ハナマル食堂の推理会 2
続・20(藤井一樹 10)
コップの水を興奮とともに一気飲みする。そのあとで、おれに熱い視線を送ってくる四人の観衆たちに話を披露するべく口を開いた。
「いま残ってる候補は大石先輩と本多先輩の二人だ。だが、思い出してみろ。以心伝心ゲームで、宮本先輩は本多先輩の好物をこんにゃくと答えた。一日目の朝、お化け屋敷を開ける前のミーティングで、本多先輩がずっとこんにゃくを顔に当てていたからだってな。それに対して本多先輩は、顔が火照って仕方なかったからそうしてただけだっつってた」
あのときはなんとも思わなかったが、いまならはっきりわかる。この発言はおかしい。
「だけどよ、昨日は昼ごろからこそ陽が出て暑くなったが、午前中は天気が悪かったじゃねえか。時々小雨も降って、肌寒いぐらいだった。なのになぜ、冷たいものを当てたくなるほど顔が火照っていたんだ?」
ジンベエ姿のおれはもちろん、ちゃんと制服を着ていたやつらも寒がっていた。相当なことをしない限り、顔が火照ることはなかったはずだ。
川口姉は自分の顔を指しながら、
「わたしみたいに風邪を引いてたとか?」
「それなら今日も、なにかしら体調の悪そうな様子が見受けられるはずだ。だけど本多先輩はペアゲーム中も元気で、前日体調を崩したような様子はなかった」
「そうなの。じゃあ、本多先輩はもの凄い暑がりだったんじゃない?」
おお。いいとこ突くじゃねえか。
「昨日のある時間帯だけは、そうだったんだろうぜ。お化け屋敷を開ける直前のミーティングってことは、言い換えればオープニングセレモニーが終わった直後だろ? そのセレモニー中、本多先輩は蒸し暑い格好をしてたんだよ」
女子三人が、きょとんとした表情で首を傾げる。が、すぐに大原が、あっ、と声をあげた。
「着ぐるみ! 三年六組のお化け屋敷の宣伝をしてた、あの着ぐるみのことだね?」
「そう。本多先輩は三年六組だっつってたもんな。直前まであれを着てたなら、開店直前に顔が火照ってたのも納得できるだろ。雨が降って気温が多少低くなろうと、着ぐるみの中にいたなら相当蒸し暑いはずだからな。あれはかなり本格的な着ぐるみだったから、脱ぐのも着るのも時間がかかるはずだ。そんな格好をした人が学生証を盗みには行けねえ。だから本多先輩には不可能だ」
そもそも、おれはあのぬいぐるみがセレモニー中はずっと校門前にいたのを確認している。単なる目立つ者への嫉妬だったが、こんなところで役に立つとは。
納得する大原と川口妹の横で、姉が怪訝そうに眉を潜める。
「そんな着ぐるみ着てた人がいたの? わたし、一回も見てないけど」
「ああ。そういや、おれも見たのは昨日のセレモニー一回きりだな。目立つけど、思った以上に大変だったからすぐやめたんじゃね?」
「ふうん。……でも本当に本多先輩が着てたなら、着ぐるみ着てたから蒸し暑くてこんにゃくを顔に当ててたんですよーって言いそうじゃない?」
「えっ……。それはあれだよ。なんか恥ずかしかったんじゃねえ?」
「本多先輩が? 声しか聞いてないけど、そういうのを恥らうどころか、むしろ積極的に言いいそうなタイプだと思ったわよ。それに、顔が火照ってたからって、本多先輩が着ぐるみを着てた人だってすぐ考えるのはちょっとね。説得力はあるけど、あともう一押し足りない気がする」
じろりと睨むような目を向けてくる。
くそ、急にいちゃもんつけてきやがって。お前は練習試合で急造審判のストライクゾーンに細かくいちゃもんつけてくるバッターかよ。言っとくけどな、ストライクゾーンのみきわめってめちゃくちゃ難しいんだぞ! 練習もしてねえのに主審やってやるだけありがたいと思いやがれ!
「……言わなかったんじゃなくて言えなかったんじゃないかな」
場の空気を打開するように、力強い声が響いた。おれじゃない。良次だ。
「あの着ぐるみは本格的なものだった。雑貨屋のパーティーグッズ売場に置いてあるようなものじゃない、ちゃんとすっぽり頭を覆う、それこそ遊園地で使われていてもおかしくないような感じの。じゃあその持ち主は、そんなものをどこから持ってきたと思う?」
どこから? そんなの、いまの時代ならネットで取り寄せられる……いや、それができたとしてもかなり高くつくな。文化祭のクラスの宣伝のためにそこまでするかって考えると、ちょっと苦しい。だとすれば。
「誰かから借りたってことか?」
「だと思う。ただ、借りたんじゃなく無断で持ち出したんだ。……本多先輩、言ってただろ? お父さんはレンタル衣装のお店を経営してるって。その事務所に着ぐるみもあったんじゃないかな」
あ。そういや二人羽織りのあとに、そんなことも言ってたな。
「前に二人羽織りの衣装を勝手に持ち出して、あとで怒られたとも言っていた。それと同じことをまたやったんだよ。だからゲーム中、着ぐるみを着ていて暑かったからこんにゃくを顔に当てたとは言えなかった。知ってのとおり、ペアゲームには本多先輩の両親も来ていたからな。それから、あの目立つ着ぐるみがどうしてオープニングセレモニーのときしか使用されなかったのかもこれで説明がつく。外部の人が入ってくる時間帯に着ていると、お父さんに目撃されて怒られるかもしれない。……そうそう売ってないだろう着ぐるみを持ち出せる人物で、更にセレモニーのあとは顔が火照っていた。これらの条件を考えると、あの着ぐるみに入ってたのは本多先輩だって可能性はかなり高いんじゃないか?」
これだけの推理を淀みなく言い切った。川口姉も首を縦に振る。
「納得。さすが嶋くんね」
くそ、なんかおれじゃなくて良次の手柄みたいになってるじゃねえか。本多先輩が着ぐるみの人だって最初に気づいたの、おれだぞ。
だが、まあいい。このセリフを言えるだけでも。
「これで決まりだな。他の参加者に計画を実行するのは不可能。とすれば、今回の事件の犯人――学生証コレクターは、大石要先輩だっ」
これだ。これが言いたかったのだ。犯人はお前だ、的な。名探偵にのみ言うことを許されるこのセリフ、一度言ってみたかった。そこに至るまでの推理も完璧だし、最後の辺りちょっと良次にいいところを取られたぐらい、ぜんぜん対したことねえ。
「いや、一樹。違うんだ。大石先輩は犯人じゃない」
「うえっ? なに言い出すんだお前?」
せっかく名探偵の余韻に浸ってたのに!
「犯人の条件に合わないんだよ。大石先輩は、今日のペアゲームで知り合う前から川口のことを知ってたんだ」
「えっ?」
そう声をあげたのは、良次以外の全員。って、なんで川口たちまで知らねえんだよ。姉妹は顔を見合わせ、お互い、身に覚えがないといった表情で首を振っている。
「たぶん、ゲームに出たのがお姉さんのほうだったらすぐわかったと思う。文化祭前日の部活中、村中が蹴ったボールが川口――お姉さんのほうに当たっただろ? そのとき村中と一緒に、大石先輩もいたんだよ。俺に直接そう言ってきた」
「村中くんと一緒にいた、坊主頭の人? あれが大石先輩なの?」
確かに大石先輩は坊主頭だったが……そうか、姉はケータイの音を通してでしかペアゲームの様子を知れなかったから、大石先輩の顔がわからねえんだ。
姉の質問に、妹が答える。
「うん。大石先輩は坊主頭だよ」
「うそ? じゃあ、サッカー部にしては筋肉質で、ちょっとこう……顎が尖ってて彫りの深い顔だった?」
妹が頷くと、信じられない、といった表情になる。
「でも、だって……柚希、なにも言われなかったの? このあいだはごめんとか、もう大丈夫かとか」
「……あ。そういえば、もう頭は痛くないかって訊かれた。でもわたし、その前にドアに頭ぶつけてたから、それのことだと思って。……でも、大石先輩と村中くん、タメ口で話してたんだよね? それを聞いてたから、あのとき村中くんと一緒にいた人は二年生だと思ってたんだけど」
「そっか。ごめん。あんたには話してなかったわね。……村中くん、実は一つ年上なのよ。留年してるんだって」
川口妹は目を真ん丸くして驚いた。
「ぜんぜん知らなかった……」
「けっこう有名な話だそうだけど、わたしも今朝、みんなに聞かされて初めて知った」
こういうことがたまにあるのよね、と苦々しげに呟いた。入れ替わりなんてややこしいことしてりゃ、そうなるわな。
「つうか、大原は大石先輩を見て気づかなかったのか? 川口姉にボールがぶつかったとき、村中と一緒にいた人だ、って」
「あのときは私、遠くにいたからね。暗かったし、大石先輩の顔はぜんぜん見えなかったよ。柚香と一緒にいたのも瑞樹だったし、けっきょく、大石先輩には会わなかった」
なるほど。おれも同じだ。ちょうど照明が当たらないところだったから、大石先輩の顔は見えなかった。
でもあれだね、と大原は少し笑いながら、
「大石先輩、シチュエーションゲームのとき、文化祭前日にグラウンドで予行演習してきたって言ってたけど、これのことだったんだね。村中君に手伝ってもらってたんだ」
「そんなこと言ってたの? 村中くん可哀想ね。あんなのに付き合わされて」
音声だけでも鳥肌がたったもの、と続ける。言いたい放題だな、こいつ。
「ところで大石先輩は、いつ自分が川口のこと知ってるって話しかけてきたんだ?」
「ペアゲームの前に、体育館で待機してたときだよ。そのとき川口はちょうどトイレに行ってたし、戻ってきたあとも、その……緊張しててちょっと話しかけづらい雰囲気だったから、大石先輩は声をかけられなかったんだと思う」
「なるほどなあ。でもよ、そんなことあったんなら先に言ってくれって。情報独り占めにすんなよ」
「ああ、ごめん」
まったく。しかし、これで大石先輩も犯人じゃないとすれば、だ。
「犯人候補、全員除外しちゃったじゃねえか」
あはは、と苦笑いを浮かべる大原。渋い顔で頷く川口姉。いま気づいたというようにはっとする川口妹。
そして頼みの綱の良次は、姉より更に厳しい表情を浮かべた。
「俺も、どこか穴がないか、本当は実行が可能だった人がいたんじゃないかって考えてるんだけど、ぜんぜん思いつかないんだよ」