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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
9/42

オープニングセレモニー

3(藤井一樹2)


 入学式とか卒業式とか、ナントカ式っつうもんはぜんぶ体育館でやるイメージがあるが、文化祭の開会式は校門前で行われる。まず始めに、校門を抜けてすぐ正面にある特別教室棟の前に校長が立ち、ご丁寧に立てられたスタンドマイクに向かって挨拶文を読み上げる。


 出席を取るので最初はクラス別に並ぶが、そのあと生徒は思い思いの場所に散らばる。その中には私服を着てたり、なんかのコスプレをしてる生徒も混じっている。遊園地にでもいそうな本格的なクマの着ぐるみを着て、『三年六組お化け屋敷』と書かれた看板を首からぶら下げて宣伝している人までいる。登下校の際だけ制服でいれば文化祭中はどんな服装でもいいって決まりがあるから、ホームルームが終わった途端に着替える輩がけっこういるのだ。

 かくいうおれもそのうちの一人だった。


「なあ、藤井」

「ん?」


 隣のクラスの松田まつだはおれの格好をじろじろ見ながら、


「なんでジンベエなんだよ? 喫茶店だろ、お前ら」

「なに言ってんだ、祭りっつったらジンベエだろうが」

「いや、でも喫茶店にジンベエはないだろ。つか寒くねえの?」

「寒いわけねえだろ? おれを誰だと思ってんだ」


 そう返しはしたが、実際、めちゃくちゃ寒かった。午前中は天気に恵まれず気温も下がるでしょうという天気予報どおり、小雨が降って九月とは思えない寒さになっていた。おれだけではなく、普通の格好をした生徒たちまで寒い寒いと口々にぼやいている。

 だが、自ら進んでジンベエを選んだからには、それのせいで寒いなどと口にしてはお祭男の名が廃る。例え、やっぱりジンベエじゃなくてもうちょっと温かい格好にすればよかったかなあ、なんて考えが頭をよぎろうとも、だ。

 それに……ふふん。昼ごろにはジンベエから第二の衣装に着替えることになるだろうしな。


「な、松田。おれらのクラスにも来いよ。特に昼ごろがおススメだぜ」

「え、なんだよ急に。そりゃ行くけどさ。川口さんいるから」


 ち、川口目的かよ。まあいい。来てみれば川口どころじゃなくなるだろう。

 そんなことを考えているうちに、長かった校長の話が終わった。いよいよだ。

 さっきまで校長がいた場所に生徒会長の森野先輩が立つ。一度後ろを振り返って、特別教室棟の屋上にいる生徒会役員たちが親指を立てるのを見てから、宣言する。


「では、これより公星祭を開催します!」


 生徒たちから、割れんばかりの歓声が巻き起こる(もちろん、おれも大いに叫んだ)。そして、特別教室棟の屋上から大量の紙ふぶきとともに、この日のために作られた巨大な横断幕が降ろされる。


『第二十二回公星高校文化祭』


 書道部が渾身の力をこめて書いたその文字は去年と違わず豪快で、四階建ての校舎の屋上から二階の窓が隠れるまでの長さという横断幕の巨大さも相まって、嫌が応にもテンションが上がる。

 ……さて、今年もたっぷり楽しんでやろう!


     *


 セレモニーのあとは、一旦教室に集まり、みんなで開店準備をすることになっている。教室棟のドアをくぐったとき、前方に見慣れた背中を見つけた。


「おっす、良次」


 おれに肩を叩かれて、良次は振り返った。


「ああ。おっす一樹。……ジンベエか」

「おうよ。この日のためにたっぷりしっかりアイロンかけたぜ」

「そっか。でもなんで腕と足の毛まで剃ってるんだ?」

「バカ。お前それは、乙女の恥じらいに決まってんだろ」

「うん? そ、そうなんだ」


 どうやら良次も教室に向かう途中だったらしい。並んで歩き出す。


「で、なんでお前はまだ制服なんだよ? 貴族の格好で歩かねえの?」

「やめてくれよ。衣装で人前に出るのは舞台の中だけで充分だ」


 本気で嫌そうに答える。そんなに奇抜な格好でもねえと思うが、こいつ、こういうのは意外と恥ずかしがるんだよな。


「お前らの舞台って一時半からだよな?」

「うん。合唱部のあと」

「うっしゃ。おれはクラスの喫茶店一時までだから、終わったら観に行くよ」


 川口もおれと同じシフトだから、たぶんあいつも観に行くと思うぜ。

 そう思ったが、それはさすがに口に出さなかった。昨日の今日でこの話題はちょっとな。おれにだってそのくらいの分別はある。


「楽しみだなあ、プロポーズ」

「あんまり冷やかさないでくれよ……」


 なんだその反応は。信用ねえなおれ。

 先に良次の二年六組に着いた。じゃあ、と手を振って別れる。

 しかしまあ、意図的に川口の話題は避けたとはいえ、良次はいつも通りだったな。よかったよかった。

 廊下の角を曲がる。おれのクラス、二年四組の教室の前には女子が何人か固まっていた。佐藤に小谷野、大原がいて……中央には制服の上からエプロンを着た川口がいる。


「やっぱユズちゃん、エプロン似合うね!」


 佐藤からそう言われて、そうかな? なんて言いながら、川口は少し赤面している。確かにエプロンは似合っているが……。


「おい、川口ぃっ!」


 おれは川口に走り寄り、ジャンプして頭を軽く叩いた。いたッ! と声を出し、敵意むき出しの目を向けられたが、構わずにおれは宣誓する。


「お前、かわいいとか言われて調子乗ってんじゃねえぞ! クラスの看板娘が誰か、今日で思い知らせてやるぜッ!」

「――はあ?」


 意味がわからないというような返事。ま、だろうな。後ろで大原もきょとんとしているが、その隣の佐藤と小谷野はにやにや笑っている。おれはその二人に向かってちょっと笑ったあと、川口に人差し指を突きつけた。


「せいぜいいまのうちにいい気分を味わっておくんだな!」


4(大原あかり2)


 私たち二年四組の喫茶店は、上々の滑り出しと言ってよかったと思う。開店して最初の一時間はちょっと大丈夫かなと思うぐらい静かだったけど、十一時を過ぎた辺りから人が来だして、十二時頃には席がぜんぶ埋まるほどの大盛況を迎えた。

 メニューが豊富なのと、宣伝のチラシや貼り紙をたくさん作ったことが繁盛に繋がったと思うけど、やっぱり一番は……


「すごかったね、藤井君」


 理科室棟の階段を一緒に上りながら、ユズは苦笑いと呆れ笑いの中間ぐらいの表情になった。


「うん。でも、あの衣装はいったいどこから……」

「ヨシノリが貸したんだって。なんか、中学の文化祭で使ったのが残ってたらしくて」


 お客さんが増えだしてからは男の子たちも何人かホールの仕事を手伝ってくれたんだけど、なぜか藤井君だけ「不思議の国のアリス」のコスプレをして現れた。お化粧して金髪のカツラまで被ったけっこう本気目のコスプレで、それがまた妙に似合ってて笑えた。本人も、「フジイの国のアリスでーす!」なんて言って、かなりノリノリだったし。それ見たさに来た人も大勢いたと思う。


「藤井君、脚が綺麗だったよね。白くて細くて」

「いつも長ズボンだから、脚だけは焼けないもんね」

「しかも、しっかり毛まで剃ってたし」


 あはは、と二人で笑う。うん、なんだかんだ言って、藤井君のコスプレはおもしろかったしレベル高かった。

 現在の時刻は午後一時過ぎ。ユズが鞄に忘れ物をしたと言うから、私たちは地学室に向かっていた。今日のぶんのシフトはもう終わり。これからは、二人で大いに文化祭を楽しむ番だ。


 地学室に着く。ここは荷物置き場だけど、実質的には生徒たちの休憩室のようにもなっている。席に座って友だち同士でお弁当を食べてるグループが何組かいた。その中に同じ中学の早苗さなえちゃんを見つける。早苗ちゃんはお弁当を置いて、まっすぐ私に駆け寄ってきた。


「あかりちゃんのクラス、すごかったね! あのアリスの人」

「でしょー? 私も今日まで知らなかったから、びっくりしちゃった。早苗ちゃんたちは、自主映画だっけ?」

「そうそう。二時十五分から視聴覚室でだよ」


 そのまま教室の真ん中で立ち話に突入する。ユズは私を残して鞄のほうへ。ユズ、早苗ちゃんとはちょっと話したことあるはずなんだけど……。こういうとき一緒に会話に参加できないあたりが、人見知りなところなんだよね。

 しばらく早苗ちゃんと雑談して、話が落ち着いたところで、それじゃあまたね、と分かれる。ユズはまだ教室の後ろのほうで鞄をごそごそしていた。どうしたんだろう、忘れ物、見つかんないのかな?


「忘れ物あった?」


 ユズの顔をのぞき込む。その途端、ぎょっとした。

 鞄の前で立ちすくむユズは、守備固めで出てきたのにタイムリーエラーをしてしまった控え選手のような、焦りと不安に支配された顔をしていた。やばい。大変なことをしてしまった。表情からそんな思いが伝わってくる。


「ユ、ユズ。大丈夫?」

「あ、あかり? うん、大丈夫……」


 青ざめた顔を向けてくる。

 ぜったい大丈夫じゃない。なにもなければこんな表情にならない。

 それを裏付けるように、ユズはこう続けた。


「ごめんあかり。わたし、ちょっと用事思いだしたから、行ってくる」

「行ってくるって、どこに?」

「え? えっと、あっち。あの……部室! 部室行ってくる」

「でも、一時半までもうあんまり時間ないよ」


 一時半からは、体育館で嶋君のクラスの演劇が始まる。ユズはこれを一番楽しみにしていたはずなのに。


「うん、わかってる。ごめん、あかりは先に行っといて。わたしも後から来るから。ほんとごめん」

「そ、そう? なら、ユズのぶんの席も取っとくね」

「ありがと。ごめん、じゃああとで!」


 そう言うなり、ユズは小走りで教室から出て行ってしまった。私はそれをぽかんと見送るしかなかった。

 いったい、なにがあったの?

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