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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第三章 文化祭二日目
30/42

ペアゲーム4 シチュエーションゲーム・前編

14(大原あかり 10)


 シンキングタイム中は、栗原先輩が舞台上でロボットダンスを披露してくれて、見事に五分間の退屈を紛らわせてくれた。それが終了すると、明日香先輩が明るい声で宣言した。


「シンキングタイム終了です! それでは、宮本・本多ペア、前に出てきてください」


 いよいよ一番盛り上がるゲームの始まりだ。でも藤井君、なかなか戻ってこないな。というかそもそも、なんで部室に行ったんだろ? 一人で最前列にいるのはちょっと心細いんだけど……ま、いいや。我慢我慢。

 舞台下で待機していた宮本・本多ペアが階段を上がってくる。いままで飄々とした態度を崩さなかった宮本先輩も、このときばかりは緊張の面持ち。

 この「シチュエーションゲーム」、基本的には舞台上で行うのが決まりだけど、その辺のルールは意外と寛容で、毎年、舞台から離れるペアが出てくる。


 宮本・本多ペアもそうだった。栗原先輩がゲーム開始を宣言すると同時に、宮本先輩は本多先輩に背を向けて舞台から下りた。そのまま人混みを突っ切って、どこかに走り去っていく。宮本先輩の姿は、人の中に紛れて完全に見えなくなった。

 会場の人々が唖然とする中、


「おーいッ!」


 と、中庭の真ん中当たりから宮本先輩の声が聞こえてきた。辺りにいた人たちが退く。人混みの真ん中にぽっかりと空間ができ、その中心に宮本先輩がいる。


「奈々美ー! 去年、俺が告白したのな、お前が文化祭にやってた行動がめちゃくちゃ可愛かったからなんだぜー!」

「なにそれーッ?」


 本多先輩も負けじと、大声で訊き返す。


「あのなー、去年の文化祭で、お前、シュークリーム食ってただろー?」

「食べた食べたー!」

「そのときになー、口許についたクリーム、指ですくっただろー?」

「そんなことまで覚えてなーい!」

「やってたよー! そのときちょうど、俺と喋ってたんだよ。そのあとお前、クリームがついた指、ぱくって口に入れただろー!!」

「覚えてないけど、いつもそうしてるから、たぶんそのときもやったと思うー!」


 舞台上と中庭の真ん中、二十メートルぐらいの距離でやりとりされる会話。辺りは物音一つたてず、そのなりゆきを見守っている。

 宮本先輩は、より一層大きな声で続けた。


「あれが、めちゃくちゃかわいかったんだよー! あれでお前に惚れたんだぜー! 俺、指をぱくっとする女の子に弱いんだよー!」


 な、なんてマニアックな趣味! それを堂々と宣言するだけでなく、宮本先輩は更に続けてこう言った。


「だから、これから毎朝、俺の前で指をぱくっとしてください、お願いしまーす!」


 中庭が爆笑に包まれる。冷静に考えると若干気持ち悪い気もするプロポーズだけど、これも宮本先輩の人柄のおかげかな。舞台上の本多先輩まで笑っている。

 だけど、笑いが収まった本多先輩がなにか言葉を返す前に、こらっ! と、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。声のしたほうを見ると、宮本先輩に向かって、五十代ぐらいの顔の濃い男の人が近寄ってきている。


「あ、お父さん!」


 本多先輩が目を真ん丸くした。まさかのお父さん登場だ。

 頭すれすれの危険球を投げられたときの助っ人外人のような剣幕で、お父さんは宮本先輩との距離を埋めていく。


「宮本くん、じゃあ君は、目の前で指を咥えてくれれば誰でも良かったのか?」

「い、いえ、違います。あの、奈々実さんの指ぱくだから良かったわけで……」


 しどろもどろに言葉を返しながら後退する宮本先輩。更につめ寄るお父さん。宮本先輩が後退するたびに周囲の人たちは道を空け、気づけば、中庭の真ん中にいた二人は、私たち最前列組みのすぐ近くまで来ていた。


「だいたい君はプロポーズをなんだと思っているんだ。人の娘を貰おうというのに、あんなふざけたことを言う奴があるか」

「あのですね、お父さん。いちおう、あれも僕なりに真面目だったというか……」


 お父さん、このままじゃ本気で宮本先輩の胸ぐら掴まえるんじゃ、と思ったところで、人ごみの中から四十代ぐらいの女性が飛び出してきた。


「お父さんお父さん、落ちついて。ゲームだから、ね?」


 怒れるお父さんを、必死になだめている。たぶんあれ、本多先輩のお母さんだよね。物腰の柔らかそうな人だけど、だからこそ厳格なお父さんに苦労していそうな雰囲気がある。

 本多先輩のお母さんは、顔を真っ赤にさせていたお父さんをどうにか落ち着かせ、周囲に何度も頭を下げてから、お父さんを連れて中庭から離れていった。辺りには気まずい沈黙だけが残る。

 やがて、本多先輩が申し訳なさそうに、


「えーっと……ごめん、そういうわけだから、毎朝指をぱくっとするのは、ちょっと無理そう」

「あ、はい。……なんか、すいません」


 連られて宮本先輩までかしこまった口調に。

 そのまま、宮本・本多ペアの出番は終了となった。審査員の人たちも、なんだか微妙そうな表情。点数つけづらいんだろうなあ。いちおう、点数発表は全ペアの出番が終わってからだから、それまでにつければいいんだろうけど。

 変な空気になった会場を盛り上げるように、栗原先輩がいままでで一番明るい声を出した。


「お父さんはああ言っていましたが、全校生徒の前で性癖を告白した宮本くんの度胸は、男として素晴らしいと思います! 次のペアに移りましょう」


 大石先輩と和田先輩が舞台に上がってくる。けど、あれ、大石先輩、サッカーボール持ってるね。

 シチュエーションゲームでは小道具の持ち込みと使用がオーケーされている。っていっても、指定されるシチュエーションがどんなものかわからないから、小道具を使わない人のほうが多いんだけど、なにかしら考えがあって最初からボールを用意してたんだろう。


「それでは、大石・和田ペア、どうぞ」


 栗原先輩が開始を告げるのとほぼ同時に、大石先輩は舞台の右端を指差し、和田先輩になにか声をかけた。和田先輩は頷き、一番右端に移動する。大石先輩は左端に行き、舞台の端と端で、お互い向き合う形になった。

 大石先輩は顔の前にボールを掲げ、マイクも使わずに叫んだ。


「これから、お互いの好きなところを言い合いながらボールをパスし合おう。先に言えなくなったほうが負けだ。俺が勝ったら、結婚してください!」


 おお、なるほど、そう来たか。たぶん大石先輩は、どんなシチュエーションであれ、サッカーボールを使ってお互いの好きなところを言い合うという流れに持っていくつもりだったんだ。今回のシチュエーションなら、勝てば結婚、去年みたいに「別れを切り出されたとき」だったら、勝ったら別れるのをやめる。こんな感じで、勝ったらどうするかだけを変えれば、どんなシチュエーションを出されてもこの展開に繋げられる。


 和田先輩が笑顔で頷き、ゲームがスタートした。

 まず大石先輩から、


「かわいい」


 パスを受けた和田先輩、にっこり笑って、


「かっこいい」

「料理が上手」

「優しい」

「いつも笑顔」

「頼りになる」


 お互い、スムーズに相手の好きなところを出してボールをパスしあう。文字にすれば非常に地味なゲームだけど、文化祭の雰囲気で観客のノリが極端に良くなるのがペアゲーム。二人がボールを蹴るのに合わせて、手拍子を打って場を盛りたてる。気づけば、中庭全体が一つになったように手拍子の音が響いていた。それに連られて、大石先輩と和田先輩も、さっきより一層大きな声で、


「おしとやか」

「努力家」

「頼めばなんでもきいてくれる」

「背が高い」

「膝枕だってやってくれる」

「よ、よく食べる」

「二人きりのときはカナちゃんと呼んでくれる」

「……メールに毎回返事をくれる」


 あれ? なんかちょっと、和田先輩の歯切れが悪くなってきてる。思いつかないっていうよりは、大石先輩の言葉が恥ずかしくなってきてるみたいだ。顔からは笑顔が消えて、頬が赤くなっている。

 それに気づいてるのかいないのか、大石先輩の回答はますます恥ずかしいものになってきた。


「最近、体重が増えたことを気にしている」

「男らしい」

「でも、ダイエットが続かなくて俺に甘えてくる」

「す、好き嫌いがない」

「たまに語尾に「にゃ」をつける」

「……手先が、器用」

「俺のことをたまに、白馬の王子様と呼んでくれる」

「……あ、あの、ごめんなさい、ギブアップで」


 耳まで赤くして、和田先輩が弱弱しく告げた。思いつかないっていうより、公衆の面前でいろいろと暴露されるのに耐えられなくなったんだろう。……まあ実際、聞いてるだけでもだんだん恥ずかしくなってきたもんね。付き合ったばっかりでラブラブなのはわかるけどもうやめてやれよ大石、って思った人も多いはずだ。

 だけど、当の本人だけがそれに気づいてないらしかった。


「もう終わりなのか? まだ言い足りない。もう少し制限時間あるだろ。俺だけでも続ける!」


 え? という表情の和田先輩に、ボールを蹴って、というジェスチャーを見せる。ヒートアップしすぎて、完全に周りが見えなくなってるよ。

 和田先輩は気の進まなさそうな顔をしながらも、いちおうボールを蹴り返した。


「よく、お姫様抱っこを要求してくる」

「……あの、やっぱりもういいんじゃない?」

「いや、まだ時間がある。……でも最近は、体重が増えたからと言ってさせてくれない。そんなところもかわいい」

「要くん、もう終わろう」


 とうとう、和田先輩はボールを蹴り返すのをやめて、強制終了を試みた。それでも、いまの大石先輩は止まらない。


「まだまだ、冬菜のかわいいところを言い足りないんだよ。ほら、夏休みに海に行ったとき、俺が他の女の人を見てたら、すごい嫉妬して、私ももっと露出の多い水着にすればよかったって……」

「もうやめてってば!」


 いままで以上に顔を真っ赤に染めた和田先輩が、足元のボールを思いっきり蹴った。サッカー部もびっくりの綺麗なドライブのかかったボールは、一直線に大石先輩の顔面に直撃する。


「ぐふうっ!」


 悲鳴を上げてその場に倒れる大石先輩。和田先輩はしばらく肩で息をしたあと、


「すいません、終わりで」


 と告げて、さっさと舞台下に戻っていった。

 舞台上には倒れたきり動かない大石先輩だけが残された。栗原先輩が恐る恐る近づいて、ぺちぺちと頬を叩く。

 大石先輩はぴくりと身体を動かし、上半身だけを起こした。ぼうっとした表情で虚空に視線を彷徨わせている。


「おい、大丈夫か、大石?」


 マイクを通さずに栗原先輩が尋ねる。


「俺、なにがいけなかったのかな?」

「いや、それは、その……」

「彼女の好きなところをノートに書き出して、いざ本番で緊張しないように毎日イメトレして、一昨日にはグラウンドで予行演習もしたのに……」

「うん、まあ、なんだ。……ちょっと頭冷やしてから、ちゃんと彼女に謝ってこい。きっとわかってくれるさ」


 栗原先輩に手を差し伸べられて、大石先輩はなんとか立ち上がった。

 このあいだ、舞台下にいる和田先輩は、大石先輩に一瞥もくれずに刺々しい表情でそっぽを向いていた。さっきまでずっとにこにこしてたのに、いまはかなり近寄りがたい雰囲気だ。

 これで二組が終了。次はいよいよ……。


「それでは三組目、嶋・川口ペア、どうぞ!」


 明日香先輩の明るい声とともに、柚希と嶋君が舞台に上がってくる。

 これまでで印表に残ったのは、本多先輩のお父さんの鬼のような形相と、和田先輩の正確無比な顔面シュートだけ。それはそれで面白い光景と言えなくもないけど、シチュエーションゲームに求めてるのはそれじゃないんだよね。


 私はいままでで一番の緊張を感じながら、同時に、わくわくするような期待も抱きつつ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 さあ、ちょっと変な雰囲気になった会場を、盛り上げることができるのか。頼むよ、嶋君!

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