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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
15/42

学生証捜索 6

14(川口柚香5)


 理科室棟の廊下を歩きながら、窓から見える中庭の様子に顔をしかめる。

 去年も思ったけど、相変わらず舞台前はすごい人だかりだ。わたしだったら、あんなに混みあうところにはぜったいに行かない。窮屈な思いをしてまで中庭へ行ったところで、見づらくなるだけじゃない。それよりは、三階の渡り廊下からでも眺めたほうがずっと快適だと思うんだけどね。それを無理して人の多いところへ行くなんて、なに考えてんのかしら。だいたい、あんたらがそんなにわらわら集まんなきゃいまごろはわたし、まだ嶋くんと一緒に――


「……あー」


 ごつん、と窓ガラスに額をぶつける。

 口実をつけて柚希と入れ替われたから、学校では嶋くんと二人で情報収集できると思ってたのに……。なのにあの男、時間もないし、多村さんたちを捜すのは中庭とその他の場所とで二手に分かれよう、だなんて。まあ、その提案はもっともだし、人が多くてその場にいるだけで疲れる中庭の捜索を引き受けてくれたあたり、やっぱり優しいんだけど。

 でもねえ。でも、もう少し一緒にいたいってこっちは思うのに。……あっちはそう思ってないってことかな。ははははは。…………はあ。


 ため息をついて、重い足を動かす。多村さんたちがいる可能性は低いけど、とりあえずもう一回、荷物置き場を見てみるつもりだった。

 たっぷり時間をかけて着いた荷物置き場は、予想通り、たくさん鞄はあるけど人の気配は皆無だった。やっぱりみんな、もうペアゲームに行ったわよね。はいはい残念残念。どうしよっかなこれから。てかわたし、真面目に捜す必要あるかな? 嶋くんと一緒にいられないなら、風邪引いてるのにわざわざ公星高校に来た意味はない。身体も重いし、あとは嶋くんと柚希に任せてここで寝ちゃおうかしら。

 わりと本気でそう考えていると、地学室の奥にある、ベランダに続くガラス戸が開いた。ベランダにいた誰かが室内に戻ってきたのだ。中肉中背で、銀縁の眼鏡をかけた男子生徒。去年同じクラスだった益田ますだくんだ。


 益田くんは教室の前に佇むわたしを一瞥しただけで特になにも言わず、窓際の席に座り、そこに広げられていた参考書と向かいあった。確か彼、なんちゃって進学校のウチにしては珍しく医学部希望だったはず。去年の文化祭も、ほぼずっと荷物置き場で勉強してたって聞いた気が。

 ……ん? あれ、じゃあこれって。


「益田くん。ごめん、ちょっと訊きたいんだけど」


 突然駆け寄ってきたわたしに、益田くんはどもりつつ、なんですか? と返してきた。去年同じクラスだったとはいえ、ほとんど言葉を交わしたことのないわたしたちだ。相当驚いたんだろう。


「益田くん、今日もしかして、ずっとここで勉強してたの?」

「ええっと……。いちおう、セレモニーが終わってすぐここに来て、クラスの出し物で体育館に行ったとき以外は、いました。ずっと」

「クラスの出し物っていうのは、何時ぐらいにあったの?」

「二時半です」


 二時半。だいたい三十分前には体育館でスタンバイするだろうから、益田くんがここを出たのは二時ごろと考えていい。で、柚希の学生証は一時半ごろにはもうなくなっていた。

 つまりこれは……。


「ね。セレモニーが終わってからこっちに来たとき、誰かいなかった?」

「いえ、誰も」

「じゃあ、益田くんが勉強してるあいだ、変な人見た記憶は無い? なんか、教室内をうろうろして、置いてある鞄を見て回ったりとか」

「いなかった……と思います」


 よっしゃ。小さくガッツポーズ。


「ありがとう益田くん。ごめんね、急に変なこと訊いちゃって」

 作りでない満面の笑みで、わたしは心からのお礼を述べた。益田くんは頬を染めて、いえそんな、ともじもじする。ふふ、わたしに笑顔を向けられた男子の大半が取る行動ね。でもごめん、これ以上話すことはないかな。

 益田くんはまだ話したそうな雰囲気を発していたけど、それに構わずさっさと背を向けて地学室を出る。廊下を歩くスピードは自然に速まり、顔には笑みが広がる。


 柚希が地学室に鞄を置いたのは、オープニングセレモニーが始まる前。そして、学生証がなくなっているのに気づいたのは一時半ごろ。つまり、学生証が盗まれたのは、セレモニーが始まる前から一時半までの間と考えることができる。でも、セレモニーが終わってからは、地学室にはずっと益田くんがいた。その彼が怪しい人物は見ていないと言う。ということは。

「学生証コレクター」が学生証を盗んだのは、オープニングセレモニーの最中だ。セレモニーは最初のほうで出席を取るけど、そのあとはこっそり抜け出して地学室へ行ってもばれないだろう。そのわずかな時間を使い、柚希たちの学生証を盗んだ。

 そう結論付けて間違いない。さっそく、嶋くんに報告しなきゃ!


 トイレの個室に入り、ポケットからケータイを取り出す。時刻は三時五十分になっていた。

 アドレス帳から嶋くんの名前を呼び出し、発信。すぐに電話は繋がり、呼び出し音が鳴る。

 早くこのことを話したい。すごいなって褒めてくれるかな。楽しみだな。

 しかし、そんなわたしのウキウキ気分を裏切るように、一向に電話に出る気配がない。虚しく鳴り続ける呼び出し音。遂には留守電に繋がる。ピーッという発信音のあとに、メッセージを……うるせえわ。一度電話を切り、リダイアル。すぐに呼び出し音が鳴る。鳴り続ける。…………ピーッという発信音のあとに、メッセージを。


「……電話したら、ちゃんと気づきなさいよ」


 ホールドボタンを押し、待ち受け画面に戻ったケータイに向かって、わたしは吐き捨てた。

 電話したら出るって言ったくせに、あの大嘘つきめ。……いや、でも、本当に気づいてないだけかしら。好きバレ双子バレしてから、わたしは前以上に嶋くんには積極的に話しかけてる。もしかしてそれがウザがられてる? それで、わたしからの電話は無視してるとか。いやいや、嶋くんがそんなことするはずないじゃない……と、思いたいけど。でもあの男、恋愛にはかなり奥手だし……。

 風邪を引くと気分が落ち込むというのは本当のようで、さっきまでの高揚が嘘のように、どんどんネガティブな思考がわたしを包んでいった。


15(嶋良次3)


 人の多い中庭をうろつき、やっとの思いで、探していた人たちを見つけられた。人ごみの間を抜け、目的の二人に近づく。


「ごめん、ちょっと。多村さん、吉川さん」


 もっとも混雑する場所を避けたんだろう、ペアゲームの舞台から少し離れた場所に多村さんたちは立っていた。二人だけでなく、他にも一人、女子が一緒だ。突然声をかけて驚かれるだろうと思ったけど、二人はむしろ表情を明るくして、


「ああ、嶋くん。ちょうどよかった。ね、川口さんの学生証も盗まれたんだよね?」

「そうだけど……」


 多村さんの発言の意図がわからず、戸惑ったような声になってしまった。


今村いまむらちゃんも盗まれたんだって」


 吉川さんが、一緒にいるもう一人の女子を目で示しながら言った。今村と呼ばれた小柄な子がこくりと頷く。

 話したことはないけど、この子は確か、十組の生徒だったはずだ。柚希さん、多村さん、吉川さんは、みんな地学室が荷物置き場だったけど、五組から十組の生徒は隣の地学準備室が荷物置き場だ。「学生証コレクター」の行動範囲は、なにも地学室だけじゃなかったということか。こうなるともう、他の学年からも盗んでいるかもしれない。


「今村さんは、いつ盗まれていることに気づいたの?」

「ついさっきです。忘れ物を取りに行ったときに気づきました」


 そのまま、他にもいくつか質問をする。それでわかったことは、今村さんが地学準備室に鞄を置いたのは、多村さんたち同様、セレモニーの前だということ。他にも盗まれた人がいるかどうかはわからないということ。また、地学準備室にも、俺たちが見たものと同じ文面の、「学生証コレクター」の犯行声明があったということ。


「犯人見つけたらさ、本当に五千円くれるのかな?」


 多村さんが冗談交じりの口調で言うと、吉川さんが肩をすくめて答えた。


「でも、見つけようがなくない? なんも手がかりとか残してないじゃん」


 確かに、見つけたら五千円と言うわりに、何も手がかりを残していないのは俺も気になっていた。文化祭に乗じたおふざけで、スリルを味わいたいなら、ヒントみたいなものを残しても良さそうなのに。まるで見つけさせる気がないみたいだ。

 それに、ターゲットをどういう基準で選んでいるかも謎だ。いまわかっている被害者はみんな二年生の女子だけど、単に、目に付いた女子生徒の学生証を盗んだだけなのか。それとも、俺が気づいていないだけで、他になにか共通点でもあるのだろうか。


 そんなことを考えて改めて多村さんたちを見る。身長にも、髪型にも、特に共通するところはない。なにかあるとしても、外見的なものではないのだろうか……と思いかけたところで、あることに気づいた。

 多村さんは右頬。吉川さんは左目の下。今村さんは口許。

 みんな、顔にほくろがある。小さく薄いほくろが顔にある人ならたくさんいるだろうけど、ここにいる三人のほくろは違う。なんというか、特徴的なほくろだ。真っ黒でまん丸でふっくらしていて、顔を見たときに思わず目がいってしまう。

 柚香さんの泣きぼくろもこの三人と同じだ。印象的で人目を引く。そして、姉妹間の入れ替わりを可能にするため、柚希さんも学校に行くときは同じような付けぼくろをしている。武広高校の学生証の写真も当然、ほくろ付きだろう。


 顔に特徴的なほくろがある女子生徒というのは、学年に何人いるだろうか。ただの偶然で片付けるには出来すぎだ。

 決まり、と断言はできないかもしれないけど、可能性はかなり高いと思えた。「学生証コレクター」のターゲットは、顔に特徴的なほくろがある生徒。二年生女子だけなのかどうかは、おいおい調べていけばわかるだろう。

 多村さんたちにお礼を言って、その場を離れる。四時まであと少しだ。もうみんなペアゲームモードで、これ以上情報収集をするのは難しいだろう。とりあえず、人気のない場所へ移動して柚香さんたちに報告の電話を入れることにする。


 ハンドボールコートの脇にある木陰に入って、辺りに人がいないのを確認してから、ポケットからケータイを取り出す。画面を開いた瞬間、それがぶるりと震えた。着信あり。二件とも柚香さんからだ。かかってきた時刻は六分前。多村さんたちとの会話に夢中になっていて、気づかなかったのだ。申し訳ない。電話したらまず謝らないと。

 呼び出し音が鳴ると、すぐに、はい、と柚香さんの声が聞こえてきた。


「もしもし、川口? ごめん、さっきは電話取れなくて」

「ううん。大丈夫」


 柚香さんの声は少し上ずっていた。


「わかったことがあったから連絡しようと思ったんだけど、ごめん嶋くん。わたし、いますぐ柚希に電話しなくちゃいけないの。一旦切ってもいい?」

「あ、ああ。うん、わかった。じゃあ、電話が終わったら、グラウンドに来て。俺も報告があるから、直接会って話そう」

「わかった。ごめん、じゃあまた」


 それだけ言うと、柚香さんはすぐに電話を切った。

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