第十三話
しばらく理解が追い付かなかった。
生まれ変わり? 私が?
なにがどうなったらそうなる。
アルティリアにそんな設定はなかったはずだ。
確かに"私"には前世というものがあるけれど、それは囚われの姫君なんて可愛らしいものじゃない。現代日本でごく平凡に生きた女だ。
「顔をおあげになってください、伯爵。私はフィネイル様の生まれ変わりなどではありません」
「ならば何故、わたしと姫君しか知らぬ筈の語らいをご存じだったのです」
……そういうことか。
出来心で呟いたドラマCDのセリフは、思わぬ勘違いを招いてしまっていたらしい。
どうすれば誤解が解けるだろうかと頭を悩ませていると、カジェロが念話を飛ばしてくる。
(お嬢様、少々お伺いしたいのですが)
何かしら知恵を授けてくれるつもりなのだろうか。
(フィネイル様とはどなたのことでしょう)
それはあまりにも予想外の質問だったものだから、すぐには答えることができなかった
まさかあの頭脳明晰なカジェロが建国の歴史を知らないだなんて――。
(もしやラスティユ姫のことですか)
うんそうそう。幽閉されてる頃の名前はフィネイルだったんだけど、救出された時に天啓を受けてラスティユに改名したのよ――って、これもまさかファンにとっては常識だけれどこの世界の人間にとっては非常識なことのひとつなのだろうか。
その通りみたいだった。
「加えて幾星霜の中で人々の記憶より忘れ去られし幼名を口にされるとは……やはり、貴女は我が姫君に相違ありません」
伯爵の思い込みに、拍車をかけてしまっていた。
ど、どうしよう。
一途な姿はちょっといいなと思わないでもないけれど、結局のところそれは"私"自身に向けられた感情ではない。それはちょっと寂しすぎる。伯爵を騙すような形になるのも嫌だ。
じゃあどう説明すればいいのかもちょっと思いつかない。
下手なことを口にしたばっかりに、戦闘モードに入られても困る。
それに『ルーンナイトコンチェルト』のスタッフはインタビューでこんなことを言っていた。
――アルティリアについては可哀想なことになったので、ファンディスクや移植版ではもう少し掘り下げるかもしれません。
追加された設定が"フィネイル姫の生まれ変わり"だったりする可能性もゼロではないのだ。
私は困り果てていた。
カジェロに現代日本で生きてきた前世について話していたら名案を出してくれていたかもしれない。けれどもう今更遅い。
エルスもロゼレム公爵も、周りの招待客も傍観モードだし……。
ああ孤立無援と思った矢先、さらりと割って入ってくれたのは。
「アルティの今後にかかわる話だ、僕も加えてもらおうかな」
穏やかな声、40台とは思えない引き締まった細身、すらりと長い手足。
お父様、素敵……!
「やあ、クリス。相変わらず顔色が悪いじゃないか」
まるで友人と久しぶりに会ったかのような、気さくな物言いだった。
ちょっとフランクすぎるんじゃないかと思っていたら。
「……ソリュート殿、卿も招かれていたのか」
伯爵も伯爵で当たり前のように答えていた。
「招くも何も、君の愛しい姫君は僕の娘だよ。家名を思い出してみるといい」
「ウイスプ……ああ、なるほど」
「君は本当に昔と変わらないね。見た目は隙が無いくせに、どこかしら抜けているんだ」
気づくと私は完全に蚊帳の外で話が進み始めていた。
それはそれで助かることなんだけれど、ひとつ訊いておきたいことがあった。
「お父様は伯爵とお知り合いでしたか」
「ああ、冒険者時代にパーティを組んでいたんだ。といってもクエストに出たのは2,3回だけどね。うちのギルドに入った時のセリフはまだ覚えているよ。『ソリュート殿の才覚が異形と呼ぶに値するか見極めさせて頂きたい』、だったかな」
お父様、お気づきでないでしょうがそれすごい危険信号です。
伯爵はその人物を氷漬けにするかどうか決めるために近づいてくることがある。
ゲーム本編のイベントだけれど、15歳のエルスタットが(本性を現す前の)伯爵と一緒に迷宮探索に向かうこともあったのだ。
つまり一歩間違えてたらお父様は氷の中、私は生まれていなかった可能性もあるわけで……。
「クリス、娘に仕えたいと言ったね」
「ああ。わたしはふたたび一介の騎士として姫君に忠誠を捧げたいのだ」
「娘のためにありがとう。親としても光栄だよ。
だが、いきなりのことでアルティもずいぶん戸惑っているようだ。
ここはひとまず話を僕に預けてくれないかな」
「ふむ……姫君も今だ総てを思い出されてはおられぬよう。
わたしとしたことが時期尚早に過ぎたかもしれぬ。承知した、卿に任せるとしよう」
おお。
なんだか話が丸く収まりつつある。
問題を先延ばしにしただけの気もするけれど、対策を練る時間を貰えるのはすごく助かる。
伯爵は体重を感じさせない流れるような動きで立ち上がり、この場を去ろうと……
したのに、ロゼレム公爵がやけに難しげな表情で声をかけた。
「あー、伯爵、少しいいかね。
初めて会ったときにも言ったと思うが、私は宮廷で大理吏の職に就いているのだ」
それは法の制定と執行をつかさどる官職で、最高裁判所長官と法務大臣を兼ねたようなものだ。
「その立場から助言させてもらうと、だ。
アルティ君に仕えるのであれば、曖昧になっている君の立場と領地が問題になってくるだろう」
そんな小難しい話は今度でいいじゃないですか。
せっかく話がいい感じに一区切りつきそうだったのに出しゃばらないで公爵様。
「デュジェンヌ伯爵領は800年ほど前にラジレス伯爵領に併合されている。厳密に言えば、デュジェンヌ伯などという爵位は存在しないのだ」
このことは前世の某掲示板でもよくネタにされていた。
――住所不定無職の自称彷徨える伯爵氏(1000) 未成年淫行防止条例で逮捕。
そんな書き込みをあちこちで見た覚えがある。
「まずはこれをどうするかだ。君さえよければラジレス伯爵に領地を返還するように打診しても構わないが――」
「それには及びません。政治に個人の友誼を持ち込むのは腐敗というものでしょう」
伯爵(自称)はお父様が相手の時とは違って丁寧な口調になっていた。
まあ、爵位としてはロゼレム公爵の方が上だから当然といえば当然だ。
「そもそも伯爵と名乗っていたのがおかしな話だったのです。これよりは一介の騎士に戻るとしましょう」
「いや、それも問題があるのだ。かつては教会で洗礼を受けるだけでよかったが、今は王都で養成課程を受けねばならん。
……そこで提案なのだが、騎士学校に入ってみてはどうかな」
やばい。
何を言っているかよくわからない。
ロゼレム公爵、もしかして葡萄酒を飲み過ぎてませんか。
それとも権謀術数渦巻く宮中で生き延びてきた男なりの計算があったりするのだろうか。
かつてお父様は言っていた。
――宮廷貴族の中で一番怖いのはロゼレム公爵だよ。
――僕の人生で最大の幸運は彼が幼馴染だったことだ。
――さもなければいいように転がされていたはずさ。
まさか、ね。
うん。
ありえない、ありえない。
たぶん。
* *
少しだけ先の話をする。
この半年後、クリスロ・デェジェという顔色の悪い青年が帝国騎士養成学校に入学した。
15歳とは思えない落ち着きぶり、深い知恵と洞察力、そして失われたとされる古式帝国剣術を自在に操る彼はすぐさま注目の的となった。
正体は……言わなくてもわかるだろう。姿形は魔法でいじったらしい。
私が受け入れるかどうかは別問題として、仕えるだけなら別に騎士にならなくてもいいと思うのだけれど。
「体裁に拘泥するのも男の矜持というものです。姫君、どうかご寛恕の程を。
見事に騎士の資格を得た時、改めて御許に参りましょう」
と、いうことらしい。
彼の考えはひとまず措くとして、私としては彷徨える伯爵なんていう地に足のつかない状態よりは騎士という安定した職に就こうとしているほうがはるかに好ましいと思う。
きちんと資格を得て、姫君を重ねるのでなく私を見てくれるなら……うん……まあ、考えないでも、ない。
なんだか外堀を埋められている気が、した。
裏話その1
伯爵VSアルティリアとなっていたら勝率は、彼女の方が若干有利といったところ。伯爵が本気になる前に倒せなかったらアウト。
裏話その2
ソリュートお父様+ロゼレム公爵+カジェロのチームなら本気を出されても9割方勝てる。