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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
22/42

一日目が終わって

26(藤井一樹 5)


 ペアゲームに出場することを決めたあとは、短い取り決めをいくつか決めて、今日は解散ということになった。

 川口姉の体調もあるし、女子三人はさっさと帰っていったが、おれと良次はそのままハナマル食堂に残ることにした。おれが、男二人でもうちょい話をしようぜと誘ったからだ。


「しかし、驚いたぜ」


 空になったコップをテーブルに置きながら、おれは言った。


「川口が双子だったなんてな。昨日お前が言ってた、ある人の秘密に関わることって、これのことか」

「……ああ」


 どこか疲れたような顔で、良次は肯定した。


「双子の入れ替わりのことは秘密にするって約束してたから、一樹にも言えなかった。ごめん」

「いや、べつにいいけどよ。あんだけそっくりな二人のうち一人を選べって、お前も大変じゃね?」


 ぐ、と言葉につまる良次。周囲をきょろきょろ見回したあと、恐る恐るといった体で口を開いた。


「なあ、一樹。どう思う?」

「なにがだよ?」

「……あの二人のことだよ。どうやって選べばいいと思う?」

「そりゃフィーリングだろ。お前がいいなあと思ったほうを素直に選べばいいじゃねえか」

「それは、そうなんだろうけど」


 良次はどうも煮え切らない。ははあ、さてはこいつ。


「いまだにどっちがどっちか区別ついてねえのか?」

「それはないよ。いちおう、どっちが何曜日に来るかも知らされてるし、髪型も違うから。お互いの性格も、ちょっとは把握してるつもりだ」

「へえ。じゃあなんで迷ってんだよ。二人とも魅力を感じねえのか?」

「違うって。……たださ、あの二人は姉妹だろ。俺がどっちか一人を選んだら、お互いの仲が悪くなるんじゃないかってさ」

「そこはまあ……仕方ないとしか言えないんじゃね? あいつらだって覚悟の上だろうし」

「それはわかってるけど。……でもどうしたって、いい気分はしないだろ」


 視線を下に向け、ぽつりと呟く。

 そういやこいつは三人兄弟だったな。本人は特に語らないが、親父が早くに亡くなったのもあって、兄弟三人でいろいろと協力してきたんだろう。そういうこともあって、険悪な雰囲気になる姉妹を見るのが嫌なのかもしれない。


「じゃあよ、いったん、あの二人が姉妹だってことは忘れろ。そうしたとき、お前はどっちが魅力的だと思うんだ?」

「それが、正直よくわからないんだよ」

「なんだよー。やっぱ魅力感じてないんじゃねえか」

「そんなことないって。川口が双子だってわかる前は、かなり惹かれてたのは事実だよ。でも、それがどっちだったかはわからない。二人かもしれない」


 おいおい。なんつー泥沼だよ。二人かもしれない、なんてさらっと言ってんじゃねえよ。


「いまとなっては、もうあの二人が姉妹だってわかってるからそれを無視して考えるなんてできないし……。どっちか一方をフらなきゃならないって思ったら、なんか、気が重くなるんだよ」

「お前、ぜんぜん覚悟決めきれてねえじゃん」

「それを言うなよ。……でもほんと、どうすりゃいいんだろうな」


 はあー、と大きくため息。相当悩んでんな、こりゃ。話を聞いた限り、部を引退したら二人のうちどっちかを選ぶって約束も、半ばむりやりな感じで結ばされたみてえだから、覚悟決められてねえのもしょうがない気はする。

 だが、同情できる良次の事情を差し引いても、言っておかなくちゃならないことがあった。


「だけどよ、このことが気になって部活に集中できないのはまずいぜ。甲子園に出てえんだろ? お前はそれが最優先じゃないのか?」


 おれに言われるまでもなく、良次自身が一番よくわかっていたのだろう。

 そうだよな、と頷く顔には、苦渋の色がありありと浮かんでいた。


     *


 駅で良次と別れ、電車に乗りながら、ぼんやりと思う。

 良次のやつはほんと真面目だな。だが今回は、それが裏目に出てるような気がする。真面目なのはいいが、もうちょっと砕けたように考えられねえもんか。あんな美人姉妹と期間限定二股できるなんてラッキー、ぐらいに思っときゃいいのによ。

 ……まあ、おれは完全に外野だが、秘密を知ってしまった身だ。出来る限りのフォローはしてやろう。



27(大原あかり 8)


 ハナマル食堂で嶋君たちと別れたあと、私たちはぽつぽつととりとめのない話をしながら駅へ向かった。薄暗い帰り道の中、照明で明るくなったところを通ったとき、ふいに光に照らされて柚香と柚希の顔がはっきり見えた。


「やっぱそっくりだね」


 二人が一斉に私を振り向く。柚希はサングラスとカツラをしているけど、それでもやっぱり、瓜二つなのは見て取れる。最初は、周囲に公星の生徒がいないかと警戒してたけど、もう遅い時間なので見当たらなかった。始めは距離を開けて歩いてた柚希も、いつの間にか合流して三人で歩く形になっていた。

 少し首を傾げながら、柚香が尋ねてくる。


「あかり、戸惑ってる? 急にユズが二人になっちゃって」

「まったくなんともないって言ったら嘘になるけど、正直そんなに動揺はないかな。グラウンドでも言ったけど、腑に落ちたって感じだよ」


 そっか、と頷く柚香。隣の柚希は、さっきから会話に入ってくる気配がない。なんとなくそわそわしてるように見えるけど、明日のことを考えて緊張してるのかもしれない。

 駅に着くと、改札を抜ける前に、ちょっとトイレ、と柚香が席を外した。私と柚希は中に入らず、近くの柱にもたれながら待つ。

 そうしながら、私は柚希の顔色を窺った。どこか落ち着きなさそうに、改札のほうに目を向けている。


「柚希。明日のペアゲームのこと、緊張してない?」

「えっ。ああ、うん。……してる」


 やっぱり。


「私も藤井君もフォローするからさ。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。なんとかなるって」

「う、うん。ありがと、あかり」


 ほんの僅かではあるけど、柚希が微笑みらしきものを見せた。私も笑い返す。と、柚希はか細い声で、


「……ごめんね、あかり。わたしたちのこと、秘密にしてて」

「ああ。……それはまあ、簡単に言えることじゃないもんね。大丈夫だよ」


 本当は、ちゃんと本人たちの口から聞きたかった気持ちもあるんだけど。すごく申し訳なさそうに謝られて、そう言うのは気が引けた。

 柚希はなおも弱弱しい声で、続けてくる。


「あの、あのね。わたしは、柚香じゃないけど……。でも、これからも、いままでと同じように、わたしと」


 そこまで言ったところで、急に口の動きを止める。トイレの出入り口から、ちょうど、柚香が出てきたところだった。


「待たせてごめん」

「ああ、ぜんぜんだよ。……ごめん柚希。なにを言おうとしてたの?」

「あ……。ううん、大したことじゃないから」


 ぜったい嘘だ。あんなに深刻そうな顔と声だったのに。だけど私がなにか言う前に、柚希が焦ったように話を進める。


「えっと、じゃあ、もう帰ろっか! 柚香、早く帰って寝なきゃだし」


 え、待って、ちゃんと話してよ。

 そう思ったけど、柚希の気負いに圧されてなにも言えなかった。

 改札を抜けたところで、私たちは別れた。ばいばいと手を振るときも、柚希は控えめに手を動かすだけで、さっきの話の続きをする素振りは見せなかった。


     *


 電車に乗りながら、私は考える。

 柚希はなにを言おうとしていたんだろう。

 わたしは柚香じゃないけど、これからも、いままでと同じようにわたしと――。そこまでは聞こえた。そのあとに続けようとしたのは……。


 わたしと友だちでいてくれる?

 そんな言葉が浮かんだ。あのときの柚希の緊張した様子は、そう思うのに充分だった。

 柚希は私が、入れ替わりのことをわかった途端、自分が「柚香」じゃないとわかった途端、急に友だちをやめるような人だと思ったのかな。そんなことないのに。第一、バックネット裏で話したときも、ハナマル食堂でのときも、いままでと同じように接してたじゃん。私、ぜんぜん気にしてないよ。これからも友だちだよ。

 柚希の立場からしたら、私とはまた違う感じ方があるんだろう。そう思いはするものの、どうしようもない寂しさが、いつまでもあとを引いて私の中に残った。



28(川口柚希 9)


 帰りの電車の中。わたしと柚香はこんな話をした。


「とうとうばれちゃったわね」

「うん」

「あかりはともかく、藤井にまでばれるとはねえ。あいつ、うっかり誰かに話したりしなきゃいいんだけど……」


 確かにそれは激しく心配だった。


「まあ、そこは心配してもしょうがないんだけど。でも、あかりははっきりと双子だってことに気づいてたわけじゃなかったのね」

「そうだね。昨日の夜に柚香と話したときは、もう全部気づかれてるのかもって、ちょっと思ったけど」

「でも、双子だってわかって腑に落ちたって言ってたわよね。ってことは、なんとなく違和感はあったんでしょうね」


 そういうことなんだろうな。それでもあかりは、その違和感の正体を確かめようと、無理にわたしたちを問い詰めるようなことはしなかった。


「ねえ、柚希。さっきわたしがトイレから出てくるとき、あかりとなにか話してたでしょ? あれ、なんの話をしてたの?」

「え、あ、あれは。……いままで隠しててごめん、って感じのこと」

「ふうん。それだけ?」

「う、うん。それだけ」


 そう、と頷く柚香。

 実際は、それだけじゃなかった。わたしはあかりに、こう訊きたかった。

 これからもわたしと仲良くしてくれますか、と。

 あかりにとっての「ユズ」は、たぶん、柚香のほうだろうから。公星高校の生徒は柚香だし。変な言い方だけど、わたしは柚香じゃない、偽者だ。学校でも、完璧とはぜんぜん言えないけど、柚香として振る舞ってるわけだし。


 だから、急に出てきて、これからも柚香として学校に通うわたしを、いままで通り友だちとして見てくれるか、それがたまらなく不安だった。柚香のいる前で訊くのは変な気がして、はぐらかしちゃったけど……。

 明日もわたしは公星に行く。そのときにあかりと話すチャンスはあるだろうけど、いままでと同じようにくだらない話で盛り上がったりできるのかな。あまり自信がなかった。



29(川口柚香 9)


 帰りの電車の中、柚希にちょいちょい話しかけたけど、反応はいまいち薄かった。あかりのことを訊くと、しどろもどろなリアクションが返ってきた。

 さっき、わたしがトイレから出てきたときに柚希とあかりがなにか話していたけど、あれはいったいなんだったんだろう。入れ替わりを黙っていたことを謝っていたというのは嘘じゃないんでしょうけど、なんとなく、それだけじゃないような気がする。

 あかりは、わたしたちが双子だったと知って最初こそ驚いた様子だったけど、その後の態度に特に変わったところは見られなかった。でも、本当のところどう思ってるんだろう。あかりはいつでもにこにこしてるからな。それがほっとさせるではあるけど、双子だって知っても気にしていないのか、いろいろと思うことはあるけど癖で笑ってるのか、いまいち判断できない。


 背もたれに身体を預けながら、わたしは小さくため息をついた。

 中学のとき、友だち同士の好きな人が被ると、その間に挟まれる形になった子はそれはそれは苦労していた。あんたどっちを応援するの、なんて詰め寄られて、どうすればいいのかと慌てていた。わたしも柚希もそんなことはしないだろうけど、立場的にあかりはあの子と同じだ。

 人間、誰にだって好き嫌いはある。あかりだってそうだ。今後、わたしたちのどっちかに肩入れしたくなっても不思議じゃない。でも、あかりは優しいから、そうなったらそうなったで、いろいろと悩むんだろうな。

 わたしは、ただでさえ気だるい身体が、より一層重くなるのを感じた。

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