気付けば俺は天空にいました
気付けば俺は、暴風の中にいた。
よく分からない事態過ぎて逆に冷静になれているのか心は不思議と落ち着いている。
なのでとりあえず状況を確認しようと目を開けてみることにした。んで、次の瞬間パニックになった。
何で空が足元に見えるわけですか!?俺は一体どこから落ちたんですか!?
待てよ、このままだと真っ直ぐ落ちてるわけだから速度が凄いことになって間違いなく死ぬよな。めちゃくちゃ寒いのはどうしようもないけどこれはまだ緩和できるはず。
ということでとりあえず頭から真っ逆さまに落ちていた体勢から、両腕を広げてまだまだ遥か彼方の地面と向かい合う。あー、これは死んだかも。見なきゃよかった。
そもそも何でこうなったんだったか…こうなる理由として思い当たるようなことは無いんだけどな…。
確かいつだかに拾った(いつだかはもう覚えてないんだよな)小箱みたいなものを、いつもの如くいじってたんじゃなかったか。
開かないかなって昔から期待してたんだけど開かないままもう何年も持ってるアレ。
…そういえばその時に継ぎ目なんて無かったところがちょっとずれたんで、からくり箱のようなモノなのかもしれないと連動して動くところを探しまくったんだよな。好奇心ってヤツだな。
開いたかも、って思ったところまでは覚えてるんだけどな…そのあとはもうここの上空だったんだよな…。
そんなことを考えているうちに少しずつだけど地面は迫って来ている。やばい。
このままよく分かんないまま死ぬのはちょっと理不尽すぎるんじゃないか?そういうオチは納得しがたいものがあると思うんだけど。
そんなことを内心呟いてみたって突然神が現れたりすることもない。詰んだ。
にしても落ちるのに随分と長く掛かってんな、もう結構長々考えてるんだが。どんだけ高いんだよここ!
「…ごふぅ!?」
『あれっ、ごめんなさい失敗しました!』
突然思いっきり全身を打った。でもまだ地面は遠かったし本当に落ちてたらこんな程度じゃ済まないはず。てか死んでるはず。
じゃあ今もう死んでるのか?それは無いだろうだってすげぇ痛い!
恐る恐る手をついて体を起こしてみると、まだ空にいることは分かった。
触れているところから視線をずらしていく。
触れた感触とかからもう何となく想像ついてしまっているが、俺は今何に乗っているのかを確かめたかった。好奇心ってヤツですね。若干の恐怖もあったけど。
竜でした。紛う事なき竜。青灰色の体をした竜に、俺は乗っていました。
俺がいた世界では竜は信仰の対象であり、神の化身みたいなものっていう扱いだったんだけどな。
そんな存在が俺を助けてくれたばかりか、ちょっとすまなそうな目でこっちを見ているんだが?
『すみません、人をこうやって乗せるの初めてだったもので…』
直接頭の中に響くような声に合わせて、竜が軽くうなだれる。どうやらこの声はこの竜のものらしい。それ以外無いけど。
そりゃそうだ、こんな風に落ちてくる人がそう何人もいてたまるか。十分上手く受け止めてくださいましたよありがたい。
声は幼い少女のような感じだった。てことは幼竜なのか?だとしたら本当によくやってくれたと思うよ。
「いや、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
『よかった。これから長のところに行くので、詳しいことは長から聞いてくださいね。
わたしは詳しいことはよく分からないんです。説明も苦手ですしね』
「ああ、はい」
思わず普通の音量で喋ってしまったが聞こえたようだ。風凄いのにね。聴力すげぇ。
長、ってことは村か何かあるんだろうか?そこに連れて行ってもらえると。待遇すげぇ。
ともかく助かったってことだよな、そう考えていいはず。死ぬかと思った…。
そうなると自然と思考はまた小箱のことに戻った。開けてはいけない類のモノだったんだろうか?
魔術や物理的な攻撃に傷一つつかなかったところを見ると、もしかしたら何かのマジックアイテムだったりしたのかもしれない。
一応小箱が入っていたポケットに手を突っ込んでみたが、予想通り何も入っていなかった。そりゃそうだよな。
突然のことだったから武器とか何も持ってきてないなぁ、魔術は苦手だし…丸腰ってことになるな。
一体この先どうなる事やら…。
『もうすこしです、見えてきましたよ』
「お?」
確かに、進行方向に位置する山の頂上付近に村のような建物の群れがあった。
でも一見そこに竜はいないように思える。もしかしてこの竜はあそこでただ一頭の竜?
『降りますよ』
翼を大きく広げて制動をかけ、彼女はふわりと着陸した。
あ、今他の所で竜が飛び立っていったな。彼女だけってわけでは無さそうだ。
礼を言って背を降り、彼女を振り返る。本当にお世話になりました。
しかし、そこに竜の姿はなかった。代わりのように青灰色の髪と瞳の少女が立つのみ。
「!?」
「えと、長の家はこっちです。ついてきてください」
「あ、はい。えっとその、さっきの竜は…?」
「わたしですよ、驚きました?」
楽しげというか得意げに少女は笑ってみせる。
そりゃあ驚きますよ、竜に変化できる人なんて聞いたこともない。竜が人に変化してるのか?いやそうする意味が分からない。
「じゃあ、行きますよ」
歩き出した少女の後を、驚きに呆けていた俺は慌てて追った。とは言っても、彼女の凝った文様が描かれた薄水色のワンピースの裾に追い付くのは簡単だったが(そりゃあ歩幅が違うもんな)。
立ち並ぶ家々は木を組んで造られているようで、どうやっているのか壁には少々複雑な文様が浮かび上がっている。少女のワンピースのものに似ているように思えた。
よく見れば俺もその文様が一つ一つ違っていることに気付けたかもしれない。あとで聞いたところそれは家紋のような意味を持つのだそうだ。複雑すぎてどこが違っているのかぱっと見じゃそこまで分からなかった。
少女のように服のどこかに文様をあしらっている人も多い。物珍しさに俺はついついどこかの旅行者のように周囲を見回しまくっていた。これじゃ田舎から初めて王都かどっかに出てきたヤツみたいじゃないか。自重。
しかしそんな感じで少々不審な俺の様子にも、道行く人々は一瞥くれるだけで別段興味を示す様子はない。ありがたいことだが不思議だった。
長に話が行ってるわけだし、こんな小さな子が派遣(?)されてきたわけだし、俺のことは噂か何かあってもおかしくないんじゃないかと思う。
情報が漏れないように秘匿されていたのか、俺みたいに落ちてくる奴は日常茶飯事だったりして慣れているのか。
あんな体験するヤツが沢山いてたまるか!本気で怖かったんだぞ!
「ここです、これが長の家」
程なくして少女が示したのは、一際大きな館だった。でも豪華さはあまり感じない。
趣味のいい小貴族の館、そんな感じのする外観だった。長の趣味がうかがい知れるな。この村というか集落というかの素朴な雰囲気を壊さない豪華さ。
少女が扉を引き開けて待ってくれていることに気付き、慌てて中に入った。
そこは応接室とか広間か何かのようになっていて、大きなテーブルを囲むように5人の老人が座って入ってきたこちらに目を向けている。
左から白、青、黒、赤、緑をそれぞれ基調とした服装をしていた。中央の黒の老人は紫の肩掛けを羽織っている。それぞれ手元に体を支えるためというわけではなさそうな杖を置いていた。
中央に座する老人(つまり黒に紫の人)が質素だが美しい杖を手に立ち上がり、厳めしい顔に微笑みを浮かべて言った。この人が長か。
「よくぞいらっしゃいました、旅人よ」
「旅人…?俺のことですか」
「そう、貴方のことです。今もう一人の旅人を迎えに行っておりますので、そちらの方が到着されたら、詳 しいことをお話ししましょう。
ですから、しばしお待ちいただきたい」
もう一人いるのか、俺みたいに空から突然落ちてくることになったお人が。それは災難だな…。
というかこの何となく慣れた感じの対応は、以前にもこうやって空から落ちてきたヤツはいたということか?それも複数。
そういう存在を旅人と呼んでいるんだろうか。訊きたいことが多すぎて困るんですが。
勧められるままに席につく。楕円形のテーブルの、長の斜向かいに当たる位置だ。
俺の隣には空席が一つある。そこが、今迎えに行っているという“もう一人の旅人”に用意された席だろう。一体どんな人なのか。
あ、迎えってさっき飛び立っていった竜のことか。受け止めるのが上手いひとだといいね。
その人が来てから詳しい説明はするとのこと、今のところは長と老人たちとの雑談に軽く加わりつつ待つことになった。