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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
14/42

学生証捜索 5

12(大原あかり4)


 校内の雰囲気が、さっきまでとは明らかに変わってきていた。

 午後に入って一旦収まっていたはずの興奮が息を吹き返し始めていて、必要なときに爆発できるよう準備している。そんな感じを受けた。嵐の前の静けさってこういうことをいうのかな、なんて思ったり。


「やっぱペアゲームってすごいね」


 中庭へ向かう人の波を見ながら、杏里ちゃんが感嘆の声を漏らす。

 私たちは売店の軒先に立って、ペアゲームの準備が進められている中庭の様子を眺めていた。中央に即席で作った舞台が立てられていて、その周りをぐるりとロープで囲んでいる。そして、そのロープのすぐ手前、最前列の場所にはもう生徒がひしめきあっている。ペアゲームが始まるまであと四十分弱あるけど、もう舞台に近い場所はほとんど取られていた。


 毎年の傾向らしいんだけど、舞台に近い場所にいるのはほとんどが一年生か三年生。二年生は後ろのほうに回ることが多い。初めてのペアゲームにはしゃいでいる一年生、最後だし多少面倒くさくてもいい場所で見ようという三年生に比べて、二年生はちょっと及び腰になってしまう。去年場所取り戦線に参加したとき苦労したから、懲りて後ろに行く人も多いみたい。


「これ目当てに公星来る人もいるぐらいだもんね」


 たったいま購買で買った文化祭特製スペシャルお好み焼きを頬張りながら、ヨシノリ。調理部のチーズケーキが売り切れていたからと、代わりに買ったものだ。いちおう、これを食べ終わったら私たちも中庭へ行こうということになっている。

 紅しょうがをお箸でつまみながら、ヨシノリが杏里ちゃんに視線を向ける。


「バレー部の岩村って知ってる?」

「うん。あの、実業団からも注目されてるって人でしょ?」

「そうそう。あいつも、私立の名門から誘いが来てたんだけど、中学のときに見たペアゲームがきっかけでウチに来ることにしたんだって」


 へえー。岩村君みたいな人がなんでウチのバレー部にって思ってたけど、まさかペアゲームのおかげだったとは。おみそれしました。


「あ、見て。あれ藤井じゃない?」


 杏里ちゃんが中庭からグラウンドまでまっすぐに伸びる道、通称『部室ルート』を指差す。そこには確かに紺色のジンベエ姿の藤井君がいた。せかせかと中庭のほうへ走って来て、そのまま人ごみにまぎれる。

 藤井君、誰か捜してたのかな? すっごいきょろきょろしてたけど。それに、なんで部室ルートから中庭に来たんだろう。部室か、もしかしたらグラウンドでなんかしてたのかな?


「藤井っていろいろウケるよね。アタシあいつのキャラ好き」


 焼きそばの残りを容器の隅に集めながらヨシノリが言うと、あたしも、と杏里ちゃんが同意する。


「ときどき本気で空気読めてないときあるけど、なんか憎めないよね。なんだかんだ盛り上げてくれるし。野球部でもあんな感じなんでしょ?」

「うん。見てるだけで面白いよ」


 まあときどき、面白いだけじゃなくてあの迷いのなさが羨ましくもなるんだけど。

 お好み焼きを綺麗に食べ終え、容器捨ててくんねとゴミ箱に向かうヨシノリに、どうせだからと私と杏里ちゃんも付いて行く。ゴミ箱は校門付近に設置されている。その少し手前で知った顔を見つけた。


「やっほ、瑞樹」

「あ! あかり先輩」


 声をかけられた野球部の後輩マネージャー、武田瑞樹はぱっと表情を明るくさせた。


「お疲れ様です。大人気でしたね、喫茶店」

「うん。びっくりしちゃった。瑞樹も来てくれてありがとね」


 瑞樹はお昼ごろ、友だちと一緒に喫茶店に来てくれていた。そのときはちょうど忙しい時間帯だったから、顔を見ただけで話はできなかったけど。

 そのときの様子を思いだしたのか、瑞樹は笑いをこらえながら、


「藤井先輩のアレ、すごかったですね。あたしよりぜんぜん可愛くて笑っちゃいましたよ」

「だよねー。本人も、クラスの看板娘はおれだ! ってやる気満々だったよ」

「あはは。なんですかそれ」


 相当ツボだったみたいで、声を出して笑う。その笑いが収まると、瑞樹は辺りを見回して、そういえば、と切り出した。


「あかり先輩、ユズ先輩は一緒じゃないんですか?」

「あー。ちょっとはぐれちゃったんだよねー」


 曖昧に笑ってごまかす。私たちはいつも一緒だと思われてるんだね。


「そうなんですか。じゃあ、ゲーム始まるまでに合流しないとですね。明日香あすか先輩が司会ですし」

「……まあ、ね。うん」


 ペアゲームでは、男女二名の司会がいる。そのうちの一人が、野球部マネージャーの先輩、小松こまつ明日香先輩なのだ。ユズも、明日香先輩の司会を見るのを楽しみにしてたはずなのに。

 校門では人の出入りが続いている。その流れの中で、背の高い女の人が校内に入ってきて、私のそばを通り抜けていった。


 どうしてだか自分でもわからない。気づいたら私は、教室棟のほうへ歩いて行くその人を振り返っていた。明るい茶髪に革ジャンとジーンズ、サングラスという、バイクが似合いそうな格好。ぜんぜん知らない人だ。だけど、反射的に振り返ってしまった理由は、やや遅れて理解した。

 すれ違うときに横顔が見えたけど、それがユズに似ていたからだ。サングラスをしているから目や鼻筋は見えないけど、顎のラインや首の長さが似ているように感じた。後ろ姿を見ると、スタイルまで似ている。他人の空似だろうけど、ちょっと驚いた。

 いや、でもそれ以上に、ユズに似ているだけで知りもしない人を振り返った自分にびっくりだった。なんだろ私、自分で思ってる以上に……。


「あの人、知り合いかなにかですか?」


 瑞樹に声をかけられて、私は慌てて思考の海から抜け出した。


「あ、ううん。知ってる人かと思ったけど、違った。……じゃあ瑞樹、またね」


 瑞樹に手を振って、少し後ろで待っていてくれたヨシノリたちと合流。そのまま、私たちは校門前から離れる。

 中庭へ向かいながら、ヨシノリと杏里ちゃんは去年のペアゲームの思い出話に花を咲かせ始めた。私はなんとなく、その話に加わる気になれない。

 …………うん、駄目だな。


「ヨシノリ、杏里ちゃん」


 二人がこっちを見てくる。私は顔の前で手を合わせて、


「ごめん、私ちょっと、保健室行ってユズの様子見てくるね。……あ、大丈夫。二人は先行って、場所取ってて。体調良くなってたら、ユズも一緒に来るから。じゃあ、また」


13(川口柚希6)


 校門のところで、あかりと瑞樹とすれ違った。二人はなにか話をしていて、わきを通ったのがわたしだと気づく様子はなかった。

 よかった。教室棟の正面入り口に向かいながら、わたしは二つの意味でほっとした。

 一つ目は、あかりたちになにも言われることなく校門を突破できたこと。変装はしているけど、やっぱりちょっと不安だった。あの二人でも気づかないんなら、たぶん大丈夫。

 そして二つ目は、あかりの後ろに夕子ちゃんと小谷野さんがいたこと。あかりを置き去りにしてしまったことがずっと気にかかってたけど、夕子ちゃんたちと一緒ならよかった。わたしのことは気にせず、あかりには文化祭を楽しんでほしい。


 ちょっとだけ気が楽になった。……うん、頑張ろう。

 ケータイを取り出し(柚香と入れ替わる際にケータイも交換したから、正真正銘、わたしのケータイだ)、校内に入ったよ、と柚香にメールする。柚香たちはわたしより一足先に校内に着いて、いまごろは情報収集をしているだろう。そのあいだ、わたしは校内を歩き回る。誰かに話しかけられないぶん、足を動かして情報を集めなければ。


 まずはもう一回、わたしが通ったルートに学生証が落ちてないか確認しようと思い、教室棟へ歩く道中も地面を凝視する。いまは中庭へ向かう人たちが多いから外は混雑してるけど、逆に、教室棟の中は空いてて捜しやすいはず。

 道を歩いてる途中では、ジンベエ姿の藤井を見かけた。周りをきょろきょろ見渡しながら、あいつらどこいったんだ! と叫んでいて、誰だか知らないけど、あいつに捜しまわられる人たちにちょっと同情した。見つけたら、それはそれはうざく話しかけてくるんだろうなあ。


 教室棟に着く。さてと。時刻は三時半。文化祭一日目は残りわずかだけど、それまでに少しでも進展があればいいな。

 そう願いながら、わたしは人気のなくなった教室棟をもう一回たどり始めた。

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