ペアゲーム1 自己紹介と以心伝心ゲーム
9(大原あかり 10)
「アカペラ部のみなさん、ありがとうございました! ペアゲーム第二戦、もうまもなくスタートです!」
アカペラ部の前座が終わったあとの中庭に、司会の栗原先輩の声が響く。なんていうか、マイクを使ってるとはいえ、ここまで通る声を出せるってすごいね。柚香と通話状態にしたままポケットに入れてるケータイも、栗原先輩の声ならちゃんと拾えるだろう。
それにしても、応援スペース最前列は圧巻だった。舞台が想像以上に近いし、周囲の生徒のテンションも段違いだ。もうまもなくスタートと聞いただけで、みんな、オーオー叫んで拳を頭上に振り上げている。前座を終えたアカペラ部の人たちもそのまま移動してきて、人口密度も急上昇だ。
「いよいよだな」
隣にいるフジイの国のアリスちゃんも、楽しみで仕方ないといった様子だった。
「大原。お前も楽しんでけよ。」
「うん、わかってる。ハマスタライト席のノリで行くよ」
藤井君の言うとおり、文化祭は楽しむものだ。午前中から続くもやもやした気持ちもいまは一旦忘れて、出来る限りまっさらな気持ちで応援しようと思う。
「さあ、それでは参加ペアに入場してもらいましょう! ペアゲーム第二戦、男女ペア参加者は、この方々でーす!」
栗原先輩の宣言とともに音楽が流れて、体育館から、手を繋いだ男女が順に姿を現した。また、ウオーっと熱い歓声と拳上げ。私と藤井君も一緒にやる。
全員三年生だろう、三組の男女が登場したあとに、柚希と嶋君が姿を現した。二人とも、これから戦場にでも向かうのかのような表情だ。手の握り方もかなり浅い。
体育館から続く花道を通って、二人は舞台に上がる。私たちに気づいた嶋君は、藤井君の衣装を見てぎょっとしたような表情になっていた。
ゲームに参加する四組のペアが壇上に並ぶと、明日香先輩がマイクに向かって高らかに宣言する。
「これより、ペアゲーム第二戦を開始します! まず、参加ペアの方々の自己紹介に移りましょう!」
きたね。まずは最初の盛り上がりどころ。
ペアゲームの流れは、最初に自己紹介をしたあと、三種類のゲームに挑み、ポイントを集めて競っていくという風になっている。
雑学クイズとか障害物競走とか、わかりやすく順位を付けられるものもあるけど、即興劇のようなものを披露して、それに対して審査員の人たちがポイントをつけていくゲームもある。
だから、最初の自己紹介で審査員にいい印象を与えておけば、その後のゲームでちょっと有利になれる。そこのところをわかってるから、自己紹介もなかなかおもしろい。みんな、自分たちをアピールしようとするもんね。
栗原先輩が、一番左側にいるペアの横に立つ。お名前は、とマイクを向けられた坊主頭の彼氏さんが、どっかの軍隊みたいに太い声で答える。
「三年二組、大石要です! 元サッカー部です」
次に、隣の彼女さんが、
「三年二組、和田冬菜でーす」
こっちはちょい高めの声だった。間延びした喋りといい小柄な体つきといい、なんかほんわかしてる人だ。そしてこの人、見覚えあるな。……そうだ、確か、昨日のオープニングセレモニーで、屋上から紙吹雪をまいていたはずだ。
「二人とも同じクラスなんですね。付き合うきっかけになったのも、それで?」
「はい! 同じクラスになったときからずっとかわいいなと思ってて、二ヶ月前、俺から告白しましたー!」
大石先輩が選手宣誓みたいな調子でそう言うと、わあっと場が盛り上がる。いいぞー、カッコいいぞーと、賞賛の声が随所であがった。
「男前―! 男前―!」
あ、藤井君まで。大石先輩とは面識もないだろうけど、そういうの気にする人じゃないか。
「彼のどんなところが好きですか?」
「あのー……ふふ。優しくて、男らしいところでーす」
和田先輩、言い淀んだあと照れ笑い。お互い正反対な感じのカップルだけど、仲が良さそうなのは伝わってくる。なんかこっちまで微笑ましくなるね。
続いて、明日香先輩が隣のカップルの彼氏さんにマイクを向ける。
「お名前をどうぞー」
「はーい。三年六組、宮本俊でーす」
軽い感じでそう答えた宮本先輩、背はちょっと低めで、髪はつんつんと立っている。
次に、私に負けず劣らず日に焼けた肌の彼女さんにマイクが向けられた。
「三年六組、本多奈々実でーす。元、水泳部です」
「お二人は、付き合ってからどれぐらいですか?」
「去年の文化祭が終わってすぐだったから、もうすぐ一年ですね」
本多先輩がそう答えると、観客たちから冷やかしの声が飛び交った。この二人、喋り方や表情から明るい性格が見て取れるから、きっと友だちも多いんだろう。さっきから歓声がすごい。
宮本先輩と本多先輩は顔を見合わせてにやっと笑い、
「優勝して、一周年記念を飾れるように頑張りまーす!」
「応援よろしくねー!」
と、最後まで明るく宣言して締めた。
紹介は次のペアに移る。栗原先輩にマイクを向けられて、彼氏さんはたどたどしく名乗った。
「三年三組、谷正紀です。元、陸上部です」
この先輩も見覚えがある。よく学校の周りをランニングしてたっけ。肌は浅黒く、背は低めで、素朴な感じの顔立ち。先に自己紹介をした男の先輩二人は堂々としてたけど、こっちは緊張してるのが見て取れる。
次に、彼女さん。
「三年一組、元バレー部の辻内麻美です。よろしくお願いします」
参加する女性陣の中で、この人が一番背が高かった。髪はショートで、顔立ちも声も大人っぽい。彼氏さんと違って、こっちは余裕がある。
「付き合ったきっかけは?」
「中二の九月に、あたしから告白しました」
おお、彼女さんから。それに中学校からって、もう、かなり長い付き合いじゃん。いままでみたいに声での賞賛じゃなく、なぜか拍手で讃えられた。
「今回のゲームは、珍しく、彼から出ようって誘ってくれました。お互い、意気込みは充分です。他のペアには負けませーん!」
うわお、言うね。なんだかんだ、三年生は二年間ペアゲーム観てるだけあって盛り上げ方わかってるね。
それに対して……。
マイクを持った明日香先輩が、舞台の一番右のほうに視線を向ける。その先にいるのは、柚希と嶋君。
うん、あんまり見ないようにしてたけど、やっぱりあの二人、相変わらず緊張してる。いや、嶋君はまだいい。表情がちょっと堅いぐらいだから。問題は柚希だ。もう、見るからにガッチガチだ。始めて公式戦で代打に起用される一年生部員でもこうはならないだろうってぐらい。
「大丈夫かな?」
「……まあ、なんか変なこと言ったらフォローしてやろうぜ」
藤井君と小声でそんな会話を交わす。……あ、いまの、柚香にも聞こえてたかな。不安にさせちゃってたら申し訳ない。
明日香先輩が二人に近づいていき、そして、
「お名前をどうぞ」
嶋君にマイクを向けた。
10(嶋良次 6)
落ち着け、と今日何度目になるかわからない言葉を自分に言い聞かせる。
さっき、体育館で待機しているときからイメージはしてきた。そして、想像の中で自己紹介をこなすたび、こう思うようにしてきた。
これは、甲子園出場を決めたあと、ニュースキャスターにインタビューを受けるときの練習だ。そう考えれば、マイクを持って近づいてくる小松先輩への恐怖も、ちょっと少しわずかに和らいだような気がする。
「お名前をどうぞ」
マイクを向けられる。俺は答える。
「二年六組、嶋良次。……野球部のキャプテンやってます」
よし、声は震えなかった。軽い達成感を覚えていると、
「いいぞー良次ぃー!」
「嶋キャプテーン! ファイトっすー!」
観客席からそんな声。最前列にいる一樹(なぜか不思議の国のアリスのコスプレをしている)と大原はもちろん、中庭の後ろには野球部員が固まっていて、そいつらも大きな声で応援してくれていた。名前を名乗っただけでこの歓声とは。ちょっと、というか、かなりびっくりした。いままでで一番大きいんじゃないか、これ?
次に、マイクが柚希さんに向けられる。
「に、二年四組の、川口……柚香です! 野球部のマネージャーです」
微妙にしどろもどろだったけど、とりあえず言うべきことは言ったし、名前も言い間違えなかった。
再び、客席から歓声。俺のときは野球部の声が目立ったけど、今度はそれに混じって、女子の声も聞こえてきた。大原だけじゃない。野球部の一帯で武田がなにか叫んでるのが見えたし、二年四組の佐藤さんという人も、ユズちゃーん、と声を上げていた。
それを受けた柚希さんは、驚いたような表情を浮かべていた。気持ちはわかる。俺も、さっき同じような表情になっていただろうし。
「なんとこの二人、飛び入り参加なんですねー。飛び入りの経緯は?」
「ああ、はい。せっかくの文化祭だし、なにか野球部の宣伝になるようなことをしたいなと思いまして。ペアゲームに欠席ペアが出たと聞いたので、駄目もとで生徒会長に飛び入り参加を頼んだらオーケーをもらえました」
幾分か緊張がほぐれて、冷静にそう答えられた。小松先輩はなるほど、と頷いて、柚希さんにマイクを向けて尋ねた。
「ちなみに、お二人は付き合ってるんですか?」
「い、いえ。付き合っては、ないです。キャプテンとマネージャーです」
ぶんぶん首を振って答える柚希さん。
「ま、野球部は部内恋愛禁止ですからね。引退したあとどうなるか注目です」
顔を赤くする柚希さん。小松先輩はそれを見てにやにや笑うと、再度、俺にマイクを向けた。
「では最後に、ペアゲームの意気込みをどうぞ!」
なにか気の利いたことでも言えればいいのだけど、なにも思い浮かばない。ならせめて威勢だけは良くしようと、俺は軽く息を吸って大きな声で言った。
「野球部の名に恥じないように頑張ります、よろしくお願いします!」
観客席が、わあっと沸き立つ。一樹や大原、野球部員はもちろん、他の人たちまで。間違いなく、いままでで一番の盛り上がりだった。
……ははは。なんだろう、なんかほっとするな。
「はい、ありがとうございましたー。今年の参加ペアはこの四組ということになります。ベストペアの座を手にするのはどのペアなのか、期待が膨らみます!」
小松先輩が離れていく。そのあとで、俺と柚希さんは申し合わせたように顔を見合わせた。
「なんかちょっと、落ち着いたな」
「……うん。みんな、あんなに応援してくれるんだね」
柚希さんの表情は少しだけど柔らかくなっていた。俺は小声で続ける。
「あんまり気負いすぎずやっていこう。……うん、落ち着けば大丈夫だ」
柚希さんは小さく笑い、頷いた。
11(藤井一樹 7)
お、なんかいい感じじゃねえか。良次も川口妹もさっきまでガッチガチだったのに、自己紹介が終わったあと、リラックスした感じになってんぞ。妹のほうは良次になんか言われて、笑ってたし。
「二人とも、落ち着けたみたいだね!」
大原が妙に大きな声で言う。……ああそうか、大原のケータイ、川口姉と繋がってんだもんな。二人は落ち着きましたよって伝えてやってんのか。ならばおれも。
「それもこれもぜんぶ、おれたちの応援パワーのおかげだな! 感謝の言葉考えとけよ!」
これでよし、と。ふふ、次に川口姉と会うのが楽しみだぜ。
小松先輩が普段より高めの声で言う。
「それでは、ゲームに移りましょーう。最初のゲームは……お互いの理解度を量る、「以心伝心ゲーム」です!」
ああ、こいつか。去年もやってたな。
生徒会役員が何人か舞台に上がり、参加者たちの立つ場所を変えていく。女子は舞台の右側、男子は左側に固められた。そのあとで、全員に一つずつ、百均で売ってるような小さいホワイトボードと水性ペンが渡される。
「ルールは簡単。まず、「彼氏の一番好きなテレビ番組は?」など、簡単な質問を出していきます。それに対する答えが二人とも一致していれば、そのペアには十ポイントが与えられます! また、完全に一致していなくても、かなり近いもの、惜しいものであれば、審査員判断でポイントが入ります」
なるほど。ルールは去年と変わらねえか。でもこれ、地味に難易度高えけんだよな。確か去年は、完全一致で十ポイントが入ったのはそんなになかったはず。微妙にニュアンスが違って、審査員判断で五ポイントっつーのが多かった。
「回答はホワイトボードに記入してください。回答時間は一分です。そのあとで、ペアごとに答えを見ていくという形になります。……ではさっそく、ゲームに移りましょう。第一問は……『彼女の一番好きな食べ物はなに?』」
おお、なんだ、えらいシンプルな質問だ。しかし、一番好きな食べ物か。これってどうなんだろうな。お互いの好みは把握してるだろうが、一番好きって訊かれて、ぽんと浮かぶもんだろうか。しかも「彼女の」だもんなあ。男より、遥かに食の好みが幅広いだろうし。
「回答中はくれぐれも、ペアの方にジェスチャーを出したり、口を動かしてみせたりしないようにしてください。……それでは、回答スタート!」
小松先輩の言葉を受け、参加者たちが一斉にホワイトボードに向き合う。ほとんど迷いなくすぐに回答を記入する人や、困ったような表情を浮かべつつもペンを走らせる人など、記入の様子だけで自信の有無が見て取れる。
そんな中で、良次と川口妹は……。
「あれ、ぜったい困ってるよな?」
「うん。二人ともね」
良次はホワイトボードを見つめたまま、持ったペンは少しも動いてない。たぶんなんも思いつかねえんだろうな。川口妹は、そんな良次の様子を見て、困惑したような表情。これ、彼女側はただ考えもなしに好きなもの書けばいいってわけじゃねえ。彼氏側の答えが読めるなら、それに合わせるってのもアリだ。だが、その良次の答えが読めねえから、あんな途方にくれてるんだろうな。正解できそうな気配が一ミリもねえや。
「なあ大原。川口が好きなもんってなんだ?」
「柑橘系の果物が好きだけど、嶋君はわかんないかもね。……まあ、目標は優勝じゃないんだけど」
最後の一言は、かなり小さい、隣のおれでもぎりぎり聞こえるぐらいの音量だった。
大原の言うとおり、目的は、川口柚香には武広高校に通う妹がいると学生証コレクターに伝えることだ。それさえできれば勝敗は関係ない。それはわかっちゃいるが、
「でもやっぱ、できる限り活躍してほしいんだよなあ」
「そうだね。野球部の勧誘にもなるしね」
残り十秒、と栗原先輩が言うのとを聞くと、良次も川口妹も、慌ててなにか書き込んだ。
――さて、どうなるかな?