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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
34/42

ハナマル食堂の推理会 1

20(藤井一樹 10)


「まさか、部室前に置いていくとはね……」


 戻ってきた学生証をしげしげと眺めつつ、川口姉はそうこぼした。

 場所は再びハナマル食堂の座敷。もう後夜祭は始まっているので、万が一にも公星高校の生徒が来る心配はない。おれたち四人は、心置きなく事のあらましを川口姉に説明した。


「どう思う、柚香?」


 妹が姉に尋ねる。


「参加者の中に学生証コレクターがいたってこと、ありえるかな?」

「辻褄が合うではあるわよね。ああ確かに、とは思うわ」


 室内なのでサングラスを外している川口姉も、感心したような表情だ。

 おれはぱちんと手を叩いた。


「決まりだな。とりあえず、参加者の中に犯人がいたって前提で考えてみようぜ。誰が学生証コレクターなのか」


 犯人がゲーム参加者の中にいた可能性があるということに思い当たったると、おれはすぐそう提案した。川口姉妹は昨日、学生証が戻ってくるのが最優先だが、できるものなら犯人も特定したいと言っていた。候補がこれだけ絞られたなら、考える価値は充分ある。そういうわけで、とりあえず姉とも合流してみんなでちゃんと話そうぜということになったのだ。アリスちゃんから制服に着替えて、すぐにハナマル食堂にやってきた。

 川口姉は眉を寄せ、


「できるものなら特定したいけど、考えてわかるものなの? もう学生証は戻ってきたんだし、一人一人にアリバイを訊いて回るとか、そういうことまではしなくていいわよ。……ペアゲームに出た上、そんなことまでしたら目立ちすぎて大変だし」

「わかってるよ。変に話をこじらせることはしねえって。とりあえず考えられる範囲でやってみようってことだよ」


 それならいいけど、と呟いたあと、良次と大原に目を向けた。川口姉がなにか言う前に、大原が顔の前で手を振る。


「私は大丈夫だよ。もうここまで来たんだし、後夜祭よりはこっちを優先しようって決めたから」

「俺も。このまま終わるのは、なにかすっきりしないし」

「そう……本当にありがとうね、昨日から」


 妹もそろって、二人で頭を下げる。


「うし、じゃあ、考えようぜ。……犯人はゲーム参加者の中にいるっつったけど、よく考えたらべつに参加者じゃなくてもいいんだよな。審査員とか裏方も、ゲーム中は動けねえわけだし」


 おれがそう言ったあと、すかさず川口姉が切り込んできた。


「だけどその人たちはみんな除外されるんじゃない?」

「なんでだよ?」

「だって、今日のペアゲームでずっと動けなかったってことは、昨日のペアゲーム中もそうだったってことでしょ? それだと昨日、学生証を返しに行けないじゃない」


 なるほど。もっともな意見だが、反論の余地がある。


「ペアゲームの審査員とか裏方って、昨日も今日も同じなのか? 昨日は仕事がなかったけど今日はあったって人もいるんじゃねえ?」


 これに対しては、大原が否定してきた。


「それはないよ。アヤちゃんが言ってたんだけど、一昨日も昨日も、ペアゲームでは生徒会役員の全員になにかしら仕事があるんだってさ。混雑しないようにロープのところに立ったり、小道具に問題がないかチェックしたり。人によって忙しさは違うだろうけど、途中で抜けたりはできないはずだよ」

「そうか。じゃあ、裏方含め生徒会メンバーは除外だな」

「あと、明日香先輩と栗原先輩も」


 ここで、川口妹が遠慮がちに入ってきた。


「二人とも生徒会じゃないけど、昨日も司会をやってたって言ってたから……」

「そもそも明日香先輩は司会どうこうの前に除外されるけどね。最初からわたしのこと知ってるし」


 昨日の話し合いでは、犯人は初日のセレモニーとペアゲーム中に自由に動け、なおかつ川口とまったく面識のない人物ということになった。なら確かに、小松先輩は最初から除外される。

 おれは人差し指で机を叩きながら話をまとめた。


「裏方も司会も除外されたとなると、やっぱ、ゲーム参加者の中にいたって考えるのが妥当だよな。……どう思う、良次?」

「ん? ああ、ごめん。うん、それでいいんじゃないかな? 参加者の中にいたってことで」


 そういうことじゃなくて、じゃあ参加者の中で誰が怪しいと思うって訊いたつもりだったんだけどな。さっきから妙に口数少ねえし、テーブルに目ぇ落としてぼうっとしてるし、なんか変だぞこいつ。

 まあ、いいか。様子のおかしい良次は放っておくとして、先に進めよう。


「じゃあ、良次と川口妹を除く参加者は六人。大石先輩と和田先輩、宮本先輩と本多先輩、谷先輩と辻内先輩。この中に犯人がいるっつーことになるな」

「その中から、まず谷先輩と辻内先輩は除外できるね。あの二人、ペアゲームが終わったあとはずっと中庭にいたもん」


 頷く。

 ゲーム終了後、おれたちはすぐに合流し、中庭の片すみで川口姉に電話をかけた。そのとき、中庭の中央で、優勝ペアの二人はずっと人に囲まれていた。あれじゃ動けねえよな。

 そのときの様子を知らない川口姉が、そうなの? と問いかけてきたのでいまの話をしてやると、肩をすくめつつ訊いてきた。


「でもみんな、ずーっとあの二人を監視してたわけじゃないんでしょ? 知らないうちに囲んでた人たちが解散してて、先輩たちが自由に動ける時間があったってことはないの?」

「それはねえよ。見てはいねえけど、がやがやしてたのはずっと聞こえてきたし」


 続けて、大原が言う。


「私たちがもう教室に戻ろうかってなったときに、ちょうど中庭の人だかりも解散し始めたんだよ。で、その中から辻内先輩たちが出てくるの見たよ。柚希にはちょっと合図してくれてたよね?」

「うん。目があったから、向こうから手、振ってくれた」


 犯人が川口妹の学生証を返した時間に、谷先輩と辻内先輩はずっと中庭にいた。これ以上ないアリバイだ。

 川口姉もそれで納得したようだ。


「じゃあ残り四人ってことになるわね。大石先輩と和田先輩、宮本先輩と本多先輩……だっけ?」

「当たってるよ」


 そう言ったあと、大原は水を一口飲み、続けた。


「あ。でもさ、和田先輩、昨日のセレモニーで屋上から紙吹雪まいてたよ」

「え、まじかよ? つーことは、生徒会なのか?」

「ってことだと思う。紙吹雪まくのは生徒会の仕事のはずだから」

「でも、ペアゲームのとき、そんなこと言ってなかった……」


 川口妹の呟きに、姉が答える。


「わざわざ言うことでもないと思ったんじゃない? 生徒会主催のイベントに生徒会の人間が出るのをよく思わない人もいるかもしれないし」


 なるほど。まあわからんでもない理由だ。


「じゃあ、和田先輩が除外されるとなると、あとは三人。大石先輩と宮本先輩、本多先輩だな」


 あ、と声を出し、川口妹が首を横に振った。


「宮本先輩も、違うよ。あの、ゲームが始まる前に声をかけられたから。明日香先輩からわたしのことは聞いてるって。野球部のマネージャーだってことも知ってた」

「マジかよ。じゃあ二人に絞れるってことじゃねえか!」


 大石先輩と本多先輩。この二人のうち、どっちかが学生証コレクターかもしれない。六人いたのをここまで減らせたんだ。この調子なら犯人見つけられるんじゃねえ?

 と思ったが、ここから先は見事に停滞してしまった。考えても、大石先輩と本多先輩、どっちかを除外できる要素が出てこないのだ。

 川口を知っている様子はなかったらしいし、昨日のセレモニーとペアゲーム中にアリバイがあったかどうかなんてわからない。一人でぼうっとしている良次は置いておき、四人で考えてみたが、一向に話が進まなかった。


「ここらで潮時かもね」


 川口姉がため息と一緒に吐き出した。


「もともと、考えられるところまで考えてみようってことだったし。もういいわよ。わたしと柚希はこれから、いままで以上に気をつけるから。無理に犯人を見つけようとか思わなくても大丈夫」


 妹もこくこくと頷く。くっそ、こんなところで終わっちまうのか?


「……いや、待て。もうちょっと待て。ぜったい、あと一歩のところでひらめきそうな気がするんだ」

「え? いいわよ藤井くん。もうわたしも柚希も納得してるんだから。これ以上みんなに迷惑かけるわけにもいかないし」

「迷惑とか思ってねえから。ここまで来たら最後まで達成しねえと気持ち悪いだろ? 大丈夫、まだ時間はある」

「そ、そう……」


 微妙にひきつったような顔で笑いつつ、川口姉は湯飲みのお茶を一口。その隣では大原が苦笑いを浮かべている。なんでだろうな、まあいいや。

 大石先輩と本多先輩。果たしてどっちが犯人なんだ。部室に学生証を返しに行けたっつーことは、ゲーム終了後は恋人と別行動を取ったってことになるが……。それなら、サッカー部の大石先輩なら部室に行ってくるとか口実つけられるぶん有利か? でも、いまいち決め手に欠けるんだよな。

 そんなことを考えていると、川口姉がごほごほと咳き込んだ。大丈夫? と妹と大原に訊かれると、


「ちょっと悪化してきたかも……。今日はなんだか寒いし、もう帰ったほうがいいかなあ?」


 なぜかおれを横目で見ながらそう言ってきた。

 しかし、寒い? むしろちょっと暑いぐらいだと思うんだけどな。この二日間は気温に恵まれてて、寒い思いをしたのは小雨が降ってた昨日の午前中ぐらいだった気が…………あれ?


「……おかしいじゃねえか」

「なにが? 身体を癒すためにも、もう帰ったほうがいいと思うんだけど」

「昨日の午前中は雨が降ってた。なのになんで…………ああ! そういうことか!」


 急に大声を出したおれに、女子三人はもちろん、ずっと黙っていた良次までもが驚いたように顔をあげる。しかしそんなことはどうでもいい。やっとたどり着いた。

 全員の顔を見回したあと、顔の横で親指を立てながら言ってやる。


「わかったぜ。学生証コレクターが誰なのか」

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