ペアゲーム3 おれのメガホン
13(藤井一樹 8)
「はい、それではタイムアップです。みなさん、お椀を置いて衣装を脱いでくださーい」
小松先輩の声が響き、壇上にいた参加者たちはぎこちない動作でお椀を置き、羽織を脱ぎ始めた。
第二ゲームは「二人羽織り」だった。それぞれのペアが長テーブルに座り、後ろ側についた彼女が彼氏にどれだけ冷やしそばを食べさせたかで順位をつけていくというシンプルなルールだったが、場内は見事なまでに盛り上がった。
なんといっても筆頭は宮本・本多ペアだろう。この二人、プロかと思うほどスムーズにそばを平らげていき、思わず拍手したくなるほどだった。空になったお椀を数えるまでもなく、ぶっちぎりで一位だ。
「第一位は、宮本・本多ペアです。すごく慣れた感じでしたが、以前にもやったことがあるんですか?」
小松先輩にマイクを向けられた本多先輩が、額の汗を拭いながら答える。
「そうなんですよ。あたしのお父さん、レンタル衣装のお店をやってるんですけど、そこに二人羽織り用の羽織がありまして。前にそれ使って、ふざけて二人羽織りしたことあるんです」
「なるほど。それであんなに手馴れてたんですね」
「はい。でも、勝手に衣装持ち出したから、そのあとめっちゃ怒られました」
おどけた表情で舌を出す本多先輩。観客席の前にいる三年生たちから、かわいいかわいい、と声が上がる。それに気を良くしたのか、また同じ表情で舌を出す。くそ、確かにちょっとかわいいじゃねえか。
「続いて、第二位は大石・和田ペアです」
栗原先輩が大石・和田ペアにマイクを向ける。
このペアは最初の「以心伝心ゲーム」でもそうだったが、一つ一つの行動がとにかく手堅い。和田先輩は少しずつの量をゆっくりと大石先輩の口に運んでいき、大石先輩はそれをある程度租借してから飲み込んでいた。そういうわけでスピードはなかったが大きなミスもなく、二位というポジションにつけていた。
「彼女がすごく上手だったので、自分は楽にできました。ぜんぶ彼女のおかげだと思います」
大石先輩がそう言うと、和田先輩は、
「いえ、わたしこそ……。始まる前に、要くんが焦らずゆっくりでいいよって言ってくれたので、すごくリラックスできました。楽しかったです、はい」
と、はにかんだ。
この和田先輩、なんか子犬みたいな可愛さがあんだよな。こんな彼女がいるなんて羨ましいぜ。
「第三位は谷・辻内ペアです」
谷・辻内ペアは、言っちゃなんだが、谷先輩のほうが足を引っ張っている印象だった。
辻内先輩は上手にそばをつまんで素早く口許まで運んでいった。そのペースどおりに食えていたら、宮本・本多ペアといい勝負ができただろう。だが、谷先輩はそばを吸い上げるのも飲み込むのも遅く、たまにうまくすすれないときもあって、結果的に大石・和田ペアにもけっこうな差をつけられることになった。
最初の「以心伝心ゲーム」でも谷先輩のポカミスで点が入らないことがあったし、なんつうか、もったいねえんだよな。おれと同じような印象は大多数の観客が抱いただろうが、コメントを求められた辻内先輩は相変わらずのはきはきした口調でこう答えた。
「私がちょっと、谷くんを焦らせすぎましたね。もっと丁寧にいくべきだったなと反省してます」
淀みなく大人のコメントが出てくるんだから大したもんだ。谷先輩のほうが、
「……次は頑張ります、はい」
と、反応に困るほど普通のコメントだったから、余計にでこぼこっぷりが目立った。ペアゲームに出ようって誘ったのは谷先輩かららしいが、なんで出ようと思ったんだ。こういう舞台が好きそうには見えねえぞ。
「第四位は嶋・川口ペアですね」
栗原先輩が半笑いで良次たちを見た。場内からも笑いが漏れる。
この二人、わざとやってんのかと思うほどひどかった。特に川口妹だ。箸とお椀を持つ手ががくがく震えていて、汁はこぼすしなかなかそばを掴めねえという有様だった。なんとかそばを掴めても、良次の口許まで持っていけずに顎や首に箸を当て、良次は良次でたまにうまく口許まで持ってこられたと思ったら最初の一口でいきなりむせたりと、他のペアが案外うまくいっているのと比較すると、一層ひどさが目立った。
だが、まあ――。
「見世物としちゃ、あの二人が一番面白かったよな」
「うん。笑いもちゃんと取ってたもんね」
結果的に野球部の宣伝にはなったんだよな。
それでも、本人たちは自分たちの二人羽織りが相当ひどかったという自覚はあるようで、
「こんなに難しいとは思いませんでした。始める前に、川口と少しでも打ち合わせしておけばよかったと思います」
「ええっと……なんかいろいろとすいません」
と、恐縮しきったコメントを残した。
舞台上では、生徒会の人たちがテーブルやらお椀やら、二人羽織りで使ったものを片付けている。それが終わるといよいよ最終ゲーム突入なわけだが……。
「なあ、大原。気になることがあんだけどよ」
「ん? なに?」
「おれたちの応援の声、良次たちまで届いてるかな?」
舞台から一番近いところで観戦しているとはいえ、周囲は全員三年生。当然、他の三ペアに対する応援の声が圧倒的に多く、おれたちの声がかき消され気味なのは否めない。
大原は困ったように笑いながら首をかしげた。
「さあ……どうだろうね。私も頑張って声出してるつもりだけど、ちゃんとは聞こえてないかもね」
「だよなあ。なに言ってるかまではわかんねえよな」
「うん。でも、後ろの野球部の声は聞こえてるんじゃないかな」
「それはいいんだけどよ。でもやっぱ、前にいるおれらが目立たねえっていうのは癪なんだよな……」
三年の中に混じっての応援で、いかに目立つかがおれの腕の見せどころだ。それなのに完全に押され気味っつーのはまずい。アリスちゃんの衣装だけじゃ、もうごまかせねえぞ。
「お待たせいたしました! それではこれから最終ゲーム、「シチュエーションゲーム」に入ります」
小松先輩がそう宣言すると、観客たちはウオーッと歓声をあげ、三々五々、拳を突き上げる。当然、おれもやる。
最終ゲームが「シチュエーションゲーム」になるのは、毎年の伝統だ。
ゲームの流れは至ってシンプルで、生徒会の出すお題に沿ったアドリブ劇を披露するというもの。去年のお題は「彼女に別れを切り出されたとき」で、一昨年は「彼氏が部活ばかりで構ってくれない不満をぶつける」だったらしい。
「それでは、お題を発表します。去年は「彼女に別れを切り出されたとき」でしたが、今年は……」
小松先輩は一つ息を吸い込んで、
「ずばり、「彼女にプロポーズするとき」です!」
うお、こりゃ随分とストレートなシチュエーションだな。だがやはり、シンプルイズベストだ。プロポーズと聞いて、会場は早くも大盛り上がりだった。
「順番はくじ引きで決めます。どうぞ」
栗原先輩がくじの入ったボックスを持ち、それぞれのペアの彼氏に引かせていく。引いたくじを受け取った小松先輩が順番を発表した。
「一番目を飾るのが宮本・本多ペア! 二番目が大石・和田ペア、三番目が嶋・川口ペア。ラストの大トリが、谷・辻内ペアです! では、五分間のシンキングタイムの後、ゲームを開始します」
シチュエーションゲームの最大の特徴は、ペア間の打ち合わせができないことにある。男女それぞれ、お題に沿った状況の中で、思い思いの台詞を言い合うのだ。二分という短い制限時間の中でも、そのペアのあいだに流れる空気感は伝わってくる。
「最初でも最後でもないし、三番目って、けっこういい順番じゃない?」
大原が笑顔で言ってくる。それに頷きつつも、おれには不満が残った。
ゲームの開始やシチュエーションが発表されたとき、みんなワーワー叫ぶもんだが、やはり、おれと大原は三年生たちに埋没しちまっている。
「それじゃ、シンキングタイム中は、俺がダンス部伝統のロボットダンスを披露しまーす」
栗原先輩がそう宣言し、舞台の真ん中に立つ。最前列にいる三年生たちは、歓声と拍手で栗原先輩を迎えた。おれと大原もそれに倣うが、だめだ、やっぱりぜんぜん目立ってねえ。
くそ、これじゃせっかく前に来たのに意味ないじゃねえか。なにかもっと目立つこと、せめて、声の大きさだけでも勝てねえもんか。
……そうだ。
「大原。おれちょっと、部室行ってくる! 戻ってくるまでおれの場所キープしといてくれ」
言うが早いか、おれは人ごみをかきわけて舞台から離れた。
部室には応援用のメガホンがある。観客席最前線でメガホンを使って応援すりゃ、相当目立つだろ。注意されたらそのときに考えりゃいいんだ!
特別教室棟の二階にある職員室から部室の鍵を借り、そのまま、ダッシュで部室に向かう。五分もシンキングタイムがありゃ、良次たちの番には余裕で間に合うだろ。メガホンで応援して、思いっきり目立ってやるぜ!
混んだ道を避けてあっという間に部室にたどり着く。メガホンは奥のロッカーの中にあったよな、と思いながら、鍵を開けたドアを引く。
と、
「なんじゃこりゃあ! めちゃくちゃじゃねえか!」
部室が、泥棒にでも入られたかのように荒らされていた。ロッカーの中身、ぜんぶ出されてんじゃねえか? 誰だよ、こんなに豪快に汚してったやつは!
ほとんど足の踏み場のない中を進み、奥のロッカーまでたどり着いたが、やはりというか、あるはずのメガホンが入ってない。
つーことはたぶん、この中に埋まってんだよな。
ロッカーの中身をそのままぶちまけられたと思しき床に目をやる。
おれ、良次たちの番が来る前にメガホン見つけられんのかな?