強引に誤魔化すことにした。
「ふはははははは!」
傲然と腕を組み、高らかな哄笑を響かせる。
「我が名は人形騎士ヴァルフ、後に人形皇帝となるべき男である!」
この口上は昔話で読んだ"炎剣帝"ヴァルドを真似である。
そうすることで自分を奮い立たせようとしたのだ。
「今日は貴様に物申すべく参上つかまつった!」
誤用だらけの敬語だがそんなことは気にしない。
竜巻のように思考を回転させて言葉を吐き出していく。
「貴様は伯爵を名乗っているようだが、民を放り出した挙句に土地を失っているではないか。
これで貴族とはおごがましい! 騎士学校からやり直すがいい!」
あ、千年前には騎士学校なんてなかったよなーと気づいた時にはもう遅かった。言葉は発されてしまっていた。
伯爵はなにやら不穏な目でこちらを見つめている。
ヤバい。
炎剣がへたってしまっている今、氷漬けにされたらどうしようもない。
よし。
騎士団の誓いその2。
――だめだったら回れ右すべし。
後ろに向かって前進だ。決して逃げているわけじゃない。
* *
――我が名は騎士ヴァルド、後に初代皇帝となる男である!
それは、友が好んで使った口上ではなかったか。
しかも、あれは、炎剣。
友はありがたいはずの炎剣で野菜を切ったり肩をたたいたりと思いつく限りのロクでもない使い方をしていた。こんな風にわざと魔力供給をやめ、べちょりと人の顔にくっつけて遊んだりもしていた。
……ああ、そうか、そうか、そういうことか。
きみはもうとっくに生まれ変わっていたのだな。
人間ではなく、人形騎士に。
その閃きは伯爵の脳内に驚くべき化学反応をもたらした。
『波止場の借宿』亭に集まっていた人形たちは一騎当千の実力者ばかりであった。とくにソリュートの足元にいたねこ二匹は曲者に見えた。
(600年前、わたしを消滅寸前まで追いつめたグラグリ兄弟に似た気配を感じたが……あるいは本人たちだったのではないか?)
つまり。
(我が姫君の生み出した人形には、古今東西の英雄たちが宿っているのではないだろうか)
そんな仮説に辿り着いたのである。
(ならばもう異形の才たちを蒐集せずともよいのではないか?)
やがて戻ってくる姫君のためにと有能な人間を確保しておいたのだが……
(わたしはこれから何をすればよいのだろう)
それは伯爵にとってあまりにも明らかだった。
(今まさに莫逆の友が教えてくれたではないか)
――騎士学校からやり直すがいい!
たしかにその通りだ。
今までのわたしは貴族としての責務も放り出し、勝手気ままに遊び歩いていた。
(これで姫に仕える資格などあるものだろうか)
ない。
千年生きたという驕りを捨て、白紙から始めるべきなのだろう。
ああ、友よ。
いつまで経ってもきみはきみだな。
わたしが暗闇に陥ると導いてくれる。
わかった。
ロゼレム公爵の提案、乗るとしようじゃないか。
* *
この結果――
「騎士学校を卒業後にあらためて臣従の可否を問う」という取り決めがなされることとなる。アルティリアには6年もの猶予が与えられることになったのだ。
人形騎士ヴァルフの、誰にも知られざる功績である。
次回、第一部エピローグ 次々回 第二部プロローグ の予定。
登場人物がかなり多くなってきたので人物紹介を挟むかも。