表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/70

第十二話 その二

 一息ついて料理の方に目を向けると、エルスとタルボ氏が競い合うようにしてからあげを食べまくっていた

 エルスの方はやけにさわやかな表情をになっていて、パーティが始まる前のゆううつな様子が頭の中に残っていた私としては困惑せずにいられなかった。


 あ、目が合った。


 手と口を止めるエルス。ささっと手早くお皿に料理を盛り付け、私のところに持ってきてくれる。


 置いていかれたタルボ氏は少し寂しそうだったけれど、それはさておき。


「さっきから挨拶ばっかりでほとんど食べれてないだろ。ほら」


「ありがと、気が利くのね」


「大したことじゃない、オレもパーティのたびにうんざりしてるんだ。

だいぶん疲れただろ。誰かが来たら喋っておいてやるし、しばらく休んでろよ」


 あれ。


 エルスってこんな風に気遣いができる男の子だったろうか。


 原作といい昨日といい、剣のことで頭がいっぱいの少年だったはずだ。


 おかしい。



「その人形、昼間にこっちを見てたヤツだよな」


 エルスの視線は私のおへそのあたり、抱きかかえられたカジェロに向けられていた。


「やっぱりアルティのだったんだな」


(……気づいていたのですか。大した嗅覚ですね)


 カジェロの声色にはわずかにトゲが含まれていた。

 エルスのことを手紙では番犬呼ばわりだったし、何かしら気に食わないところがあるのだろう。


 でもエルスはそれに気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、変わらずカラッとした様子のままだった。


「調子がいいと雨のにおいとかもわかるんだよ。鼻には自信があるんだ」


 むしろ自慢げですらあった。


「そういや自己紹介がまだだったよな。オレはエルスタット、ロゼレム公爵家の長男だ」


(カジェロと申します。貴方のことはお嬢様からよく聞いていますよ。

ところで、念話を使ってはいかがでしょうか。

 人形に話しかけているところを見られては、変な噂が立てられるかもしれませんよ)


「実はさっきから何度もやってるんだよ。

 でも、うまくいかないんだ。よかったら後で教えてくれないか」


(まあ……考えておきましょう。

 なんにせよ、抱えている案件が済んでからですが)


「あのやばい雰囲気のやつか」


(ええ。貴方が尻尾を巻いて逃げだした相手です)


 カジェロの物言いは挑発的を通り過ぎて無礼ですらあった。


 これまでのエルスだったなら顔を真っ赤にして言い返していたに違いない。


 だけど。


「あいつはやばかったな。追っかけられてたらおしまいだったよ」


 当然のことのように受け入れていた。


(ほう……これは貴方に対する認識を改める必要があるようですね。

 エルスタット様、これまでの礼を逸した言動、誠に申し訳ありません)


「気にしないでくれ。オレだって昨日までの自分を目の前にしたら同じようなことをしちまうだろうしな」


(寛容なお言葉、感謝いたします。今のエルスタット様は自分にできることとできないことを正しく認識している。共にお嬢様を守る者としてこれほど頼もしいことはありません)


「ありがとう。でもまあ、実際に戦いになったら今の俺に出る幕なんてないよな。実力が足りてないし」


 本当にこれがあのエルスだろうか。


 場の空気も読まずに剣を振り回し「人形なんていなくたってオレが守ってやる!」なんて豪語しそうなものなのに、むしろ殊勝すぎるくらいだ。


「多少なら魔法も使えるし、役に立てそうならいつでも声をかけてくれよ」


(もちろんです。いざというときはお嬢様をお願いするかもしれません)


「いいのか。大事な主なんだろ?」


(貴方の嗅覚はなかなかのものです。逃げる際にこれほど頼りになるものはありません)


「照れるな。期待を裏切らないように頑張るよ」


(頼りにしています)


 それは私からするとものすごい急展開だった。

 あれよあれよという間にカジェロからは刺々しさは消え、いつのまにか数年来の戦友のような空気を漂わせていた。この2人は前世かなにかで恋人同士だったんだろうか。あるいはこれがいわゆる男の世界というものなんだろうか。


(それにしても、街で見かけた時とはずいぶん様子が変わりましたね)


 カジェロの言う通りだ。


 これまでのエルスと言えば自己陶酔的かつ自己中心的で、あのまま育っていたら間違いなくゲーム通りの面倒くさい男に行き着いていたに違いない。


 けれど今のエルスといえば落ち着いた雰囲気を纏っていて――なぜだろう、お父様に少しだけ似ている気がした。


「色々あったんだよ。街ではみっともないぐらいに一目散に逃げ出しちまった。しかもアルティより先に息切れだ。悔しくて悔しくて耐えきれずに布団に潜り込んで、寝て起きても気分は晴れなくってさ。いっそ死んじまおうかなんてことも考えたよ」


 ……気付かなかった。

 私が伯爵への対応に右往左往している間に、そんなひどいところまで追いつめられていただなんて。


「でも、そこにソリュートさんが来てくれたんだ」


(ほほう、アルティリア様の父上ですか。聞くところによると若いころは剣に打ち込んでいたそうですね)


「ああ、オレと同じように悩んだこともあったらしい。色んな話をしたよ。

 おかげで少し、気持ちを整理できたんだ」


 そういって微笑んだエルスの表情は、私の知る15歳の彼自身よりもおとなびて見えた。

 まだ、8歳なのに。


 ……ちょっと、ほんのちょっと、だけど。


 格好いいかも、しれない。

次は正午までを目標。お待たせしました。遂に伯爵が登場します。


ちょっと寝ます。


エルスとソリュートお父様のくだりはいずれ外伝で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ