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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
18/42

グラウンドの攻防

22(川口柚希8)


 柚香に言われた通り、外階段を下りて校舎裏に出た。中庭から、前座にダンス部がパントマイムを披露しまーす、と明日香先輩の声が聞こえてきた。時刻はもう四時を過ぎている。ペアゲームが始まっているんだ。去年文化祭に参加していないわたしとしては、どんなものか気になるし、明日香先輩が司会をやっているのを見たいけど、そんなことはできない。そのまま道を走り、裏庭を抜けて、誰に会うこともなくグラウンドに出られた。

 ――けど、肝心のグラウンドに先客がいた。


「あれ? どこ行ったんだあいつは?」


 体育館に背中を預けるようにして立っているサッカーゴールの近く。そこで息を切らしながら辺りを見回しているのは、この季節なのになぜかジンベエ姿の藤井だった。やばい、こんなところにいられたらフェンスを越えて外に出られないじゃん。

 そう思っていると、藤井もわたしに気づいたらしい。すんませーん、とか言いながら近寄ってきた。


「お姉さん、公星の制服着た、坊主頭でこんくらいの背のやつ見ませんでした?」


 手で、自分の頭のはるか上を示す。この高さ……もしかして、嶋くん? なんで藤井が嶋くんを。そう思いつつ、わたしは首を振る。


「そっかあー。ちっくしょう、あいつがグラウンドに行くの見たんだけどなあ」

 口をとがらせる。わかったらさっさとどっか行ってくれないかな。てか、校門の辺りで見たとか言って追い払えばよかった。いまさら後悔しても遅いけど。

 わたしのそんな心中など知るはずもなく、藤井はわたしに視線を向けて、


「ね、お姉さん。おれたち、会ったことないっすよね?」

「えっと、ないです」

「そうっすよねえ。でもなんか、誰かに似てる気がするんすよ。……誰かなあ?」


 わたしは声を低くして、気のせいじゃないかな、なんて返しながら、藤井の興味がどこかに移ってくれることを祈った。


「気のせい……すかねえ? うーん、なんか納得できねえなあ。おれ、こういうのはっきりさせないとキモチワリイんすよ。……あ、お姉さん、そのサングラス外してもらえます? そうすりゃわかるかも」

「そ、それはちょっと困ります。いま、あの……ひどいものもらいで」

「あー、なら仕方ねえか。だからそんなでっかいグラサンしてんすね。……あれ? てかお姉さん、なんでこんなとこに来たんすか? ペアゲームやってますよ、いま」

「えっと、ちょっと……気分で」

「どんな気分すかそれー」


 一向に話が終わる気配がない。なんか、だんだんイラついてきた。こいつはなんでこんなに馴れ馴れしいんだ。お願いだからさっさとどっか行って。


「お姉さん、おれとあんま年違わないでしょ。もしかしてここのOGっすか?」

「それは……あー、違います」

「へえー。なのにわざわざ来てくれたんだ。一人っすか?」


 イライラがつのる。初対面の人にそんなこと訊くなよ。てか声でけえよ。


「えっと、はい」

「なんで?」

「それはあの、公星祭は毎年楽しくて好きなので」

「ふーん。なのにペアゲームは観ないんすね。変なの。それにさっきから、妙にキョドってるし。ねね、なんかあったんすか?」

「…………」

「教えてくださいよー」

「…………もういいからさっさとどっか行ってよ」

「え?」


 きょとんとした表情を浮かべる藤井。し、しまった、イラつきすぎてつい本音が。そのまま、藤井はまじまじとわたしを凝視してくる。そして、あ! と声をあげた。


「お、お前もしかして……」

「一樹!」


 部室付近から、藤井の声を遮ってそんな声が聞こえてきた。わたしも藤井も、驚いてそっちを見る。視線の先にいたのは……嶋くん!



23(川口柚香7)


「良次ぃ! お前、どこにいたんだよ?」


 嶋くんに声をかけられた藤井が、そう言うのが聞こえてくる。体育館に身を隠しながら、わたしは、グラウンドでのやりとりを一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてた。

 部室前で鉢合わせたわたしと嶋くんは、グラウンドへ入ろうとしたところで、藤井に足止めを喰らっている柚希を発見した。そのまま体育館の影に隠れて盗み聞きしていたけど、話がまずい流れになったのを見かねて、いま、嶋くんがフォローに出向いたわけだけど……。

 正直、不安だ。こういうときの藤井は妙に鋭かったりする。嶋くんだってそんなにアドリブが効くタイプじゃないし、うまいこと相手のペースにされないだろうか。


「部室にいたんだよ。ちょっとスコアブックが見たくなって」

「ふーん。ま、いいや。なあ、ところでこの人、なんか川口に似てると思わねえ?」


 なんかいつの間に、誰に似てるか気づいてるし。唇を噛むわたしの耳に、ぜんぜん似てないよ、と嶋くんの引きつった声が聞こえてくる。


「えー。嘘だあ。スタイルとか顔の形とか、川口にそっくりじゃねえか」

「いや、べつに、大して似てないって。それにほら、こういうスタイルの人ってけっこう多いしさ。どこにでもいるよ」


 なんだとコラ。いまのは聞き捨てならない。わたしや柚希がこのモデル体型維持するのにどんだけ苦労してると思ってんだ。甘いものは食べ過ぎないようにコントロールし、お風呂から出たら柔軟体操とふくらはぎのむくみ取りマッサージを毎日欠かさず行い、時にはエアロバイクを漕いだりしてんだぞ。その日々の成果を「どこにでもいる」とは。だいたい、誰のためにそんな涙ぐましい努力してると思ってんのよ。

 文句を言いに行きたいところだったけど、もちろんそんなわけにはいかない。藤井はまだ、嶋くんの言葉に納得していないようだった。


「そうかあ? だからってこんなに似ないと思うんだけどなあ。リアクションもそっくりだったしよ。……あ、てか、肝心の川口はどこいったんだよ?」

「え? し、知らないよ。なんで俺に訊くんだ」

「さっき一緒にいたじゃんか。おれ、お前らがフェンス越えてグラウンドに入ってくんの見てたぜ」


 み、見られてたの? だから藤井のやつ、嶋くんを捜してたのね。


「なあなあ、川口はどこいったんだよ? 本当はこの人、変装した川口なんじゃねえの?」

「ち、違うって。わざわざそんなことしないだろ、普通」

「じゃあ川口はどこ行ったんだ?」

「いや、だからそれはだな……。ええっと」


 だ、駄目だ。完全に藤井ペース。……もう、こうなったら仕方ない。

 わたしは深く息を吐いて、グラウンドに入った。


「あれ、嶋くんに藤井くんじゃない。どうしたのこんなところで」


 白々しいセリフを吐きながら登場。あ、と声を上げて藤井はわたしを指差す。その隣で、柚希と嶋くんはあからさまにほっとした表情になる。


「二人とも仲良しね。……そっちの女の人は?」

「なんか、一樹の知り合い? みたいで」

「いや、知り合いではねえけど……」


 言いつつ、藤井はわたしと柚希を交互に見やる。


「川口。この人、お前の親戚かなんか?」

「違うけど」

「まじかよー。こうして並ぶと、いろいろと似てるじゃねえか。おれはてっきり、この人が変装した川口だと」

「まさか。なんでわたしがわざわざ変装するの?」

「んー。まあ、そう言われりゃそうか。……でもよ、この人、マジで川口にそっくりじゃね?」

「うん。似てるわね」


 え、というようにわたしを見てくる柚希と嶋くん。こういうのは、変に否定すると逆に怪しまれるのだ。藤井ににっこりと微笑みかけながら、続ける。


「わたしもちょっとびっくり。世界には自分とそっくりな人が三人いるって聞いたことがあるけど、それかもね」

「ああ、おれもその話は聞いたことあるぜ……。でもなんか、こんなに似るもんか? 体型だけじゃなくて、顔の形とかもそっくりじゃねえか」

「まあ、こういうことがあってもおかしくはないんじゃない? 似てるのは外見だけだし。奇遇ですよね」


 ずっと二人で話してるのも不自然なので、とりあえず柚希にも軽く笑いかける。適当に愛想笑いでもして頷けばいいのに、柚希のやつは、


「そ、そうですね! わたしもびっくりです、奇遇です」

「あ、あれ? なんかいま、声もすげえ似てたぞ」

「な、なるほど。声まで似るものなのね、「自分にそっくりな人」は」

「そんなことあるかあ?」

「あるってことでしょうね。だってわたし、この人とはなんの関係もないもの」


 もはや言い訳にすらなっていない、ただの力技である。慌てて、嶋くんがフォローを入れてきた。


「俺も驚いているよ。まさかここまでの他人の空似があるなんて、世の中は広いな」

「いや、お前さっきまで似てないっつってたじゃねえか。なに急に掌返してんだよ」


 が、見事に空回り。藤井はますます怪しそうな表情でわたしと嶋くんを見やり、


「さっきから変だぞお前ら。なんか隠してねえか?」

「い、いや、なにも隠してないって。なあ?」


 わたしに目を向けたあと、なぜか奥にいる柚希まで見やる嶋くん。それに対してこくこく何度も頷く柚希。もう余計なことしないで黙って立ってろお前ら。


「おい、なんでいまこの人と目配せしたんだ? お前らやっぱ知り合いじゃねえの?」

「だから違うって」


 ああ、もう。完全に泥沼だ。……いや、でも、相手は藤井だ。やりようによっては、まだ丸め込めるはず。考えろ考えろ。現状を打破できる最善の言い訳はないか。わたしが必死に頭を働かせていると。

 ――じゃり、と、誰かがグラウンドの土を踏む音が背後から聞こえてきた。…………まさか。

 ゆっくりと後ろを振り返る。見慣れたグラウンドの入り口。そこには、困惑した表情を浮かべる大原あかりが立っていた。冗談じゃなく、顔から血の気が引いていくのを感じる。


「えっと、ユズ……だよね?」


 わたしに向かってそう訊いてくる。こくりとわたしが頷くと、今度は柚希に視線を移して、


「そっちも……ユズだよね?」

「ち、違います」

「いや、ユズでしょ? さっき屋上でサングラス外してるの見たよ私。どう見てもユズだったよ」

「ち、違います違います!」


 じりじりと後ずさりながら、ぶんぶんと首を振る柚希。その勢いが強すぎて、微妙にカツラがずれて黒髪が一部露出している。や、やばい。

 あかりはわたしを通り過ぎ、柚希との距離を詰めていく。


「声も同じだったじゃん、いま」

「だからそれは偶然でっ」


 余裕のない柚希は、すぐ後ろに樹が生えているのに気づいていなかった。

 ごん、と豪快に後頭部をぶつける。のけぞり、ふらついた拍子に、ぱさりとカツラが落ち、そして、サングラスも落下する。


「あ痛っ! ……あれ?」


 きょとんとした表情で顔をあげた柚希は、サングラスが落ちたことに気づいて呆然とする。その横で、あかりと藤井は変装の解けた柚希を見て、次いで、わたしに視線を移す。そのあとでもう一度柚希を見て、そしてまた、わたしを見る。

 しばらく固まったあと、ようやく状況が飲み込めた二人は、同時に口を開いた。


「二人いるッ?」


 ……あー、もう。遂にやっちゃったよ。

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