第五十七話 サイシュウワ
落ち着いたところで、修行の話。どう頑張っても穂琥には直結に眞稀を練ることができない。それどころか逆回転をしてしまうという戦鎖とは異なった症状を訴えたと薪に伝える。すると薪は感心したような声を上げた。
「へぇ~?何も言わずにそこまで!」
薪のその声が鎮まった部屋に木霊する。
「え?」
あまりの静かさに薪が声を発するとふるふると震えながら拳をゆっくりと上げる儒楠。そして勢いよく机を叩いて言いたいことを全て吐き出す。
「テメー!それが療蔚の開眼の方法だって言うなら最初から言えってんだよ!何無駄な努力させてんだコラ!結構大変だったんだからな!アホか!お前は!え?!」
「まーまーそう力むな。んじゃ、少し見せてやるか」
薪はささっと部屋を出る。儒楠が自分はどうするべきかを薪に尋ねるとにやりと笑ってきても良いぞとの返答。その笑顔に一体何が隠されているのでしょう。
そんなわけで修行部屋へ移動。そしてまずは穂琥に今までの修行の成果を確認するため眞稀を練らせる。
「はい、そこで止める」
「え?!あ、はい!?」
突然薪に言われて眞稀を止める穂琥。すると薪はつかつかと穂琥の傍まで寄って頭に見事なチョップを喰らわせる。
「オレは止めろといったんだ!解けとは言ってねぇ!」
「ひいいぃぃ!すいません!!」
「はい、もう一回!」
「は、はい!」
なるほど、穂琥が言っていたのはこれか・・・と儒楠は目を遠くしてみる。
ある程度そうやって薪の助言の元眞稀を練っていると納得したように薪が頷いたので何かと思ったら開眼がもうできると薪はいった。
「え?!もう!?」
儒楠がアレほどまでに苦戦したというのに薪の助言2つ3つで出来るようになるとは、正直なところ儒楠は軽いショックを受けるのだった。
「おら、とりあえずこうして姿勢を整えて。そ。で、開眼させるつもりで。出来ねぇとは言わせねぇぜ?」
脅すような言葉に儒楠はぞっとしたが穂琥のほうには火がついたようだった。
力を篭めて。やり方なんて正確にはよくわからない。でも出来ないとどこか悔しいし、ムカつくから必死になって眞稀を練る。そして目を開ける。その世界の変貌に穂琥は目を丸くした。
「開眼おめでとう」
薪の言葉に驚いて薪を見る。あの時と同じ。軽い靄のようなものが見える中に薪がいる。この感覚を忘れないようにしようと穂琥は目に力を篭める。しかしそんな穂琥の思いとは裏腹に薪はすぐに解くようにという。穂琥はそれにもう抗議する。
「せっかく出来たのに!?今なったばかりだからもっと感覚を・・・は、はいはい!解きますよ!」
文句を言い募る穂琥を鋭く睨んできたので流石に穂琥も言葉を止めて解くことにした。それでもどこか文句を言い足りない気がしていた、そんな折。急激に苦しくなって膝を折る。まるで魂石が悲鳴を上げているような感覚。目が痛くて頬に涙が伝う。魂石がまるで割れてしまうのではないかと思うほどの激痛。
「だから解けって言ったんだよ、あほ」
薪の声を遠くで聞くとすっと身体が楽になるのを感じた。遠のきかけた意識も大分戻る。
「早くとかねぇとそうなるんだって。開眼仕立てはね」
「それ先に・・うっ!」
抗議しようとして力を入れると魂石が悲鳴を上げる。
「無理して動くな。死ぬぞ」
「どうして先に言わなかった?こうなるってわかっていたなら」
儒楠の質問に上目遣いで薪が睨むように儒楠を見る。その目に儒楠は一瞬飲み込まれた。それからその目を伏せた薪はがばっと顔を上げて指をピンと一本立てて明るく言う。
「ま、何事も経験!」
穂琥、儒楠、共に撃沈。薪はすくっと立ち上がる。
「ん?どこ行くんだ?」
「着いて来い」
薪は服を翻して部屋の扉を開け放つ。その雰囲気を見て儒楠はどこか直感的なもので感じ取った。これはたぶん、もう薪の中で完結したのだと。もう、決断したのだと。
部屋に着くと薪は床に大きな白い紙を敷いた。儒楠はそれを見て確信する。やはり薪はもう行動を起こすつもりなのだろう。
「さて。行くぜ、地球に」
薪の声が部屋に木霊する。穂琥は驚いて固まっていた。
「も、もう・・・行くの・・・?!」
「あぁ、そうだ。開眼出来たんだ。もう待つ理由はない」
薪は何かの呪文のようなものを言った。すると先程敷いた白い紙の上に穂琥には読めない文字が這いずり回るようにうごめき何かの陣のようなものを描いた。
「穂琥」
突然名前を呼ばれて穂琥はびくりと肩を震わせる。薪のその口調のせいだ。
「オレの中では全て穂琥が中心で回っている。幼い時から父と母の愛情を受けて育つべく過程をオレは奪ってしまった。オレがあんなことにはならなければ穂琥は地球に行くことも、愛情を受け損なうこともなかった。でも、これからはしっかりと護ると決める。二度とお前に涙は流させない。苦しい思いは・・・絶対にさせない」
握った拳が震えているのを穂琥は見た。薪のその言葉の重みを今ならよくわかる。穂琥は頷く。きっと薪なら自分を護ってくれる。そして出来うることならば穂琥自身ももっと強くなって護ることが出来る存在になりたいと。
「そんな事、気にしなくて良いよ。私には薪がいる。儒楠君だっている。それに地球の友達もいる。私、地球が大好きだもん。行けてよかったと思っている!」
「・・・あぁ」
微笑んで答えた薪の笑顔が温かくて和んだ。父と母の愛情は受けることが出来なかったけど、それでも今こうして薪から愛情を受けている。それできっと良いはずだ。それで幸せならばいいはずだ。
「本気で護れよ」
「当たり前だ」
儒楠の言葉に薪は力強く答える。
「先にオレが行くから後から来い」
「え?一緒に行かないの!?」
「悪いな、この陣では一祇しか通れねぇんだ」
薪がさらに呪文を唱えると陣の中心に一祇が通れそうな穴が開いた。
「んじゃ、先に行く。儒楠、後頼んだぞ」
「任せろ」
ピッと手を上げた薪に同じ様に手を挙げて答える儒楠。薪が穴へ近づくとその穴の中から無数の手が伸びてきて薪を掴んで穴の中へ引きずり込んでいった。それを見てきっと恐怖し、気持ち悪いと思わないものはきっといないはずだ。穂琥はそう確信した。そして勇気を振り絞ってその穴へ足を踏み入れる。ぶわっと手が身体にまとわりつく。
「無理!キモッ!うわあぁぁ!」
「あはは!仕方ないよ、頑張れ!」
涼しい笑みで儒楠が手を振る。
「穂琥」
儒楠に呼ばれて儒楠の顔を見る。薪とは違う暖かい笑みを浮かべている。その声に呼応するとさらに優しく和んだその瞳に穂琥は自分の今の状況を忘れそうになった。
「好きだ」
「えっ?!」
穂琥の身体は無数の手のようなものに包み込まれた。
「ちょ、それ、なにぃぃ!?」
儒楠の言った言葉を理解し損ねたような感じで穂琥は穴の奥へと引きずりこまれていく。
はっと気づいたとき目の前の風景が変わって軽蔑に近い薪が睨んでいた。
「あ・・・れ・・?儒楠く・・」
「何」
薪の鋭い言葉に穂琥は口をつぐんだ。なんでもないと答えたかったがうまくしたが回らなかった。
「な、なんでもないれしゅ」
「・・・もう少し落ち着いたらどうだ」
「あい・・・」
「呆れた」
ため息をついた薪。そんな薪を見ながら文句を言う穂琥だが辺りが異様に暗いことに気づいてあたりを見回して絶句した。
見渡す限り広大な星々。暗闇に浮かぶ小惑星たち。今ここにいるのは宇宙だと気づく。
「見てみ」
薪の言葉で薪が誘導したほうへ目を移す。そこにあったのは美しき青い星。地球。
「中身はそうとは言い切れねぇけど。概観だけなら眞匏祗の星よりはるかに美しい」
青く気高く。太陽の光を受けてぼんやりと輝くその星は本当に美しい。奇跡で生まれたこの水と大地の星は眞匏祗の住まう星とは大分異なって見えた。それが何故なのか薪に尋ねたが宇宙系まで理解できるわけないと苦笑していた。
「さて。入るぞ。つかまれ」
薪に言われて薪の裾を掴む。そしてそっと瞳を閉じる。身体がずしっと重くなるのを感じた。宇宙、つまり無重力状態であったところから急激に重力ある世界へと足を踏み込んだのが原因だろう。そっと目を開けるとそこには地球の大地が広がるのだった。
「地球・・・」
「あぁ、懐かしいな」
「うん・・・ところで・・・・」
沈黙。
「ここどこぉぉぉぉぉぉ!!!」
どこぉぉぉこぉぉぉ
穂琥の声が木霊する。あたりは見渡す限り木、木、木、林、森。
穂琥の木霊が消えて辺りが静かになった。この違和感に穂琥はそっと横にいる薪を見る。こういうとき、大抵少しは考えろと叱責を食らうのだがそれがない。そして何も反応しない薪を見て穂琥は少し不安になる。
「し、薪君~?」
「・・・オレも知らない」
薪の辛らつな一言に穂琥はずっこける。まさか薪までもがこんなことを言うとは思わなかった。
「さて。ここがどこか分析するか」
「あ、の・・・私、やってもいい?」
穂琥のその言葉に大変驚いた薪だったがそんな穂琥の気持ちを無碍にする理由もなく、それの許可を出す。嬉しそうに笑って真面目な顔になって眞稀を練る。
しばらく経って穂琥は目を開けた。
「ご、ごめん・・・。わからない・・・」
「そうか。ならオレがやる」
「あれ?怒らないの?」
「率先してやろうとして失敗したならそれを怒る理由なんてない」
薪はそう言って辺りを見回した。
「そっか」
「え?!わかったの!?眞稀使った?!」
穂琥の驚いた声に薪は呆れたような顔をした。
「オレ、愨夸なんで。地球じゃそう簡単に眞稀は使えないよ。それに、お前もな。あまり使うなよ」
「え?」
この地球には前代愨夸によって星を追われた逃亡者たちが意外にも数多くいる。薪は愨夸になってからすぐに人間に対して眞稀を使うどころか何もしない状態ですら殴ることを禁じた。人間は脆く弱い。眞匏祗の力で殴れば簡単に壊れてしまう。だから愨夸といえどこの地球には手出ししづらいところもある。故に逃亡者たちは今も愨夸の恐れを抱いたままここにあり、そしてここにやってきた眞匏祗たちを消し去ろうとしている。決して愨夸に再び会わないように。自分たちが消されてしまわないように。
よって、眞稀を感知すれば消しにやってくる。無駄な争いは好まない。平穏に暮らしてさっさと痲臨を集めてしまえばいいのだ。
眞匏祗の装束のままでは動けないということで薪はさっさと服装かえる。それにすら眞稀を要するため、今の穂琥には無理と判断した薪は穂琥の服装を変える。
「本来なら自分でやるんだぞ」
「わかってまーす!わぁ!懐かしい、人の服だぁ!」
懐かしい地球の服を着て和んでいる穂琥だった。
そうして薪たちはその木々だらけのところを抜けて今夜寝る場所を確保するのだった。
明日からは眞匏祗として愨夸として捜索を開始する。以前の目的とは違うもの探し。この宝探しは予想を超えて困難なものとなる。懐かしい出会いと新しい出会い。眞稀をうまく抑えられない穂琥に幾度となく眞匏祗が襲い掛かる。その度に薪は穂琥を護る。約束したから。母と、友と。そして何より自分自身と。
とりあえず眞匏祗の話はここまで。中途半端だって?いいえ。だってこれから始まる物語は『眞匏祗』ではなく『人間』の世界ですもの。人間の中にまぎれた眞匏祗たち。その世界での物語だから。
―いつまでも楽しいことは続かない。けれどだからこそ辛いことや悲しいことも終わりがあると気づくことが出来るのだろう。