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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
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解決編3 推理の道筋

続・23(川口柚希 13)


 嶋くんがそこまで言ったところで、堪えられなくなったのか、栗原先輩が吹き出した。そのまま下を向いて笑う。


「す、すげえなお前! 土の落ち方を見ただけで犯人だってバレちゃうのかよ。やべー、ちょっと怖いぐらいだわ」


 栗原先輩はそう言ったけど、正確には、嶋くんが栗原先輩に疑いを持ったのは、ハナマル食堂で例の小石を見たときからだそうだ。

 あの小石に黒土が付いてるのを見た嶋くんは、犯人は偶然に近い形で小石を持っていたのではないかと考え、穴の空いた靴を履いていた栗原先輩を思いだした。


 そこで初めて栗原先輩に疑いを持つと、彼がダンス部だったことを思いだし、そういえば昨日の写真に写っていた栗原先輩は制服で司会をしていなかったかと思い当たった。藤井に写真を見せてもらって自分の記憶に間違いはなかったと確認し、前座に出演する栗原先輩の姿も見つけ、アリバイが崩れることを確信できた。そして、部室前にあった黒土の落ち方で、栗原先輩犯人説は決定的になった。


 これが一連の推理の流れだそうだ。

 やべーやべーと、栗原先輩はまだ笑っている。


「まさか靴の中に石が入ったことまで見抜かれるとはなー。マジでびっくりだよ」


 お前、警察か探偵になれるんじゃね? と嶋くんに笑いかける。あっさり認めたうえ、怒ってる様子もない。

 栗原先輩の気さくさに気を良くしたのか、藤井が軽い口調で言った。


「でも、先輩が今日も川口の学生証を持ってきてくれてて助かりましたよー。おれら、どっかに捨てたんじゃねえかって心配してたぐらいです」

「まさか。人の学生証盗んで、捨てたりしないよ。誰かが発見したとしても生徒会室に届けてくれる保証はないしな。今日、この学生証の持ち主を見つけられなかったら、武広高校に持って行くつもりだった。家からそんなに遠くないからさ」


 嶋くんが意外そうな表情で尋ねる。


「今日見つけられなかったらって、なにか、見つけられる宛てがあったんですか?」

「ああ。昨日、学生証を抜き取っていったとき、一つだけ公星指定のものじゃない、灰色の鞄があったのを覚えててさ。武広高校の学生証が混じってるのに気づいたときはすげえびびったけど、たぶんあの鞄から取ったんだろうってことはわかった」


 誰かが友だちか兄弟かの鞄を間違えて持ってきたんじゃないかということも、すぐに見当がついたそうだ。


「でも、他の学生証と一緒に二年の教室の前に置いていいものかわからなくてさ。それよりは、あの灰色の鞄に戻したほうが確実だと思った。……だけど昨日は、二年の荷物置き場にはずっと人がいて、入れなくてさ。帰りながら武広高校に届けようとも思ったんだけど、帰るのが遅くなってそれも無理だった。だから今日、早い時間に改めて二年の荷物置き場に行って、あの灰色の鞄に学生証を入れようと思ってたんだ」


 だけど、今日は灰色の鞄はなかった。柚香はちゃんと、公星高校の指定鞄を持ってきたから。

 返す宛てがなくなった矢先、ペアゲームにわたしが出て来たのを見て、すぐにあの学生証の子の姉妹だと気づいた。野球部だと知って、部室前に置いておけば発見してもらえると思ったのだそうだ。


「ペアゲームのあとに、藤井くんがメガホンを持ったまま川口さんたちと話してるの見たからさ。あとでメガホンを返しに部室に行くだろうっていうのは予想できたから、すぐに発見してもらえると思ったんだ」


 そういうわけで、チャンスはいましかないと、ペアゲームのあとはダッシュで部室に行き、学生証を置いていったらしい。

 こうして聞くと、栗原先輩もかなりわたしに気を遣ってくれていたんだとわかる。この人なら、お願いもきいてくれるだろう。


「いろいろと考えてくれてありがとございます。……それで、あの、栗原先輩、お願いなんですけど。わたしが双子だってこと、内緒にしてくれませんか? このこと、ここにいるメンバーしか知らないんです」

「え。でも、小松は知ってるだろ?」


 わたしたちのあいだにどよめきが広がる。栗原先輩は戸惑いの表情を浮かべて、


「だって、プロポーズのときに「ユズ」じゃ駄目だったのは、妹さんの名前と似てるからじゃないのか?」


 すごい。わたしは思わず嶋くんを見る。彼の言ったとおりだ。

 犯人がわかったとき、嶋くんはわたしと柚香に、栗原先輩は明日香先輩が双子のことを知っていると勘違いしている可能性があると語った。


 明日香先輩が嶋くんのプロポーズに駄目だしするとき、「ユズ」から「柚香」に言い直させたのは、プロポーズのときに愛称で呼ぶのはふさわしくないと思ったからだろう。だけど、わたし――双子の妹の柚希の存在を知っている犯人はどう思うだろうか。

 明日香先輩は川口柚香に双子の妹の柚希がいることを知っていて、「ユズ」だと妹の柚希と区別が付かないから、柚香と言い直させたんじゃないか。そういう風に取ってしまうかもしれない。

 実際、嶋くんのプロポーズが終わったあと、栗原先輩は言った。

 ――ちゃんと最後まで名前を言って、誰に告白してるかわかるようにしましたね、と。


 愛称で呼んでいたのを本名で呼び直したことを褒めるにしては、なんだか持って回った言い回しではないか。むしろこの発言は、柚香か柚希、どっちに告白してるかわかるようにしましたね、というように聞こえないか。


 もちろん、単なる考えすぎの可能性もある。だけどもし、この考えが当たっていたら……。

 今夜はペアゲームのメンバーで打ち上げをすると言っていた。そのとき、唯一の二年生ペアだったわたしたちのことも話題に上がるかもしれない。

 そんな状況で、栗原先輩は明日香先輩が双子のことを知っていると勘違いしている。司会同士で仲のいい二人だ。栗原先輩も明日香先輩の前ならついつい気が緩んで、そういえばお前の後輩の川口さんは双子なんだよな、なんて、口を滑らせてしまうかもしれない。


 ほとんどが憶測で、論理的に強い根拠はない。だけどわたしも柚香も、この危険性を無視することはできなかった。

 だから、栗原先輩を呼んで、あなたが学生証コレクターですかと直接訊いてみようということになった。


「明日香先輩にも言ってないんです。その……昔、双子ってことが広まって、いろいろと冷やかされたりしたので。できるだけ周りには秘密にしておきたいんです」

「そうなのか。……それなら、うん。言わないよ」


 ちょっと訝しそうな顔をしながらも、いちおう了承してくれた。よかった。


「でさ、俺からもお願いがあるんだけど……俺が「学生証コレクター」だってことも、秘密にしてくれないか? 文化祭のおふざけっぽくしたけど、やっぱりちょっとさ」

「わかりました。俺たちも秘密にしておきます」


 力強く頷いたあと、嶋くんは少し首を傾げて、


「でも、どうしてこんなことをしたんですか? わざわざほくろのある人を選んだってことは、文化祭の悪ふざけってだけじゃないんでしょ」


 栗原先輩は苦笑いを浮かべて、頬をかいた。


「ああ、ターゲットの基準まで気づいてたのか。やっぱすげえな。まあ……なんだ。まず最初に言っておきたいのは、盗んだ学生証を悪事に利用したりするつもりはなかった。住所を控えることもしてない。……ただちょっと、写真の部分だけ撮影したんだよ」

「写真って……先輩、やっぱり顔ほくろフェチだったんすか?」


 藤井の発言に、違う違う、とかぶりを振る。


「俺はそういう趣味ないよ。でも、そうだな。別の人が、もしかしたらそういう趣味だったかもしれなくてさ……あー」


 がりがりと頭をかいて、


「悪い。ちょっと長いうえにすげえくだらない話だけど、気長に聞いてくれるか?」


 そう前置きする栗原先輩の目には、腹を括ったような光が宿っていた。

 わたしたちは頷いて、いままで以上に真剣に話を聞いた。

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