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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
33/42

犯人はあの中に?

19(嶋良次 8)


 公星高校は中学生からの人気が高く、例年倍率が高いけど、その理由はなにも進学校を名乗ってるからだけじゃない。豊富な部活動と、学校行事に力を入れる校風も人気の秘訣――というより、そっちを望んで進学してくる人のほうが多いように思える。


 そんな公星高校だから、二日間大いに盛り上がった文化祭のあとにも、後夜祭というイベントが用意されている。漫才やダンスといった余興のあと、各学年のミス、ミスターの発表、ペアゲームで優勝したペアの表彰ときて、ラストは二日間の文化祭の記録をまとめた映像部制作のビデオを上映して締めくくる。

 いちおう自由参加ということになっているが、ペアゲームと同じようにほとんど全校生徒が参加するのが通例だった。終わるのは七時半を回る頃なので、この日は伝統的にどの部も活動をしない。


「なんで学生証コレクターは川口妹のだけ部室前に置いていったんだと思う?」


 周りの生徒が後夜祭に向けて体育館へ移動する中、俺たち四人は廊下の隅に集まって話をしていた。帰りのホームルームが終わったあと、後夜祭が始まるまでちょっと話そうぜと、一樹が声をかけてきたのだ。


「昨日は、盗んだ人の学生証は教室の前に置いていったのによ。なんか理由があんのかな?」

「もしかしたら、わたしが野球部のマネージャーとしてペアゲームに出たからかも。クラスも何回か言ったけど、野球部だってことも強調してたから、部室に返したんじゃ……」

「ああ、そっか。クラスも所属部もわかったから、じゃあどっちでもいいかって、部室に返しただけか」


 一樹は納得しているけど、それは違うような気がする。


「それはちょっと考えにくいんじゃないかな。観客が中庭にしかいないからその可能性が高いだろうけど、ペアゲームは三階の渡り廊下から見る人もたくさんいる。野球部の部室って、中庭からは公衆トイレで隠れて見えないけど、渡り廊下からはまる見えなんだよ。返しに行くところを目撃される可能性があるのに、わざわざ部室を選ぶとは考えにくいんじゃないか?」


 あ、と大原が声を出す。


「そうだ、私も昨日、ヨシノリたちと渡り廊下を歩いているときに思ったもん。こっちからなら、野球部の部室がよく見えるなって」

「だろ? いまから盗んだものを返しに行こうとするなら、誰にも目撃されないことを最優先にするはずだ。あの渡り廊下はどの生徒も日常的に使用するから、部室が見えることを正確に把握していたかはともかく、見える可能性があるってことは誰でも思い至る。そこまでわかるなら、昨日と同じように教室に返すはずだ」


 柚希さんは眉を寄せて首をかしげた。


「じゃあ、なんで部室に……?」

「本当は教室に返しに行きたかったけど、それができなかった、とかじゃないかな。……でも、なんで返しに行けなかったのか、それが思いつかないんだ」


 正直お手上げだった。なにも考えが浮かばない。


「なんかいろいろ事情があったんだろうが、そこんとこは想像しかできねえよな……。てか、いま気づいたんだけどよ、もう一つ変なところがあるぜ。犯人が学生証を返したの、ペアゲーム中じゃねえんだよ」


 俺たち三人の口から一斉に、え、とか、は、とかいった声が漏れた。


「いや、おれ、プロポーズ対決のとき、メガホン取りに部室に行ったろ。そのとき、部室前のマットにはなにも置かれてなかった。で、中に入ると、なぜか部室がめちゃくちゃ荒らされててよ」

「ああ。それ、稲葉先輩がだよ。栗原先輩に貸すシューズを探してたそうだから」


 体育館で会ったときには、少し散らかしてしまったと言っていたけど、一樹の反応を見る限り、やはり「少し」レベルではなかったようだ。


「稲葉先輩だったのかよ。じゃあ文句言えねえじゃん……ま、いいや。とりあえずよ、部室がそんなんだったから、メガホン見つけるのにすげえ苦労して、出たときにはもう谷先輩のプロポーズ始まってたんだ。けっきょく、ゲームが終わるまで部室の前に立ってたんだけどよ、そのときは学生証なんて影も形もなかったぜ」


 そういえば一樹、谷先輩のプロポーズが終わると同時に部室の前に出て来て、そのあとは谷先輩と辻内先輩と一緒に中庭に戻ってきてたな。時間もオーバーしてたし、ペアゲームはその時点で終了になった。

 なら確かに、学生証が返ってきたのはゲームが終わってからだ。一樹たちが部室前から中庭に移動する途中で誰かが学生証を返したということはないだろう。中庭に向かって歩いてくる三人を見ていれば、自然と部室も視界に入る。実際、俺も見ていたけど、部室に行く人なんていなかったはずだ。


「学生証は、ドアのすぐ下の足拭きマットに置かれてた。そんなとこにありゃイヤでも気づくから、ペアゲーム中は見落としてただけってこともないぜ」


 自信満々に言い切る。

 じゃあ本当に、学生証が返されたのは、ペアゲームが終了してから一樹がメガホンを部室に返しに行くまでのあいだってことか。時間にしておよそ十分ほど。

 話を聞いていた大原が、うーんと唸る。


「なんでペアゲーム中に返さなかったんだろうね? 一番のチャンスなのに」

「それはわからないけど……でもこれで、なんで教室じゃなく部室に返したかはわかったな」


 三人とも、どうして、という表情で俺を見てくる。


「ペアゲームが終わったあとは、みんな教室に戻るだろ? だけど逆に、渡り廊下には誰もいなくなる。それで、部室に返すのがいいと判断したんじゃないか?」


 というより、部室しかない、という感じだったんだろう。教室だと確実に誰かに目撃される。


「それもそうだね。納得」


 大原が頷く。他の二人も、特に反論はないようだった。

 だけど一つだけ、どうしてもわからないことがある。


「でもこれだと、どうしてペアゲーム中に返さなかったのかがわからないんだよな。一番のチャンスだったのは間違いないのに……」

「あれじゃね? 今日はなんか、どうしてもゲーム中に抜けられない理由があったんじゃね?」

「なんだよ、その理由って」

「それは、あれだよ。……友だちに囲まれてて抜けられなかったとか」


 言ったあと、一樹はぶんぶんと首を振った。


「いや、そういうのならどうとでも理由つけて断れるよな。じゃあ、えーっと……」


 考え込む一樹。その隣で、大原が口を開く。


「盗んだ学生証の子の姉がペアゲームに出てくるとは思わなくて、びっくりしてしばらく教室に返しに行く決心がつかなかったんじゃないかな? それで、気づいたらペアゲームが終わってた」

「その可能性もゼロではないんだろうけど、ちょっと考えづらくないか? 昨日はペアゲーム中に返しに行って成功してる。今日、突然の形で学生証の子の正体がわかったとはいえ、昨日やったことをもう一度やるのにそんなに長くためらうかな?」


 それもそうだね、と大原はすぐに持論を引っ込めた。

 しばらく場に沈黙が降りた。みんな考えてはいるけど、なかなか納得のいく答えが出てこないみたいだ。


「なかなか難しいね、これ……」

「な。おれ、もう犯人は急にすごい腹痛に襲われて、ペアゲーム中はずっとトイレに籠もってたんじゃねえかって気がしてきたぜ」

「ペアゲーム中って、約一時間も? そんなにトイレに籠もるかなあ?」

「それはまあ……時にはそういうこともあるだろ? 今日、あの瞬間に、学生証コレクターに一世一代のハライタが訪れたんだよ」

「藤井君。さすがにちょっと苦しいよ」

「じゃあ……あれだ! 犯人にはすげー面倒な友だちがいて、そいつから急に電話がかかってきて、電話を切ったらいますぐ自殺するとかなんとか言われて、切るに切れなくて、通話が終わる頃にはペアゲームも終わってたんだ!」

「これから盗んだものを返しに行くってときに誰かから電話がかかってきたら、取らずに返し終わってから折り返すんじゃないか?」

「あーもう! めんどくせえな!」


 一樹は頭をがしがししながら、近くの壁にもたれかかる。そのまま、勢いに任せるようにまくしたてた。


「なら、犯人もペアゲームに参加してたんだよ。それならどうやっても返しに行けないだろ!」


 再び、俺たちのあいだに沈黙が降りた。俺も柚希さんも大原も、なにも言えずただ固まってしまった。一樹は、まだ頭をがしがしとかいていたが、不意に自分がなにを言ったのかわかったようだ。目を大きく見開き、俺たちを見てくる。


「……え、マジか? マジなのか?」

「筋は、通ってるよな」

「うん、通ってるね。どうしようもないぐらい」

「え、でも、だって、そんなことってあるの?」


 柚希さんがそう言いたくなるのもわかる。でも、これは無視できない可能性に思えた。

 犯人はペアゲーム中に学生証を返せなかった。それは、そのあいだはぜったいに自由に動けない人物――すなわち、ゲーム参加者だから。

 それはいままで出たどんな仮説よりも説得力があるように思えた。

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