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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
36/42

ハナマル食堂の推理会 3

21(川口柚香 12)


 入店して二十分ほど、メニュー表を開く気配すら見せないわたしたちに痺れを切らしたのか、店員さんが伝票を手にオーダーを訊きに来た。一人一個ずつおにぎりを頼んだあと、話を再開する。


「全員除外されたってことは、どこかで推理を間違えてるってことよね?」


 わたしの言葉に、嶋くんは唇を噛みながら頷いた。


「だろうな。ゲーム参加者の中に学生証コレクターがいるってところまでは間違ってないとすると、除外するべきではない人を除外してしまったんだ。でもそれが誰か、さっきから考えてるけどわからないんだよ」

「ちょっと待てよ良次。さっきから考えてるけどってお前、全員が除外されることに、おれたちが言う前から気づいてたってことか?」

「ああ、いちおう。間違えた推理を話しても混乱させると思って、じゃあどこで間違えたんだろうってずっと考えてたんだ」

「いいからそういうのはすぐ言えって。いいキャッチャーってのは、気づいたことはとりあえずすぐ言うんだぜ。それは推理も同じじゃねえのか?」


 藤井のめちゃくちゃな理屈に、それもそうか、と嶋くんは納得している。この二人、いつもこんな感じの会話してるのかしら? ちょっと嶋くんが心配になる。


「でもいったい、どこで間違えたんだろうね? 聞いてる限りだと、そんなに的外れなことは言ってなかったと思うんだけど……」


 あかりの言葉に、嶋くんがまた真剣な表情に戻って顎に手を当てる。いままでの推理を思い返して、検証し直しているんだろう。

 正直わたしは、犯人が誰かなんてことにあまり興味はない。そりゃあ、はっきりわかれば一番いいだろうけど、この方法だと確立が高そうな人はわかっても、百パーセント確実に犯人を突き止めることはできない。更に言えば、参加者の中に犯人がいたかもということも半信半疑だ。なんらかの理由で部室に返しただけなんじゃないかとも思う。


 もう学生証は戻ってきたわけだし、こんなところでぐちぐち考えてるより、身体もだるいしもう家に帰りたい。さっきは遠回しに藤井にそう伝えたつもりだけど、あの野郎はまったく気づかなかった。

 だけど……ね。真剣に推理している嶋くんを見ると、解散しなくて良かったと思う。こうしてじっと頭を整理してるときの嶋くん、かっこいいのよね。うん、この表情が見られただけでも良かった。


「お前らもさ、なんでもいいから気づいたことねえか?」


 藤井にそう訊かれ、柚希とあかりはしばらく考えてかぶりを振った。

 わたしはというと、一つ変なことがありはしたけど、これ、推理には関係ないと思うのよね。……ま、このまま沈黙が続くのもよくないし、とりあえず言うだけ言っておこうかな。


「たぶん学生証コレクターには関係ないと思うけど、一人、変な人なら見たわよ。ペアゲーム中にね、二年四組に女の人がやってきたの」


 興味深げにこっちを見てくる四人。わたしは事のあらましを語った。

 話を聞き終わると、藤井は腕を組んで首を傾げる。


「教室に来て、鍵を開けて中に入って、しばらくたそがれてまた出て行ったってことか。そりゃあ確かに変な人だな。ウチのOGか?」

「鍵の開け方がかなり手馴れてたから、そうだと思うわ。でも本当に、教室でしばらくぼうっとしたあとで、すぐに出て行ったのよ。なにかを置いていくとか、持って行くとかもなかった」


 本当は、ぼうっとしていたんじゃなくて泣いてたんだけど、なんとなく口にするのは憚られた。軽々しく言っていいことじゃないような気がするのだ。

 ねえ、と柚希が控えめに話し始める。


「あの、もしかしたらだけど、その人が教室に入っていくのを、犯人は廊下から見てたんじゃないかな?」


 どういうことだよ、と藤井。


「だからね、えっと、二年四組の教室に学生証を返しに行こうとしたとき、女の人が教室に入っていくのを見た。これじゃ学生証を返しにいけないと思った犯人は、中庭に引き返してペアゲームが終わるのを待って、そのあとで部室に学生証を返した。これなら、辻褄が合うんじゃないかなって」

「つうことは、犯人がペアゲームの参加者だっていう前提から崩れるってことか?」

「う、うん。たぶん」


 ふうん、なるほど。実はこれ、わたしも考えたのよね。

 だけど――。


「それならそれで、廊下の目立つところにでも置いておけばいいのよ。そうすれば誰かが発見して、勝手にわたしに届けてくれるんだから」


 昨日まで、犯人は武広高校の「川口柚希」の姉が公星高校にいることを知らなかった。だから他の学生証と一緒に廊下に置いていくことはできなかったけど、今日は違う。


「ペアゲームに出た「川口柚香」を見た時点で、犯人は、あの武広の学生証の子の姉妹だって気づくでしょ。これだけ顔も名前もそっくりなら、二年生の誰かが学生証を発見すれば、すぐにわたしに届けてくれる。犯人にもそれはわかったはずよ」

「なるほどな。わざわざ教室棟まで来たんなら、引き返して部室に行くより、廊下に置いていくだろうってことか」

「そういうことね。柚希がいった可能性も、もちろんゼロじゃないけど、それよりは参加者の中に犯人がいたって考えるほうが自然じゃない?」


 最初からそう思っていたから、わたしは強いてまであの女の人のことは話さなくていいかなと思っていたのだ。

 柚希と嶋くん、あかりも、わたしの意見に頷く。けっきょく、進展なしのふりだしだ。

 藤井が壁にもたれかかり、はー、とため息をついた。


「川口姉の言うとおりだな。その女の人、あんまり事件とは関係ねえのかもな」

「わたしもそう思う。ちょっと高校生活が懐かしくなってたそがれに来た人だったんじゃないかしら」

「だろうなあ。……あ、そういえばよ」


 藤井がポケットからなにか取り出し、テーブルに置いた。これは……。


「小石? どうしたのよ、これ?」

「学生証は靴脱ぎマットの上に置いてあったっつっただろ? それが押さえに使われてたんだよ。たぶん風に飛ばされないようにだろうな」


 小石は親指の爪ほどの大きさだった。学生証の重石としては充分なサイズだろう。手に取ってみても、黒土が付いているぐらいで特に変わったところはない。


「よくこんなものまで持ってきたわね」

「おう。学生証コレクターを特定する手がかりになるかもと思ってよ、学校出る前に部室前に戻って、取ってきたんだ」


 えへんと胸を張る。さっき情報の独り占めは駄目とか言ってたくせに、あんたもやってたんじゃない。


「私にも見せて」


 あかりが身を乗り出して手を伸ばしてきた。渡すと、ありがと、といつもどおりの笑顔を浮かべる。

 今朝、わたしにも柚希にも気を遣わず、好きなように接していいと言ったあとから、あかりは少しわたしと話しづらそうにしていたけど、いまはそれがなくなっているように思えた。少し時間が経ったおかげだろうか。それとも、二人きりになるとまた違うのかな。


「ただの小石だね。……柚希も見る?」

「あ、うん」


 はい、と笑いながら小石を手渡す。わたしと柚希で特に変わった態度を取っているようにも見えない。

 柚希はしばらく小石を見たあと、なにも変わったところはないと言いたげな表情を浮かべ、嶋くんに石を渡した。意味あるのかこれと思ってたけど、小石を見た嶋くんの表情が変わった。目を大きく見開き、穴が空きそうなほど凝視している。


「なあ、一樹。これ、マットに置かれてたのをそのまま持ってきたんだよな?」

「そうだぜ」

「どっかに落として汚したとか、そういうこともない?」

「ねえよ。拾ってすぐおれのポケットに入れて、いま始めて取り出した。……なんか変なことでもあるのか?」

「ああ。石についてるのは黒土だ。つまり、この石は裏庭にあったものだってことになる。なんでわざわざ裏庭の石を重石に使ったんだ?」


 ああ。校内で黒土があるのって、裏庭しかないもんね。でも、そんなに驚くことかしら。


「単純に、犯人が裏庭を通って部室に行ったからじゃない? ゲームが終わったあとも、中庭には人が大勢いたんでしょ。中庭にいる人たちからは部室ルートが丸見えだから、人目に付かない裏庭ルートから部室に行った。その途中で石を調達した。それだけじゃないかしら」

「もちろん、そう考えることもできる。でも、もし犯人と同じ立場だったら、学生証の重石が必要になるだろうから裏庭の石を持っていったほうがいい、ということまで頭が回るかな?」


 それは……言われてみれば微妙なところだ。


「そうね、そんなことまで気づかないかもね。部室前に着いて、学生証を置こうってときに、そうだ、重石がないと風で飛ばされる、って気づく人が一番多いんじゃないかしら」

「だよな。でも、あとになって重石が必要だと気づいたなら、わざわざ裏庭にまで戻らず、グラウンドの石を使うだろ。だけど実際は、裏庭の石が使われていた。ということは……もしかしたらこの石は、重石に使うという明確な目的があって裏庭から持ち出されたんじゃなく、偶然に近い形で最初から犯人の手にあって、部室周りに他に重石代わりになるものがなかったから使ったというだけなんじゃないかな」


 嶋くんの言わんとすることを理解するのに少し時間がかかった。

 ええっと……犯人は重石に使おうという気はまったくなかったけど、偶然、裏庭の小石を持っていて、ちょうどいいからこれ使っちゃおう、ぐらいのノリで重石にした、って言いたいわけよね。

 でも、偶然に近い形で裏庭の小石を持っていたって、どういう状況よ。気がついたらポケットに入ってる糸くずじゃないんだから。

 そこのところを詳しく問いただしたいところだけど、当の嶋くんが、


「でもそれなら、昨日はどうやって……」


 と、顎に手を当てながらなにやらぶつぶつ呟いている。いったいなんなのよと思うけど、無闇に話しかけるのを躊躇わせる雰囲気だった。藤井ですら黙って見ているだけだ。

 注文したおにぎりが運ばれてきたので、嶋くん以外の四人で食べる。思ったよりボリュームがあって全部食べるのは無理そうだったので半分に割ると、食わないんならくれとせがんできた藤井に片方はあげた。

 おにぎりを食べ終わり、風邪薬を取り出したときだった。


「一樹。ちょっとケータイの写真見せてくれないか」


 やっと顔を上げた嶋くんが、藤井に頼んだ。


「写真って、なんの写真だよ?」

「今朝、写してたろ。特別教室棟に展示されてた、昨日のペアゲームの写真だよ」


 あれか、と納得して、藤井はケータイを嶋くんに渡した。受け取り、無言で写真を凝視する。


「なにかあるのかな?」


 柚希が呟いたけど、さあ、と答えることしかできない。なにをあんなに熱心に見ているのか、まったく見当もつかなかった。


「私も同じ写真撮ったよ」


 あかりが、ケータイを机の中央に置いた。わたし、柚希、藤井が、揃って覗き込む。

 前座にパントマイムを披露するダンス部、司会をする明日香先輩と栗原先輩、優勝して抱き合う稲葉先輩と村中くん。

 今朝見たのと同じ写真だ。取り立てて変なところがあるようには思えない…………って、あれ? 顔がはっきりとは写ってないけど、ここでダンスしてる人って、もしかして。


「なあ、川口……二人とも」


 わたしが目を細めて写真を見ていると、いつのまにか、嶋くんが顔を上げていた。


「昨日、犯人を突き止められたら、妹さんのことを口止めするように頼みたいって言ってたけど、それはいまも変わってないか?」


 それは……確かに学生証が盗まれたと気づいた直後にそう言いはしたけど、あれから状況が変わったのも事実だ。


「でも、犯人はペアゲームを見るまでわたしのことをまったく知らなかった人だってわかったからね。口止めしなくても柚希のことを言いふらすとは思えないし、変につついて薮蛇になるぐらいなら、気づかないふりをするのも手だと思うわ」

「そっか。……じゃあ、口止めしないとそれを誰かに言ってしまう可能性があるとしたら?」


 え。

 柚希と顔を見合わせる。目を大きく見開き、驚きを全力で表現している。恐らくわたしも同じような顔をしているだろう。柚希が怖怖といった様子で尋ねた。


「嶋くん……犯人がわかったの?」

「たぶんだけど。その上で、もしかしたら口止めしないと誰かに喋ってしまう可能性があると思ってる」


 たぶん、と謙遜したわりには、嶋くんの口調からは自信が感じられた。彼の言うことが本当なら、無視するわけにはいかない。わたしは嶋くんに頼んだ。


「どうしてそう思ったのか聞かせて。誰が犯人なのかから、順序立てて」


 顎を引く嶋くん。わたしと柚希はもちろん、あかりと藤井も身を乗り出すようにする。その雰囲気に圧される様子もなく、嶋くんはいつもどおりの声で自分の推理を披露した。


     *


 七時を過ぎとなるとすっかり陽が暮れ、空気も肌寒くなっている。風邪を引いている身としては、もう家に帰ってベッドで横になりたいところだけど、それができるのは当分先になりそうだ。

 わたしたちは公星高校に戻ってきていた。見張りの先生も立っていなかったので、わたしも堂々と校門から中に入れた。

 中庭を通り、体育館の前まで来ると、中から興奮した声が聞こえてくる。後夜祭が終わるまで、予定ではあと十分ほどだ。


「どっかで時間潰さなきゃな」


 藤井の言葉に、みんなで頷く。

 ハナマル食堂で聞いた嶋くんの推理は、実に理路整然としたものだった。どのくらい理路整然としていたかというと、もう、聞いていて思わず舌打ちしたくなるぐらい。

 確かにそれだと犯人があの人ってことになるなあ、あの人が犯人なら確かにわたしたちが双子だってことを漏らす可能性があるなあと、いちいち納得できるのだ。そしてそれは、いまから学校に戻って犯人に接触し、柚希のことを口止めする必要があることを意味していた。早く帰りたいわたしとしては忌々しさを感じざるを得ない事態である。


 それでもやっぱり、一人だけ帰ってあとはみんなに任せる、なんてこともしたくない。嶋くんの話が終わったあと、全員一致で、学校に戻って犯人と話をしたほうがいいということになった。

 でも、あの人は後夜祭が終わるまで外に出ないだろう。あと十分をどうするか、だけど。

 嶋くんが部室ルートを指差した。


「ちょっと部室に行ってもいいか?」

「いいんじゃね? あ、でも、めちゃくちゃ汚れてるぜ」

「中には入らないよ。入り口のほうを見たいんだ」


 五人揃って部室まで移動。後夜祭中は体育館のカーテンを閉めているので、目撃される心配がなくて助かる。

 部室前に着くと、嶋くんは目ざとくそれを見つけた。マットの前にしゃがみこむ。


「これ」


 と、見つけたものを指差す。

 そこには、黒い土が落ちていた。

 靴底についていたのが、歩いているうちに落ちたという感じではない。量はそんなに多くないけど、掌ですくった土を、そのまま下に落としましたというように、一箇所にさーっと広がっている。


「……この土、いつからあったのかしら?」

「今日なのは間違いない。俺、今朝部室に来たとき、ここを箒で掃いたんだよ。だからこの土は、それ以降にここに来たことになる」


 わたしはもう一度、黒土に目を向ける。

 この量、風に運ばれて飛んできましたー、というわけでもないだろう。とすれば、誰かが運んできたのだ。

 誰が? そんなの犯人に決まってる。

 そして、この土の落ち方――。

 わたしたちは顔を見合わせた。

 この土は、嶋くんの推理がより一層確かなものになったことを意味していた。

次回から解答編に入ります。

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