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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
16/42

屋上と勘違い

16(川口柚希7)


 たっぷり三十分ほど、校内を歩き回って学生証を捜した。

 最初に教室棟、次に特別教室棟、最後に理科室棟の一、二階(三、四階は荷物置き場しかないから、この格好のままで行くのは気が引けてしまった)を捜し歩いた。

 けど、めぼしい成果はなし。覚悟していたことだけど、やっぱりちょっと残念。


 理科室棟を捜し終わって、いまは教室棟に戻ってきていた。なにか当てがあるわけじゃなく、なんとなくぶらぶら歩いてるって感じだ。ペアゲーム前だけあって、どの教室も閉まっていて、人気もほとんどない。四階の廊下を当てもなく歩いていると、屋上に続く階段から、女の人が下りてきた。

 私服姿だったから、公星の生徒じゃなく、外部の人だ。髪は肩の上ぐらいで切り揃えられてて、Tシャツにパーカー、ジーパン姿で、茶色いショルダーバッグを肩にかけていた。薄くお化粧をしているけど、顔立ちは高校生ぐらいに見える。たぶん、他校の生徒かな。

 その人は廊下に立つわたしを横目でちらっと見ただけでなにも言わず、そのまま更に階段を下りて姿を消した。


 あの人、屋上でなにしてたんだろう。なにかすごい発見を期待したわけじゃないけど、他の場所はもう全部探したし、せっかくだからわたしも行ってみようかなっていう気になって、階段を上がった。

 屋上へ続くドアを開けた瞬間、暖かい日差しが降り注いできた。午前中は雨が降って肌寒かったけど、午後からは太陽が出てむしろ暑いぐらいになった。床はコンクリートで、四方はフェンスに囲まれている。予想通り、わたし以外に誰もいなかった。

 とりあえず、床を凝視しながらぐるっと一周してみる。……うん、なんも落ちてないや。駄目元だったからショックではないけど。


 なんとなく、フェンスに近寄る。

 フェンスの向こうには、校門や売店付近から中庭まで、広く校内が見渡せる。さっきまで人が大勢いた校門付近にはもう誰の姿もなく、いまはみんな中庭に集合している。気づけばもう少しで四時だもんね。校門や売店の辺りだけを見てると、なんだか、学校から人がいなくなったような感じがする。

 なんか、静かだなあ。今日は朝からずっとバタバタしてたから、こんな時間がすごく久しぶりに感じる。こんな空間にいると、つい、考えなくてもいいことまで考えてしまう。

 なんでわたし、柚香の鞄と自分の鞄を間違えるなんてミスをしちゃったんだろう。あのとき、もうちょっと冷静になっていればなあ……。嶋くんの演劇もちゃんと観て、いまごろはたぶん、わたしも中庭にいて、初めてのペアゲームに胸を躍らせてたはずなのに。


 無意識のうちに、フェンスに額を押し付けていた。かしゃん、と乾いた音があたりに響く。

 ……いや、でも、わたしはまだいいんだ。完全に自業自得だし。問題は、そのとばっちりを受けた柚香と、協力を申し出てくれた嶋くんだ。あの二人だって、本当はいまごろ、もっと楽しく過ごせてたはずなのに。わたしがくだらないミスしなければなあ。なにやってんだろわたし。馬鹿としか思えない。いつも人に迷惑かけてばっかりで、なんていうかホントに……あー、もう!


 がしゃんがしゃんがしゃん。フェンスに何度も額をぶつける。そうしてると、サングラスが落ちた。あんまりサイズが合ってなかったせいだ。腰を屈めてサングラスを拾い上げながら、わたしは大きくため息をついた。

 自分の間抜けぐあいが嫌になるけど、いまはとりあえず、少しでもいいからできることをやらなくちゃ。そうやってなにか発見できれば、柚香と嶋くんの負担も減るんだから。……うん、弱音を吐いてる暇があったら、とりあえず行動しよう。

 なんとか気持ちを切り替えて、サングラスをかけて軽く深呼吸。よし、頑張ろう、と思ったところで、


「……あれ?」


 素っ頓狂な声が出た。フェンスのてっぺんの辺りに、なにかカードが貼られている。プラスチックのメッセージカードだ。なんだろ、あれ?

 フェンスに手をかけて少し揺らしてみる。まだ新しいから、体重をかけるとすぐ倒れるってことはなさそう。それに、フェンスの向こう側にも二メートルぐらいは床が広がってるし。これなら大丈夫かな。

 足をかけてフェンスを登る。てっぺんのほうっていっても、手を伸ばせばすぐ届く距離だ。一歩、二歩とフェンスを登って、最後にもう半歩進んだところで、メッセージカードに手が届いた。カードはガムテープで貼られてたけど、ちょっと力を入れて引っ張ったら、ビッと音をたててフェンスから離れた。

 フェンスから降りたあと、手元のカードに視線を落とす。淡い色使いの花のスケッチで縁取られたカードの中央には、ボールペンで一言、


『今年もいい絵が描けました』


 とだけ。綺麗な字だけど、見覚えはない。裏返してみる。なにもない。わたしの口から呟きが漏れる。


「……なにこれ?」


17(大原あかり5)


 なにかを探すのが非常に困難なことの例えとして、「砂漠に落とした一粒のビーズを探すようなものだ」という言葉を聞いたことがある。それを聞いたとき、うわあそれは大変だなあ、なんて、かなり他人事な感想を抱いた。

 けど、似たような状況に立たされたいまとなっては、大変だなあ、どころじゃないなと心底思う。

 理科室棟二階のベランダから中庭を見ながら、私は眉間に皺を寄せる。

 ヨシノリたちと別れてから、まず最初に保健室に行ってみたけど、予想通りユズはいなかった。それどころか、保険医の真弓まゆみ先生に、


「川口さん? 今日は来てないわよ」


 とすら言われてしまった。嶋君と二人で校外に出たのを見た時点でほとんど確信してたけど、やっぱり保健室に行くっていうのは嘘だったんだ。

 というかあの二人、もう学校に帰ってきてるのかな? 五時十分には教室で帰りのホームルームがあるから、それをすっぽかすことはないだろうけど。

 とりあえず、もし帰ってきてるなら、中庭にいるかもしれない。それなら高いところから見下ろすのがいいと思って、二階のベランダから中庭を見てるんだけど……。人が多すぎて、ユズがいるかどうかはよくわからない。いたとしても見つけるのはかなり難しいと思う。砂漠に落とした一粒のビーズよりは、まあ、困難ではないだろうけど。


 でもなあ……。半ば衝動的にヨシノリたちから離れてユズを捜すことにしたけど、仮に見つけたとして、そのあと私はどうするんだろう? 嶋君と二人で外に出るの見てたよ、どこ行ってたのって、果たして訊けるんだろうか。でもそれだと、ユズの心に土足で踏み込むことになるんじゃないか。

 知らず、口からため息が漏れる。

 他人の心に無闇に土足で踏み込んではいけない。大雑把に生きてきた私の、唯一の生活信条だ。

 でもこれって、単なる言い訳じゃないかな? 本当は私、ユズにストレートに訊いて、はっきりと拒絶されるのが怖いんじゃないかな。今回だけじゃなく、私はいままで、ユズがなにか隠し事をしてることに気づかない振りをしてきたけど、それもぜんぶ、怖いからだ。ユズとの距離を縮めるのが。

 そういう面があったことは認めざるを得なかった。そして、その距離を縮める覚悟ができたわけでもないのにユズを捜すなんて、我ながらなんとも中途半端な行動だなあと思う。


 頭ではそんなことを考えながらも、目だけはきょろきょろと左右に動き、中庭にユズの姿がないか捜す。そうやっていると、ペアゲームの舞台から少し離れたところ、人が一番多い場所を避けるようにして固まっている二年生の女子の集団に目が止まった。その中にユズの姿があったわけじゃない。でも、嶋君がいた。

 大変失礼なことを言うけど、嶋君と私以外に、ユズが行動を共にするような人物は思いつかない。ってことは、いまは一人でいるのかな。でも、どこに?


 女の子たちと話を終えた嶋君が、そそくさとその場を去ってハンドボールコートのほうへ歩いて行く。……嶋君に話を訊いてみようか。ストレートに訊くんじゃなく、ユズを捜してるんだけど知らない? って感じに。

 そうと決まれば、と私はベランダから出て、廊下の一番奥にある階段へ向かった。そのすぐ手前の窓からは、教室棟が見える。階段を下りようと体を反転させかけた私は、視界の端にちらりと見えた光景に思わず足を止めてしまった。


 教室棟の屋上に、誰かがいた。明るい茶髪に、革ジャンにジーンズという、ライダーさんのような格好をしてて、顔には大きめのサングラス。さっき校門ですれ違った人だ。どうしてかその人は、屋上のフェンスに額を当ててもたれかかるようにしていた。

 なにやってるんだろう? つい足を止めて見ていると、その人は急に、フェンスに額をがしゃんがしゃんぶつけ始めた。え、ホントになにやってんのっ?

 なにかとんでもない精神の病にでもかかってるのかと心配になっていると、ライダーさんのサングラスがぽろりと落ちた。


 私は目がいいのが一番の自慢で、両目とも二・〇以上ある。だから、教室棟の屋上までは距離があるけど、露になったライダーさんの素顔がはっきりと見えた。思わず息を呑んでしまう。

 綺麗な二重まぶたの瞳と、それを縁取る長いまつげ。すっと通った鼻筋。

 あれはユズだ。服を着替えてカツラをかぶってるけど、間違いない。

 変装してあんなところに立って、いったいなにしてるんだろう? サングラスが落ちたおかげで表情がはっきり見えるけど、なんだかすごく思いつめたような顔をしている。


 ――もしかして、嶋君が原因なんじゃ。さっきまで一緒に外に出てたのに、二人はいまは行動を別にしている。それどころか、嶋君はあんなに大勢の女の子たちと話をしてて、ハーレム状態だったし。

 ま、まさか、さっき外に出たのは、別れ話をするためだったとか? 長いあいだ告白の返事を保留にしてたけど、やっぱり無理です付き合えません。そう言われて落ち込んだユズは、文化祭を楽しむ気になれず、ああして屋上にいる。誰にも話しかけられたくないから変装して別人になりすまし、サングラスで涙で潤んだ目を隠している……。


 ど、どうしよう。ちょっとありえる気がする。ユズ、大丈夫かな? 大きくため息までついてるし。さっきの行動といい、身体から負のオーラ出過ぎだよ。いまから飛び降りでもするの、なんて心配になっちゃう。……なんて、さすがにそれはないよね。

 そんなことを考えていると、ユズはサングラスを掛けなおして、軽く息を吸った。そのあと、もう一回フェンスを掴み、軽く揺らし、そして――。


 フェンスに足をかけた。そのまま、登りはじめる。


 と、飛び降りる気だ! ユズ、失恋のショックで屋上から飛び降りる気だ!

 気づいたら私は、窓に背を向けて、思い切り階段を駆け下りていた。そうしながら、ポケットからケータイを取り出し、ユズに電話をかける。呼び出し音がすぐに鳴り始める……けど、なかなか電話に出ない。

 息を切らしながら階段を下りて、出口を目指して廊下を駆け抜ける。けど、教室棟に行くには、人が大勢いる中庭を通らないといけない。かなり時間がかかるだろう。たぶん、間に合わない。

 お願いユズ、電話に出て!

 耳に当てたケータイに向かって、私は全力でそう念じた。

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