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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
38/42

解決編2 写真と黒い土

23(川口柚希 13)


 時間にすれば、三十秒もなかったと思う。だけどわたしには、その沈黙が異様に長く感じた。


「……俺が犯人かあ」


 嶋くんに名指しされたあと、栗原先輩はそう呟いて、気詰まりな静寂を破った。隠してるのか、それともまったく動じてないのか、動揺や怒りは見られない。


「だけどそれだと、おかしくないか? 犯人は昨日のペアゲーム中に学生証を返して回ったんだろ。俺、昨日も司会をやってたんだぜ? 返しにいく暇はなかったはずだろ」

「そうですね。俺たちも最初はそう思って、先輩は真っ先に候補から外してたんです」


 でも……と続ける。


「先輩には、僅かですが動き回る時間があったんじゃないですか? 昨日のペアゲームの前座は、ダンス部のパントマイムでしたよね」


 ポケットからケータイを出す嶋くん。そこには、壇上に立ってパントマイムをするダンス部の写真が表示されていた。特別教室棟一階に展示されている写真だ。

 そのダンス部のうちの一人、前の人に隠れて顔が下半分しか見えていない人を指差す。


「これ、栗原先輩ですよね?」

「……ああ、そうだよ」


 やっぱりそうだったんだ。

 シチュエーションゲームのシンキングタイム中、栗原先輩は、ダンス部伝統のロボットダンスを披露してくれた。つまり、明言はしてなかったけど、栗原先輩はダンス部だったんだ。だから昨日の前座にも出演していた。顔がはっきり写ってないから、みんな、すぐには気づかなかったけど。


「このとき先輩は、他のダンス部と同じように、白いトレーナーと迷彩柄のズボンを履いています。ですが、司会をしているときは……」


 画面の写真を切り替える。マイクを持って司会進行役を務める、明日香先輩と栗原先輩の写真だ。


「見てのとおり、司会用に少しアレンジした制服を着ています。つまり栗原先輩には、ダンス部としてパントマイムを披露したあと、制服に着替える時間があったということになりますよね?」


 栗原先輩は肯定も否定もしなかった。


「今日の前座のアカペラ部がそうだったように、ダンス部の人たちもわざわざ制服に着替え直しはしなかったでしょう。前座が終わると、そのままペアゲームを観戦した。栗原先輩は司会用の衣装に着替えるあいだは一人だったということになる。着替え場所は、教室棟一階の多目的教室でしょう? 文化祭中はそこが男子の更衣室ですし、アカペラ部もそこで着替えているのを藤井が見ていますしね。同じ教室棟なら、着替えを済ませたあと、急いで二、三階の二年生の教室に行き、学生証を置いても、ほとんど時間はかからないでしょう。そのあと、中庭に戻ってペアゲームの司会をすればいい」


 この場では省略したけど、ハナマル食堂でわたしたちに推理を聞かせてくれたとき、嶋くんはこうも言った。

 これなら昨日、わたしの学生証をペアゲーム中に生徒会室前に置いていかなかった理由も説明がつく。正確には置いていけなかったんだ。教室棟で着替えて学生証を置いていったあと、特別教室棟の生徒会室にまで寄る余裕はなかったんだろう、と。

 栗原先輩はなにも言わない。黙って嶋くんを見ている。しばらく沈黙が続いた。わたしやあかりはもちろん、藤井も空気を読んで黙っていた。

 やがて、息が詰まりそうな静けさが破れた。ぶ、と栗原先輩が吹き出したから。


「すげえなお前! 名探偵か? よくわかったな。まさか本当に見つけられるとは思わなかったよ」


 そのまま、笑いながら手を叩く。わたしたちは思わず顔を見合わせてしまった。さっきまでのぴりっとした空気はどこに?


「ええっと……じゃあ、本当に栗原先輩が盗んだんですか?」


 戸惑いながらそう訊く嶋くん。栗原先輩はうんうん頷きながら、


「そうだよ。お前の言うとおり、俺が……ん? いや、待て待て。証拠がないな。いままでのは全部、状況証拠でしかない。俺がやったっていう確実な証拠はあるか? な、名探偵ならあるだろ?」


 目をきらきらさせて、嶋くんに尋ねてきた。なんだろう、いろんな反応を想像してたけど、こればっかりは予想してなかった。

 どうしたものかという感じの嶋くんを、藤井が肘でつつく。その顔は半笑いだった。


「だってよ、良次。言ってやったらいいんじゃね?」


 栗原先輩の場違いなノリに、真っ先に同調したみたいだ。その隣で、あかりもふっと表情をゆるめた。


「うん。……よかったね、先輩、怒ってないみたいじゃん」


 最後の一言は、わたしたちにしか聞こえないよう、かなり小さい声だった。

 確かに、あかりと藤井の言うとおりかもしれない。たぶん怒るだろうなって思ってたから拍子抜けしたけど、この様子だとおかしなことにはなりそうにないし。わたしも嶋くんに小さく頷いてみせた。

 嶋くんはちょっと苦笑しながらも、さっきより明るくなった声を出した。


「わかりました。決定的な証拠と言えるかはわかりませんが、さっきの話では省略した、先輩が犯人だと思ったもう一つの理由があるんです。部室前に返された学生証の上には、重石として石が乗せられていました」

「ああ、乗せた乗せた」

「ええっと……。その石にはですね、黒い土が付着してたんです。この学校で黒い土があるところは裏庭しかありません。つまり、犯人は重石用の石を裏庭から取ってきたことになります。部室の近くにはグラウンドがあるのに、わざわざです」

「うん。なんでだろうな?」


 本当に楽しそうに相づちを打ってくる。それに気をよくしたみたいで、言ってやれ言ってやれ、と藤井が嶋くんをせっついた。


「そうですね。この場合、わざわざ部室前から引き返して裏庭から石を取ってきたとは考えにくい。犯人はもともと裏庭の石を持っていたと考えるべきでしょう。では、なぜ裏庭の石を持っていたのか? 中庭から部室へ行くのは、部室ルートを通ったほうが近いのは確かですが、あのときは中庭に人が大勢残っていたので、遠回りになるが人目につかない裏庭ルートを使って部室前にいったのでしょう。じゃあそのとき、裏庭を通るついでに重石にしようと石を調達したのでしょうか? でも俺は、それは考えにくいと思います。なるべく人目につかないようにしたいはずなのにそこまで気が回るとも思えないですし、グラウンドにだって石はありますから」

「わからないぞ。よく気がつく犯人だったかもしれないじゃないか」


 愉快そうに栗原先輩が茶々を入れる。嶋くんは苦笑いで、そうですね、と言ったあと、


「その可能性ももちろん捨て切れません。でも他に、もっと自然に犯人が裏庭の石を持っていたと考えることができます。さっき部室の前に行ってきたんですが、そこに黒土が落ちてたんですよ。範囲こそ狭いですが、掌にすくった土をそのままこぼしたみたいに、一箇所にさーっと広がっていました。重石に黒土が付いていたことから、その黒土は犯人が運んできたと考えられます。だけどそれなら、なぜ黒土は掌にすくってこぼしたような落ち方になっていたのでしょうか?」

「犯人は裏庭で石を拾うとき、掌に土ごとすくって、そのまま持ってきたのかもな」

「まさか。……でも、思いがけずそれに近い状況になっていたんでしょうね。あの土の落ち方、俺は見覚えがあります。たぶん野球部員ならみんなあるでしょうね。

 グラウンドを走り回ると、靴の中に土が入ることが多々あります。それをとりだしたいとき、これは誰でも同じだと思いますが、脱いだ靴を傾けて中に入った砂を踵のほうに集めて、そのまま逆さにして地面に落とすはずです。そうやって砂を落とすと、まるで掌ですくった砂をそのままこぼしたような落ち方になるんですよ」


 栗原先輩は口許を手で覆った。気分が悪くなったのかもと思ったけど、違う。笑いをこらえてるんだ。


「だけど、靴の中に入る異物はなにも土だけではありません。一緒に小石が入ることもあるんです。使い古して穴の空いた靴を履いていれば、けっこうな大きさのものが入ることもあります。たぶん犯人は、裏庭を通ったときに靴の中に小石が入ったんです。それでもわざわざ途中で立ち止まって取り出すことはしませんでしたが、部室前に着いたとき、学生証に重石が必要だと気づいた。しかし、辺りには重石に使えそうなものがない。そこで、靴の中に入った石を使えばいいんだと思いついた。だから部室前で靴を脱いで、逆さにしたんです。そのとき小石と一緒に土も出てきて、部室前にああいう形で黒土が残った。……それで、栗原先輩」


 嶋くんの目線が、栗原先輩の足元に向けられた。


「あなたは今日、普段はいている靴を濡らしてしまったとかで、ペアゲーム中はずっとその靴を履いていましたよね?」


 栗原先輩の履いている靴は、ペアゲーム前に稲葉先輩が持ってきた、右足の親指のところに大きな穴の空いたぼろぼろのシューズだった。


「その靴で中庭を歩いたなら、中に小石が入ることは充分にありえます。文化祭中に、小石が入るほどぼろぼろの靴を履いていた人は、そう多くはないでしょう。その中の一人である栗原先輩は、今日のゲーム参加者の中で唯一、「学生証コレクター」である条件をすべて満たしている。ここまで考えたから、俺は、あなたが犯人だと思ったんです」

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