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二日目 話し相手

祖父の家で一昔前の暮らしを満喫して、二日目の朝を迎えた。

起きてから昼ごろまでお正月の特番を見、そうして再び祖父が入院する病院に向かった。

昨日と同じ道を通って、病院に向かう。

病院は昨日と同じように人は少なく、駐車場には車がほとんど無かった。

すれ違う人の居ない廊下を、昨日よりも幾分か早いスピードで歩く。

祖父の部屋にはやはり昨日より早くつくことが出来た。

祖父は昨日よりも元気そうで少し安心した。が、依然として熱の原因は解っていないらしい。

それはまだ不安の種のままだが、それでも笑顔で話をする祖父はやはりうれしそうで、それを見て僕はお見舞いに来て良かったと思えのだった。

暫く話をしていると、祖父がふとオレンジジュースが飲みたいと言った。

それじゃあ、と、僕が席を立つ。下の売店で買ってくるのが一番早い。

じゃあ私も、と、妹も一緒に席を立つ。結局、昨日と同じ形で僕と妹は病院内を二人で歩くことになった。

昨日と同じように、来た廊下を逆回しに辿る。

昨日と違い、今日はお年寄りとすらすれ違わない。大部屋の扉は開いてるから中が見える。そこから患者さんが見える程度だ。

まぁ、だから何っていうわけじゃあないけど。

曲がり角を曲がって、昨日僕と妹が女の子を助けた場所に来た。

今日はさすがにあの子の姿は無く、一瞬妹と顔を見合わせたものの普通にその場を通り過ぎた。

が、

通り過ぎて数歩のところ。

「ん?」

僕は背中につつかれるような感触を感じ、振り返った。

「あの」と声をかけて来たのは、確か僕が昨日ここに呼んだ看護婦さんだ。

「はい?」

僕と妹は立ち止まって、看護婦さんの話を聞いた。

聞くに、昨日のあの子とそのご両親が昨日の事に関してお礼を言いたいと言っているとの事。

一瞬考えたが、別に断る理由はどこにもないため、僕と妹は頷いて、病室まで看護婦さんに案内してもらった。

今来た道を少し戻って、その病室に着く。何回か前を素通りしていた場所だった。

どうやら祖父の居るような大部屋ではなく、一人だけが入る個室の病室らしい。

ナンバープレートが一人分しかない。

扉が閉まっているため、看護婦さんが扉をノックして、

「田中(仮)さん」

と、名前を呼ぶ。田中、と言うのがあの子の苗字らしい。

「はい」

と中から返事が聞こえて、ガラガラ、と同時に扉が開く。

中から、あの子のお母さんだと思われる女性が出てきた。

女性は僕と妹を見て一瞬怪訝そうな顔をされたが、何かに気付いたのか「ああ!」と顔を明るくした。

「昨日の件の・・・」

と看護婦さんが説明をしてくれる。それを、「はいはい」と、頷きながら女性は聞いていた。

「それでは」

看護婦さんはひとしきり説明を追えると行ってしまった。

と、女性が頭を下げて、「ありがとうございました」と。

「あ、いえいえ」とこっちも頭を下げて言う。

「ほら、早苗(仮)もこっちに来て御礼を言いなさい」

女性は言って、部屋の中を振り返った。

僕と妹も、一緒に部屋の中に視線をやる。

ベッドの上で半身を起しているあの子が、こっちを見ていた。

「あ、いいですよ別に。寝てもらってて」

僕は首を振ったが、そう言っている間にもうあの子はベッドを降りてこっちに来てしまっていた。

お母さんの隣に並び、僕と妹にぺこりと頭を下げて、

「ありがとうございました」と言った。

小さくか細い、それでも精一杯搾り出したような声だった。

「いえ、大丈夫そうで」

「本当に、ありがとうございました」

お母さんはまた頭を下げる。

「いえいえ。あ、もう戻っていただいて・・・」

早苗ちゃんはそんなに体調が思わしく無いらしい。パッと見の判断だからそうとは限らないけど、まぁ、病人にそんな長いこと話をさせるのは酷だ。

「そうですか?」と、お母さんは早苗ちゃんを見、「じゃあ、早苗、ベッドに戻って」と言った。

同時に、お母さんがこちらに一歩を歩んで、扉を閉める。

何だろう?

首をかしげていると、ふたたびお母さんが頭を下げた。

下げて、「ありがとうございました」。

次いで、「あの〜・・・」と、何か言いづらそうな声で言う。

「お家はここら辺にあるんでしょうか・・・?」と。

お家、と言うのは、僕等の家のことだろう。

しかし残念ながら、僕の家と祖父の家は相当離れている。お正月でもないと来ることが出来ない理由はそこにもあった。

その旨を伝えると、「そうなんですか・・・」と、何故かお母さんの表情が暗くなった。

「あ、でも今日と明日はここにいるんですけどね」

僕の補足に、お母さんの表情が今度は僅かに明るくなった。

「祖父が入院しているので、そのお見舞いに帰ってきたんです」

「そうなんですか」

あ、別に今の補足は必要なかったか。

ともあれ、とっとと戻らないと母さん達が心配するか、と僕は時計を見た。

と、お母さんが突然口を開く。

「あの・・・、今日と明日だけでもいいので、娘の話相手になってもらえないでしょうか?」と。

「え、はぃ?」

多分素っ頓狂な声を出してしまったのだろう。妹の視線が痛い。

「え?どういう・・・?」

「娘は長い間入院してまして、今ではもう友達すらお見舞いに来てくれなくて・・・。いつも一人で寂しそうにしているんです・・・」

「はぁ・・・」

「今日と明日の二日だけでいいんです。二日だけ、あの子の話し相手になってもらえませんか?」

お母さんは、そう言ってまた頭を下げた。

どうする?という意味を込めて、妹を見る。

妹も一瞬迷ったようだったが僕も別に異存は無く、

「はい、僕等でよければ」と二人して頷いた。

そんな綺麗な返事を出来ていたか定かではないが、そんなような事を言った。

かくして、僕と妹は二日間の友達を得たのだった。



決して広くない室内。

ベッドが合って、椅子が二脚。テレビに点滴があって、人が五人も六人も入ったらもう窮屈な、そんな室内。

けど、一人で居るには確かに広い、そんな中途半端な広さの病室だった。

早苗ちゃんは、ずっとこんなところに居るのだと言う。

三年前からずっと病院に入院しているらしく、小学校の卒業式も出ることが出来ず、中学校にも一回も言って無いらしい。因みに、一年生だと言っていた。

最初お母さんに紹介された時は僕等も早苗ちゃんもぎこちなかったが、今は楽しそうに話をしている。

とは言っても、僕が会話に混ざることが出来たのは五分程度の事で、後は早苗ちゃんと妹だけで話をしている。

女同士では話が弾むのだろう。僕が間に入る隙間がどこにもない。

それにしても、と僕は備え付け(?)の窓から外を見る。

別段何が見えるわけでもなく、ただ車が通る大通りが見えるだけ。

こんな所にいれば、体調も悪くなるというものだろう。

母と祖母は事情を説明すると快く理解をしてくれた。今は近くのデパートで買い物をしている。多分戻ってくるのに二時間は掛かるだろう。

その二時間は、早苗ちゃんと話を出来る。まぁ、僕は窓の外を眺めているだけだけど。

だけど楽しい二時間は、

プルルルル・・・

すぐに終わるもの。

『もしもし?もう帰るから、挨拶して出てきなさい。駐車場で待ってるからね』

と、母から僕の携帯電話に電話があった。

それを妹と早苗ちゃんに伝える。

と、一瞬早苗ちゃんが悲しそうな顔をした。それを、僕は見てしまった。

それでも次の瞬間には笑顔を作って、「そっか」と早苗ちゃんは言った。

「また明日も来るね」と、妹は病室の前で手を振った。

早苗ちゃんもベッドの上で手を振り替えした。笑顔だった。

駐車場に向かう途中妹が、

「楽しそうで良かった」と言った。

僕は「そうだな」と言って頷いた。

妹はさっきの早苗ちゃんの表情には気付いていなかったようだ。まだ子どもだ。そう思う。

でも今は、子どもでいい。

そんな事を考えながら、僕は、僕と妹は駐車場に向かった。

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