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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
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彼の後悔

24


 去年の文化祭にさ、俺、いままでほとんど話したことなかったクラスメイトの女子と仲良くなったんだ。

 俺たちのクラス、女装コスプレ喫茶っていうのをやったんだけど……あ、知ってるのか? そうそう、女優とか、ハリウッドスターとかのコスプレのやつ。俺はマリリン・モンローだったよ。……まあそれで、当番中、ちょっと手を怪我してさ。もうお客さんも少なくなってたし、それを口実に早めに上がらせてもらったんだ。


 で、疲れてたから少し人のいないところで休憩しようと思って、屋上に行ったんだよ。誰もいないだろうって思ってたら、同じクラスの杉内夏目って子がいて、絵を描いてたんだ。

 ……ああ、そう、あの美術室の絵の子だよ。すげー上手いよな、あいつ。俺が屋上に行ったときも、ちょうどそこから見た風景画を描いてたんだよ。校門付近の、文化祭のアーチと人ごみをな。ほとんど話したことなかったから、ちょっと気まずいなと思ったけど、目が合っちゃったから、なにしてんの、って尋ねたよ。そしたら、絵を描いてる、そういう栗原くんはなにしに来たの、って訊き返された。


 教室にいる頃の杉内って、絵ばっかり描いてて、誰かに話しかけられても素っ気無くてさ。だからクラスでもちょっと浮いてる感じだったんだけど、こうして訊き返してきたからびっくりだったよ。

 なんとなくそのまま、二人で並んで話し始めた。杉内はそのあいだも絵を描き続けてたけど、なんだか、教室にいるときより表情が柔らかくなってて、すごく話しやすかった。そのときに聞いた話で意外だったのは、杉内は人がいっぱいで賑やかなところが好きで、だからいまも校門のところをスケッチしてるんだって言ったことだった。

 思ってるほど気難しくて暗い子じゃないのかもって思ったよ。そのあとも、いままでほとんど話したことがないのが嘘みたいに自然に喋れた。


 文化祭が終わったあとも、杉内はいつも通り教室で絵を描いてて、誰かに話しかけられても素っ気なかったけど、なんとなく、俺にだけは少しリアクションが変わった気がした。なんかのはずみで目が合ったときとか、話しかけてきたり、笑いかけてくれたりはしないんだけど、ちょっと会釈してくれたりさ。

 それからあと、何回か杉内と二人だけになることがあったんだけど、そのときは不思議と、文化祭のときみたいに自然に話せた。楽しかったよ。教室から人が少なくなると、杉内と二人だけにならないかなっていつも期待してた。

 文化祭の日に杉内と話したことは、誰にも言ってなかった。……なんでだろうな、なんか、友だちに話すともったいないような気がしてたんだ。杉内も誰にも言ってないみたいだったし。


 そんな感じで、もうすぐ二年が終わるってときになってさ、廊下を歩いてると、急に杉内に話しかけられた。かなり驚いたよ。いままで人気のないところでしか話したことなかったのに、人が大勢いる廊下で声をかけられるなんてさ。

 どうしたんだろうって思ったけど、杉内はなかなか話し始めなくて、そのとき教室から、いつもつるんでるやつらに呼ばれた。ちょっとこっち来いよーって……。


 そんなの適当に聞き流して、杉内がなにか言おうとしてるのをちゃんと待ってやればよかったんだよ。でもさ、教室にいるやつらに俺と杉内が話してるのを見られるのが、なんか……すごくまずいような気がして。あとでなにか訊かれたらどうしよう、秘密がバレる、ってパニックになって、早くこの場を離れなくちゃって思った。ごめん、呼ばれたからまた今度なって、杉内をおいて教室に戻ったんだ。悪いなって思ったけど、また次話すときにぜったい謝ろうって思った。


 そしたら、数日後の終業式の日、帰りのホームルームのときに、杉内は親の転勤で転校することになった、今日が最後の日ですって、担任が言うんだよ。

 俺、冗談抜きに頭が真っ白になったよ。嘘だろって、そればっかり思った。ホームルームが終わって、解散になると、杉内はさっさと鞄を持って教室から出て行った。慌てて追いかけて、校門の前で声をかけたよ。そのとき振り向いた杉内の顔が、すげえ険しかったのを、いまでもよく覚えてる。


 転校するって本当かって訊くと、先生が嘘言うわけないじゃん、本当だよ、って。どこに転校するんだって訊いたら、沖縄の高校だよ、って答えた。

 俺、驚いて声も出なかった。そんな遠くに行っちゃうのかよって。そうしてたら、杉内が俺の後ろのほう指差して、友だち来てるよ、って言ったんだ。振り向くと、クラスのやつらがこっちに向かってくるところで、俺に手を振って、駆け寄ってくるやつもいた。

 じゃあね、って言って、杉内はさっさと帰って行ったよ。俺、ただただショックで、頭真っ白になって、馬鹿みたいにそれを見送ってた。俺はそれきり、杉内に会ってない。


 それからしばらくしてからだよ。あの日、杉内が廊下で話しかけてきたのは、転校のことを言いたかったんだって気づいた。俺と二人になる機会がなかったから、あいつが勇気を出して話しかけてきたんだって。

 なんであのとき、ろくに話を聞いてやらなかったんだろう。俺、なんて馬鹿だったんだって、後悔しか沸かなかった。次話すときに謝ろうと思ったけど、そんな機会は訪れなかった。仕方ないことだって忘れようとしても、どうにかして謝りたいって気持ちがいつまでも残った。


 連絡はさ、実は、とろうと思えばすぐとれるんだ。二年のクラスで作った文集に、杉内のメアドが載ってたから。メアドさえ変えてなければ、すぐにでも連絡できる。

 でも、俺は今日までメールを送ってない。いったい、どういう文面のメールを送ればいいのか、一向に思いつかないんだ。いきなり、ごめん、なんてメールが来ても戸惑うだろ? それに、そこまで親しかったわけでもないのに、わざわざ文集から探したアドレスにメールを送るんだ。普通、びびるだろ? そういう相手に送るなら、ちゃんとした理由みたいなのが必要なんじゃないかって気がしてきてさ。


 考えているうちに、杉内がこんなことを言ってたのを思いだした。

 杉内は、風景画だけじゃなくて人物画も描きたいけど、モデルになってほしい人がいても、なかなか声をかけられないんだって。それなら写真にでも撮って、それを見て描けばいいって言ったら、写真を撮らせてくれなんて言えない、隠し撮りなんてしても、カメラ目線じゃないと意味がない、って答えた。


 そのあとだよ。ちょっと照れくさそうに、こう言ったんだ。

 文化祭中、顔に特徴的なホクロがある子がいて、モデルになってくださいって言いたかった。でも、声はかけられなかった。あの子、にこにこ楽しそうに笑ってて、綺麗だったなあって。

 なんとなく、その言い方が年下の子を指してるような言い方だったから、一年生の子?って訊くと、杉内は珍しく苦笑いを浮かべて首を傾げてたよ。たぶん図星だったんじゃないかなって思った。それ以上は、訊いても答えてくれなかったけど、杉内があんなに人のことを褒めるのは初めてだったからさ。印象深かった。


 だからだよ。去年の一年生……つまり、いまの二年生に、杉内が描きたかった子がいるなら、その子の写真があれば、メールを送る口実になるんじゃないかなって思ったんだ。それで、顔にほくろのある二年生の女子の学生証を集めて、写真を撮った。俺、幽霊部員だけど、新聞部でもあるんだよ。校内新聞で、顔にほくろのある女の子の特集があったから、学生証の写真が手元にあるんだけど、もしかしたら杉内がモデルにしたかった子がこの中にいるんじゃないかと思ったってことにすれば、メールを送る口実になるんじゃないかと思って。そうやって、流れでメールを送れればさ、あのときはごめんって謝れるんじゃないかって。……そのあとにまた、前みたいに普通に話せるようになるんじゃないかって。


 ほんと、くだらない理由だろ? それに、一昨日までは、ほくろのある子の写真さえあればすぐにメールが送れるって思ったけど、いざそうなると、本当にこんな理由でいいのかって、それはそれで不安になってきてさ。……けっきょく、メールは送れてない。なにやってんだって感じだよ。

 川口さん、こんな意味不明な理由で学生証盗まれて、本気で焦ったろ? 本当にすまなかった。


25(大原あかり 14)


 そこまで話したあと、栗原先輩は深く息を吐いた。


「長い上にくだらない話でごめんな。自分で話しててもアホらしくて笑えてくるよ」


 ははは、と声を出して笑う。だけど、ぜんぜん上手に笑えてない。引きつってるようにすら見える。私たちの誰も、便乗して笑ってはいなかった。

 ――なんなんだろう、この、胸の中のもやもやしたものをピンポイントに突かれる感覚は。

 私は、目の前にいる栗原先輩が、くだらないことだとわかっているのに悩まずにはいられない彼の姿が、他人のように思えなかった。


 余計なお世話かもしれない。栗原先輩だって、本当はもうわかっているのかもしれない。

 そう思いながらも、口に出さずにはいられなかった。栗原先輩も、誰かに言われたがっているんじゃないかと思ったから。

 そして、それは私のためにもなると思ったから。


「……くだらないことなんかじゃないですよ」


 私は一歩前に出てそう言った。栗原先輩が驚いたようにこっちを見る。


「私も先輩の気持ち、すごくよくわかります。人と話すときとか、私も、いろんなことを気にするほうだから。こういうことを言ったら変な風に思われないかなとか、この人との距離はこれで大丈夫かなとか。いろいろ考えすぎて、大事なことはなにも言えないで終わることもしょっちゅうあります。メール送るときに、いちいち理由を考えるのもわかります」


 私は一つ息を吐いて、意を決して言葉を続けた。


「……私には、すごく大事な友だちが二人いるんです。まだ出会って一年半しか経ってないんですけど、私はその子たちのことがすごく好きで、高校を卒業したあとも、ずっと友だちでいたいなって思ってるんです。どっちか一人だけじゃなくて、二人ともとです」


 後ろにいる柚希が、なにか声を漏らしたのが聞こえた。構わず、話を続ける。


「けど、私がそう思ってることは、意外と向こうには伝わってなくて。それがわかったとき、私、すごくショックでした。どうすれば伝えられるかなっていろいろ考えて、頭こんがらがって、けっきょく、言いたいこと一つも言えなくて。でも、そんなにぐちぐち考える必要はないんだって気づきました。だって……」


 ペアゲームの最後の、谷先輩のプロポーズを思いだす。

 あれだ。

 あれと同じことをすればいいんだ。


「本当にその人のことを大事に思うなら、その人のことが好きなら……素直な言葉に勝るものはないんだから」


 無理に上手いことを言ったり、思慮に尽くした話し方をしなくても、思ったままの言葉をぶつければ気持ちは通じる。

 こんなに簡単なことはない。


「私、あとで、その友だちに自分の気持ちを伝えようと思ってます。余計なことは考えずに、ストレートに、思ってることを言うつもりです。それできっと伝わると思います。だから栗原先輩も、メールするのになにか口実を作ろうなんて考えないでください。……そんなことしなくても、きっとわかってくれますから」


 自分でも驚くほど自然に笑顔を浮かべて、私はそう言っていた。

 とん、と背中を叩かれる。藤井君が、よくやった、と言いたげな笑みを浮かべていた。


「大原の言うとおりっすよ、先輩。なんも考えねえで、一言、あのときはごめん! で送りゃいいんすよ」


 藤井君は屈託のない笑みを顔中に広げて、右手の親指を立てた。


「大丈夫! ぜったい返事来ますから!」


 底抜けに明るく、頼もしいぐらい力強い肯定だった。

 栗原先輩が硬い表情を崩し、小さな笑い声をもらす。

「……そうするよ。ありがとな」

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