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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第一章 文化祭前日
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前日の帰り道

3 (藤井一樹1)


「思うんだけどよ、世の中、考えるより先にまず行動!って人が少ない気がするんだよな」


 部活が終わったあとの帰り道、駅へ向かいながら、おれは隣を歩く良次にそう言った。


「動く前にぐちぐち考えて、もういいからさっさと行動しろよってやつが多いんだよ。おれの印象だけど」

「まあなあ……。俺も、動く前に考える派だし」


 前を向きながら、良次はのんびりと答えた。

 時刻は八時を少し過ぎたところ。一時間ほど前に部活は終わっていたが、そのあとに居残って自主練をしているとこんな時間になっていた。他のやつらは先に帰っていたので、今日は珍しく良次と二人だけの帰り道だ。

 がー、と大きな音を立てて、大型トラックが車道を走っていく。その音が止んでから、良次はおれの方に顔を向けた。


「でも一樹は違うよな。自分からどんどん話しかけるし」

「そう! そこなんだよ。周りが控えめ受け身系ばっかだから、おれみたいに多少失礼なぐらいガンガン行くのがいてもいいと思うんだ。それでやっと心開いてくれるやつもいると思うんだよ」


 他のやつらなら、お前調子乗ってんじゃねえよとか、自分で言うなバカとか、そんな感じのリアクションが返ってくるところだが、良次は違う。大きく頷き、こう言ってくる。


「俺もそう思う。一樹みたいなことは誰でもできることじゃない。いいことだよ」


 こういうやつなんだよなあ。クソ真面目で、恥ずかしいことでも平気で言ったりする。だからこそ、おれも他のやつらにはしないような話もできるんだが。


「へへ、だろ? おれみたいなタイプも大事だよな?」

「うん。ときどき調子乗りすぎなときもあるけど」


 …………。これで、言うことはちゃんと言うんだよな。まあいいや。


「それでもな、おれもおれなりに、いちおうの線引きみたいなものはしてるんだよ。他人が本当に嫌なところまでずかずか踏み込んで行ったら、ただの迷惑なやつだもんな。だが、そこに行きつくのを恐れて申し訳程度しか付き合わないんじゃ意味が無え。嫌がられたりはっきり拒絶されても無視してガンガン行こうとは思わねえけど、普通より大きく踏み込んでみようっつーか、そんなことを意識してんだよ。……いまので意味わかるか?」

「うん。普通の人ならここで引くだろうなってとこに来ても、そこから更に踏み込んでみるってことだろ? それで、これは本当に嫌がってるなって感じたら身を引く」

「おう、そういうことだな。嫌がられるのを恐れてなにもしねえのは性分じゃねえんだ。……というわけで、これから本題な」


 隣にいる野球部の良き友人に向き直り、顔の前で手を合わせる。


「一歩踏み込ませてくれ。良次、お前最近、部活に集中できてないように見えるんだけど、なんかあったのか?」

「え? いや、そんなことないだろ」

「そうか? おれには、練習中にぼうっとしてることが多くなったように見えるんだけどな。で、ついでに言えば……」


 口調を気持ち強くして続けた。


「それと同じぐらいから、お前と川口のあいだに変な空気が流れてるような気がする。今日、川口にボールが当たったときもちょっと変な感じしたしよ」


 今日の部活中、グラウンドの片すみで、隣のクラスの村中がサッカー部の友だちらしい人(遠くだったのでちゃんと顔が見えなかった)と二人で自主練をしていた。あいつもよくやるなあと思いつつ、邪魔にならない場所だったからなにも言わなかったが、川口と武田がその近くを通りかかったとき、川口の頭にサッカーボールが当たってしまったのだ。幸いそんなに威力のないボールだったようで、川口は武田と保健室に行って氷だけもらってすぐ帰ってきていたが。

 つい二ヶ月ほど前にもおれが投げたボールが川口に当たったことがあったが、そのとき良次は心配して、おれと一緒に保健室に様子を見に行ったりした。なのに今日はそういう素振りを見せず、戻ってきた川口にも軽く言葉をかけただけだった。前ならもう少し優しいというか、配慮していたはずなのに。まるで、川口と長く話すのを避けているような印象を受けた。


 良次はおれから視線を外し、俯き気味になる。そのまましばらくは無言だった。駅に近づいてきたおかげで、辺りは騒がしくなっている。人も多いし、居酒屋の勧誘の声も聞こえてくる。


「……見ててわかるのか? なんか、俺たちが変だって」


 やっと顔をあげて、そう訊いてきた。こんなことを言うってことは、なんかあったと認めたも同然だよなと思いながら答える。


「なんとなくだけどな。ちょっと前から、川口にだけ変によそよそしくなってるっつーか。なんか違うなって思うんだよ。川口のほうもおかしいし」

「川口がおかしいって、なにが?」

「うーん、うまく言えねえけどよ。お前と話すとき、なんかキョドってるときもあれば、めちゃくちゃ自信満々な感じのときもあるし。……まあ、あいつは前からムラっ気があったけど、お前といるときはそれがもっとはっきりしてる気がすんだよ。昨日と今日でまるで別人みてえだなって思うときすらあるぜ」


 ははは、と良次は引きつった顔で笑った。なんつーか、わかりやすすぎだよお前。


「やっぱなんかあったんだな。なんだよ、告られでもしたかあ?」


 本気ではなかった。ほとんど茶化すような気で言った。

 が、良次の顔がみるみる青くなっていく。おいおいおい。おれは思わず、目の前の顔を穴が空くほど見つめてしまう。


「マジかよお前。……え、マジなの?」


 しばしの沈黙。

 そのあとで、小さく首を縦に振った。


「うえええ! なんだよお前、すげーじゃん! 川口だろ川口!」

「ま、待て一樹。声が大きい。駅前だぞここ」


 うん? ああ、本当だ。もう駅が目の前のとこまで来てる。だが、そのまま構内に入ることはしない。おれと良次じゃ路線が違うのだ。人の邪魔にならない適当なところに良次をひっぱり、話を再開する。


「それでどうしたんだよ? オッケーしたのか?」

「……いや」

「えっ。じゃ、フったのか?」


 どんだけ理想高いんだよ。まあ確かに川口は、こいつ実際は腹黒いんだろうなと思うことがちょいちょいあるけど、顔は文句なしにかわいいのに。もっともおれは、あいつみたいな猫っぽい目より高橋たかはしさんみたいなちょい垂れ目のほうが好みなんだけど。

 とりあえず、川口に告られて大した理由もなく断る男はいないはずだ。


「違うよ。フったなんて言ってないだろ」


 良次はおれから視線を外し、続けた。


「保留だよ」


 なにかがすとんと腑に落ちた気がした。

 保留か。なるほど、いかにもこいつらしいじゃねえか。


「だからこのところ、お前らのあいだに変な空気が流れてるのか」


 告白して、その返事を待っているほうと待たせているほう。確かに、何事もなかったかのような態度ではいられねえよな。ついでに、良次がなぜ保留したのかもわかる気がした。


「お前アレだろ? いまは部活に集中したいから、あんまりそういうの考えられないんだろ?」

「……ああ」


 やっぱりな。こいつはそういうやつなのだ。本当に同じ生き物かと思うぐらいクソ真面目だ。家庭の事情もあって野球に対する気持ちが人一倍強いのはわかるが、おれだとこうはいかないだろう。


「じゃあ、川口に返事するのは部活引退してからか?」

「いちおう、そういうことになってる」


 てことは、あと半年以上先か。それだけ時間があるなら、いまは川口のことをそんなに意識しなくていいと思うんだけどな。……ま、良次とおれじゃそこんとこの感じかたは違うか。

 しかし――。


「な、良次。まだなんか、隠し事ないか?」

「はっ? な、なに言ってんだ。あるわけないだろ」


 声が震えてるし、微妙に裏返ってる。


「やっぱなんかあるのか。そんな気がしてたんだよなー」

「そんな気がって……。それは、なんで」

「川口がお前と話すとき、日によって様子が違うのはなんでだろうって思ってな」


 二人のあいだに気まずい空気が流れて、以前のように接することができないってのはわかる。実際、良次はそんな感じだ。だが川口は、恥ずかしそうにしてる日もあれば堂々としてる日もある。良次の話だけだと、このムラっ気の謎は解決しない。ま、単に川口が情緒不安定なだけかもしれねえけど。

 良次はまた、言い難そうにおれから顔を逸らした。それはもう認めたも同然だ。


「な? まだなんかあるんだろ? なんだよなんだよ、なにがあったんだよ」


 良次との距離を半歩縮める。しばらく地面に視線を落としていた良次だったが、おもむろにおれを見て、顔の前で手を合わせた。


「すまん一樹。本当なら俺も、誰かに相談したい気持ちはあるんだけど……。これ以上は話せないんだ。ある人の秘密に関わるから」


 ある人? この流れでいったら、川口しかいねえけど……。

 もっと訊きたい、知りたい気持ちは充分にあった。だが流石に、これ以上踏み込むのはまずいか。


「わかった。……悪かったな、いろいろ訊いちまって」

「いや、いいよ。……ただ、ごめん、この話は内緒にしてくれるか? 野球部にはもちろんだけど、クラスメイトとか同級生とかにも」

「おう。このことで川口をからかったりもしねえよ」


 その場限りの嘘ではなく、おれは本心からそう言った。男同士の「このことは内緒に」は意味をなさないことがほとんどだが、ここまで深刻そうなことを軽々しく吹聴する気はない。

 良次はほっとしたように息を吐き、助かるよ、と答えた。

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