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リグレット・コレクター  作者: 天そば
第二章 文化祭一日目
12/42

学生証捜索 3

8(川口柚香4)


 ウィッグとサングラスを駅ビルで買って、トイレの個室で装着した。鏡に映った自分を見て、まあ、なかなか様になっているかな、と自画自賛する。

 学校での清楚美少女から一変、明るめの茶髪に半透明のサングラス姿。革ジャンにジーンズというラフな格好なのもよかった。これなら、見ただけではわたしだと気づかれないだろう。急いで買ったからサングラスとウィッグのサイズが少し大きめになってしまったけど、まあ、不自然ではない。


「……ま、嶋くんに会うってわかってれば、もっと女の子らしい格好で来たんだけど」


 鏡に向かって、そんな独り言を呟く。

 本当は、家から駅までのあいだに学生証が落ちていないのを確認すると、さっさと諦めて帰るつもりだった。けど、柚希との電話で状況が一変した。

 柚希のやつ、よりにもよって嶋くんと一緒だと言いやがったのだ。学生証を捜しているときに偶然嶋くんに会って、事情を話したら協力を申し出てくれたという話に嘘はないと思うけど、そんなことは重要じゃない。

 結果的に、柚希と嶋くんが二人で文化祭を過ごしてしまう。それは、わたしが恐れていた事実そのものだ。そんな話を聞かされて、みすみす家に帰って寝てられるかっつーの。


 トイレから出て、駅の出口へ向かう。乗換えがスムーズにいったり、急行に乗れたりしたおかげで、予想していた時間よりずっと早くに着けた。駅から公星高校までは、歩いてだいたい十分ほど。決して遠くはない……けど。

 外に出てすぐ横、バス乗り場の後ろに停まっているタクシーに目をやる。あれ、乗っちゃおうかな。身体がちょっとだるいのもあるけど、一刻も早く合流したいし。タクシー代は痛いけど、背に腹はかえられない。うん、そうしよう。

 運転手さんに向かって手をあげようとしたとき、ポケットの中のケータイが震えた。柚希から電話だ。


「もしもし?」

「もしもし、あ、柚香? いま、どの辺りにいる?」

「もう駅よ。いまからタクシー乗ろうとしてたところ」

「え、タクシーで来るつもりだったの?」

「うん。歩くのしんどいのよ」

「あ、そっか。風邪、ひいてるんだったね」


 忘れてたのかよ。学生証なくして焦るのはわかるけど、ちょっとテンパりすぎでしょ。


「で、なんの用。どこにいるか訊きたかっただけ?」

「あ、ううん。違う。あの、なんか、思ったより変なことになっちゃって……。もしかしたら、わたしが落としたわけじゃないかもしれない、学生証」

「……どういうことよ?」


 相変わらず要領を得ない話し方だけど、状況が変わったらしいのはなんとなく伝わってきた。バス乗り場のベンチに腰を落とす。


「うーん……。あの、これがちょっと、話すと長くなりそうで。……え、なに?」


 最後の一言はわたしにではなく、柚希のすぐ近くにいる人に向かって発せられた言葉だろう。ケータイから、柚希の声の他に、少し高めの男の子の声が聞こえてくる。嶋くんだ。電話の向こうで二人はなにやら話をしているらしい。足元の小石を蹴る。


「うん、わかった。そうしよう。……ごめん柚香、お待たせ。あのね、話すと長くなりそうだから、どこかで落ちあったほうが良さそう。だから、いまからわたしと嶋くんが柚香のところに行くね」

「え。なに、学校抜け出すつもり?」


 そりゃあ、学校で三人集まるのはかなりリスクが高いから、外で話すのがいいんだろうけど。校門から堂々と外に出ると、先生に咎められるはずだ。


「大丈夫、グラウンドのフェンス越えて外に出るから」

「あ、そっか。あっちからなら外に出られるわね」


 野球部のバックネット裏、住宅街の通路に面して立っているフェンスは背が低い。男子はもちろん、女子でも楽に登れるはずだ。

 しかし、学校を出てわたしのいるところまで来るって言ってたけど、わざわざ駅まで二人仲良く歩いて来てもらう必要はない。


「じゃあ、柚希。駅まで来ると時間かかるから、中間地点で合流ってことにしましょう。お弁当屋さんとか過ぎたあたりにあるコンビニに集合で」

「え、大丈夫なの? 歩くのがしんどいんでしょ。駅のベンチとかで休んでて、わたしたちが行ったほうが……」

「大丈夫よ。なんか、思ったより身体だるくないし」

「そ、そっか。でも、あっちのコンビニなら、中間っていうよりはかなり高校側に近いと思うけど……」


 駅前の雑踏に目をやりながら答える。


「電話来た時点で、タクシーはやっぱりいいやって思って公星に向かって歩いてたの。いまはもう繁華街抜けたところだから、着くのはあんたたちと同じぐらいになると思う」

「あ、そうなんだ。……じゃあ、うん。わかった。いまからわたしと嶋くんもコンビニに向かう」


 オッケー、それじゃまたあとで、と返事して電話を切る。――さてと。

 わたしはベンチから立ち上がり、タクシーに向かって手をあげた。


「すみませーん。公星高校の近くのコンビニまでお願いします」


9(大原あかり3)


「あっちが一番怖かった。ほら、最後らへんの、下からいっぱい手が出てきて足首つかまれたところ!」

「やばかったよねえ、あのゾーン! アタシびっくりしすぎて、いろんな人の手ぇ踏んじゃったよ」

「マジで? 先輩の手ぇ踏むとか、夕子やばいんじゃないの?」


 教室棟の廊下を歩きながら、ヨシノリと杏里ちゃんは興奮冷めやらぬ様子でそんな話をしている。

 うん、確かに、いまの三年八組のお化け屋敷はすごかった。両隣の九組と七組の教室も借りたおかげで広さもかなりのものだったし、隅にさりげなく設置された人体模型や市松人形も雰囲気を出していた。なにより、入ってすぐの場所に吊るされていたこんにゃくの群れ。天井から紐で吊るされたこんにゃくが顔に当たって悲鳴を上げるなんて体験、ベタではあるけどそうそうできるものじゃない。あれで一気に引きこまれた。吊るされたこんにゃくがぜんぶ高さが違ったりと芸も細かかったし、発案者さん、なかなかのやり手だよね。セレモニーのときすごく目立つぬいぐるみで宣伝しただけのことはあるなって思えた。


 と、そう思ってるはずなのに、なぜだか一向に気分が晴れてくれない。

 ヨシノリたちとお化け屋敷のどこが良かったかトークをしながらも、私は心のどこかでずっと暗い気持ちを抱えていた。なんなんだろうこれ……って、理由はわかってるんだけどね。

 私はさっきから、ユズのことが気になっていた。

 今日のユズは明らかに変だった。荷物置き場で鞄を探ったあと、青い顔をして急にいなくなるなんて。あんなに楽しみにしてた嶋君の演劇も、けっきょく観に来なかったし……。そのあと電話すると、気分が悪いからいまから保健室で休むって言ってたけど、それも本当かわからない。だいたい、それなら嶋君の演劇のあいだはどこに行ってたのってなる。

 ユズになにかあったんじゃないかな? 嶋君の演劇すら諦めないといけなくなるような、なにかが。


「次、家庭科室行こうよ! 調理部のチーズケーキがうまいんだって」

「ヨシノリ、まだ食べるの?」

「当たり前でしょー。文化祭は食ってなんぼだって。まだぜんぜん足んないぐらい」


 まじか。お昼はクラスの喫茶店でカレーとクレープ食べて、お化け屋敷に行く前は三年生の教室で売ってたピザトースト二枚も平らげてたのに。つい先週、そろそろ本格的にダイエットしよっかなー、なんて言ってた人の行動とは思えない。

 他に行くところもないし、ということで、ヨシノリの要望通り特別教室棟の家庭科室へ向かうことに。三階へ向かって階段を上る途中、私の隣で杏里ちゃんがちらっと腕時計に目をやりながら、


「あと一時間弱かあ……。ね、めちゃくちゃ楽しみじゃない?」

「ん? ああ、ペアゲームね。うん、すっごい楽しみ」


 あと一時間後、四時になると、生徒会主催のイベント、『ペアゲーム』が行われる。一日目と二日目、どっちも四時に中庭で行われるこのゲームは、公星高校文化祭のメインイベントと言っていいと思う。

 二人一組のペアで出場して、騎馬戦や二人羽折りなどで他のペアと対戦していくっていうシンプルなイベントだけど、これがかなり盛り上がる。その年によって競い合うゲームが違うっていうのも特色のひとつだ。去年は障害物競走や雑学クイズだったけど、二年続けて同じ競技を使うことは滅多にないらしいから、今年は違うものになるはずだ。


 全員集合の規則があるわけじゃないけど、見物に来ない生徒はほとんどいないと言っていい。これがあるから、体育館の出し物や視聴覚室の上映は三時五十分には全行程が終了するようにプログラムが組まれているし、喫茶店や出店をやっているクラスも四時前には閉める。


「今日はマブダチよね」


 杏里ちゃんが確認するように言った。

 二日間あるペアゲーム、一日目と二日目では当然、出場ペアも違う。一日目は通称マブダチペア対決と呼ばれていて、同姓同士のペアが出場する。

 渡り廊下へ続くドアを開けると、暖かい日差しが差し込んできた。棟と棟をつなぐボックス状の渡り廊下は二階にかかっていて、私たちがいる三階からはその天井を歩けるようになっている。中庭と、その奥にある部室やグラウンドまでよく見えるので、ペアゲームをここから観る人も多い。

 そこを歩く途中、ヨシノリが言ってきた。


「でも今年、出場ペアが少ないんだって」

「え、まじで。夕子、誰かから聞いたの?」

「うん。かおりんから」


 ああ、そっか。香織ちゃん、生徒会役員だもんね。ペアゲームは生徒会役員全員になにかしら仕事があるそうで、その準備があるからと言って、お化け屋敷のあとすぐ私たちと別れた。


「一日目はそうでもないらしいんだけど、二日目が問題なんだって。出場予定の人が胃腸炎にかかって一組キャンセルになったから、三組しかいないみたいなこと言ってた」

「うそ、三組ってめちゃめちゃ少ないじゃん!」


 杏里ちゃんが驚きの声をあげる。

 一日目が同姓ペアとくれば、二日目は異性ペアだ。要するに彼氏彼女で出場してねってことで、周りの冷やかしの声が多いのもあって、毎年二日目のほうが盛り上がる。それの出場が三組とは、確かに寂しいものがあるね。確か去年は、五組は出てたはずだけど。


「いまの三年生、カップル自体が少ないんだってさ。それじゃどうしようもないよね」


 ヨシノリが特別教室棟のドアを開ける。そのすぐ右手にはトイレがあり、ちょっと寄らせてと、ヨシノリと杏里ちゃんが入っていった。無理についていかなくてもいいかなと、私は外で待機。なにをするでもなく、ガラス貼りになったドアの上部から外の様子を眺めていた。


 中庭ではアカペラ部が歌声を披露している。確か、中庭のプログラムはこれで終わりで、あとは四時までペアゲームの準備が行われるはず。

 あと一時間でペアゲームか……。それまでに、ユズから連絡あるといいな。ヨシノリたちと一緒にいるのも楽しいけど、やっぱりユズがいないのは寂しい。

 悶々とした気持ちを抱えながら、なんとはなしに視線を中庭の奥、グラウンドのほうへ移す。


「……あれ?」


 思わずそんな声が出てしまった。

 グラウンドの一番奥、野球部のバックネット裏。そこにあるフェンスを登っている女の子がいる。その反対側、フェンスを超えた先には背の高い男の子が立っていて、心配そうに女の子を見つめている。二人とも公星高校の制服姿だ。どっちにも見覚えがある。


「嶋君と……ユズ?」


 ドアを開けて渡り廊下に出て確認する。遠いけど間違いない。嶋君とユズだ。

 ユズはてっぺんまで登るとフェンスをまたぎ、嶋君に背を向ける体勢になって、今度はフェンスを降り始めた。ある程度の高さまできたら、そのままジャンプして地面に着地する。けど、少しジャンプする位置が高かったみたい。着地した瞬間、前によろめく。危ない! と私が心の中で叫ぶのと同時に、嶋君がユズに手を伸ばした。その手がユズを支える――前に、ユズが後ろ手でフェンスを掴み、体勢を立て直していた。あ、と慌てて手を止める嶋君。それを見てやっと、嶋君が手を伸ばしていたことに気づくユズ。


 も、もったいない。ユズ、せっかく嶋君に身体支えてもらうチャンスだったのに!

 ……って、それもそうだけど、なんであの二人、学校から抜け出してるの? 保健室で休むっていうのが嘘だったのはわかってたけど、フェンス越えて外に出るなんて。

 二人は歩き出して私の視界から消えていった。本当にどうなってるんだ、これ。

 ユズ、嶋君に告白したけど保留されったって言ってたけど、なにか進展があってオッケーされたのかな? でもそれにしては、さっきの手を出して引っ込めるやり取りなんてすんごいぎくしゃくして見えたし、歩くときも嶋君が少し前を歩いてたけど……。


 ユズに電話したい衝動に駆られる。けど、ポケットに手を入れただけで、ケータイを取り出すことはしなかった。

 私になにも言わないってことは、ユズがいまはそうする必要がないって思ってるからだ。それなのに、私が電話をするのは迷惑かもしれない。理由はどうあれ、嶋君と二人でいるわけだし。水を差すことになったら申し訳ない。

 大丈夫。いまはなにか事情があるんだろうけど、あとできっと教えてくれる。

 心の中で呪文のようにそう唱え、私は自分を納得させた。

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