第五十六話 ツヨサ
兎に角。今は眞稀を練り上げそれを開眼へと結ばせることを考えるとしよう。そのための眞稀の流れを特訓しようとしていきなり問題が発生。
「そうだね、じゃぁ眞稀を体内で留めて・・・」
儒楠の言うことを無視して穂琥は体外へ眞稀を放出し続ける。
「・・・あの、穂琥さん・・・?オレの言うこと聞いてくれていますか・・・?」
「す、すいません・・・」
「・・・・・え、ま、まさか・・・」
「すいません・・・・」
儒楠は酷く頭を抱えた。眞稀を体内にとどめることすらできないなんて。人で言えば口の中に空気を貯めて外に出さないようにする程度のことだ。そんな初歩的なことすら出来ないということは一体今までどうやって生きてきたのだと疑問に思うくらいだ。そして儒楠はさらに思うのだ。
―薪。無理です
「でもなんか調子が狂うなぁ~」
「え?」
穂琥が頭をかきながら照れくさそうに笑った。
「いつもなら薪が相手でしょう?加減っていうものを知らなくてさ~。『これくらいは常識だよ!誰だって出来るわバカ!』とか言って殴られるから何だかいつもと違う感じがするのよねぇ~」
「へ、へぇ~・・・」
そんな横暴的なことをしているのかと儒楠は顔を引きつらせる。
「で、でもさ。ヒントとかくれるんじゃないの?」
「全然!」
「え・・・あ・・・そう・・・なの・・・。じゃぁいつもどうしているの?」
「・・・どうしていたっけ? あ、あれだ!殴って蹴られてそれでお終い!そのまま薪、『後は自分でやりな!メンドい!』って言ってどこかに行っちゃう!アハハハ!」
ガクッと頭を落としてため息をつく儒楠。疲れる、この子達・・・。そんな事を思いながらこんな状態の子に何を教えれば良いのか必死で考える儒楠だった。
そんなわけでとにかく穂琥には体内に眞稀をとどめてその状態のままを維持することを命じた。ある程度やって何とか体内にとどめることが出来るようになってきたので今度はその体内に滞留した眞稀を外へ放出するほうへと段階を移した。
普段の術を使うときは眞稀をある程度回転させるイメージで体内を駆け巡らせ外へ押し出す。開眼の場合はそうも行かず、回転ではなく直結。真っ直ぐとしたイメージで外へ出すのが基本。その真っ直ぐをイメージした眞稀の放出さえ出来るようになれば開眼もしやすくなるはず。はず・・・なのだが。
「はぁ、はぁ・・・む、無理だ・・・これ・・・。眞稀がなくなっちゃう・・・」
いくら頑張っても出来る様子がない。頭を抱えつつもそろそろ穂琥の意気も上がってきたのでストップをかけると穂琥はそれに習って眞稀を練るのを止めて儒楠を見詰める。儒楠はその穂琥の行動が理解できず首を傾げる。
「え?だって・・・ストップしたよ?そしたらどうするの?」
「・・・え?いや、ストップって・・・。休憩だよ・・・。息も上がってきているしね」
「え?!あ!?こ、この程度の息の上がりで休憩してくれるの?!」
薪はいつも穂琥に何をやらせているんだと引きつる儒楠だった。
休憩中、儒楠は考える。いくら穂琥がだめな子だとしてもいくらなんでもこれは酷すぎる。何か別の理由があるのかもしれないと思い始める儒楠だった。
一方の穂琥は親切に教えてくれる儒楠に申し訳ないような気分になりながらも今、儒楠が何だか酷い考えをしているのではないかと疑念を少し抱いていた。しかしそんな事よりも真っ直ぐを保つことを考えるとどうにも難しくてたまらなかった。何とかしようとするとどうにもイメージでは逆に回転してしまいそうな感じがあった。それを儒楠に言うべきかどうか少し悩んだが言うことを決意して儒楠に逆回転のことを伝えた。すると儒楠は少し奇妙な表情をした後、はっとした顔をしてさらには怒りに満ちたような表情になたの出穂琥は驚いてあたふたしたがそんな事構いなしに儒楠は勢いよく立ち上がると凄まじい勢いで部屋を飛び出して言った。叫びながら。
「薪んんんのばあぁかぁやろぉぅ!!!」
天下の愨夸を絶叫しながらバカと呼べるのは彼くらいだろうか。穂琥は慌てて儒楠の後を追った。
「薪!」
薪のいる部屋の扉を勢いよく開ける。薪はだるそうに返事しながらそれに答える。
「ん~?ドアは静かに・・」
「じゃぁかしいぃわ!どーでもいいわ、そんな事!」
「珍しいなぁ~声を荒げて~」
呑気な薪の返答などまるで無視するかのように儒楠は怒号を上げた。そして呑気に頬杖突きながらペンを走らせている薪の腕を勢いよく払いのける。その衝撃でペンが思わぬ方向に走り去り書類が台無しになる。
「テメー!何すんじゃボケェ!大事な書類使い物にならなくしやがって!」
「ボケはテメーだボケェ!」
「んだとこらぁ!」
普段、滅多に激情しない二人が燃えに燃えて言い争いを始めて穂琥は頭の中が真っ白になりながらそれを見ていることしか出来なかった。なんとなく、自分が原因でこの二人が喧嘩を始めてしまっている様な気がしてならないので止めるに止められなかった。
「なぁにが『どれも似たようなもんだろう』っだぁ!ざけんじゃねぇよ!ボケカスが!」
「知ったことか!似たようなもんだといっただけだ。同じとは言ってねぇよ!」
「何言ってんだ、それ!!」
「まぁ、相変わらず穂琥には手を焼くと思ったからなぁ」
「そ、それでオレに!?」
「そ」
言い切った薪に儒楠はかっと燃えるような怒りに似たものがこみ上げてきたが現に実際手を焼いたのは事実で薪の愨夸としての責務は避けがたい事。まして、もうすぐ地球に行くとなれば処理しなければならない仕事とて山積みのはず。そう考えると何も反論は出来なくなった。
流石の儒楠も反論できないということはそれに基づく事実、つまりは穂琥の修行をするということの困難さを既に身に染みているのだろうと薪は納得した。
「ま、穂琥は強大な眞稀を有しているからな。そうやって無駄にでも発散させておかないと暴発してしまうからな」
使えなくなった書類を見ながら薪がどうでもよさそうにさらりと言った。しかしそれを耳にした穂琥と儒楠はそんな簡単な言葉には聞こえず思わず濃い反応を示した。その反応を見て薪は大きなため息をついて穂琥を上目遣いで見る。
「あんたさ、『仮にも』オレの妹、代々愨夸の娘だ。その娘がそんな『梵鐘』なもので終わるわけないだろう?」
「な、何だか・・・二単語くらいムカつく言葉あったんですけど・・・!」
腹を立てて暴言を吐いている穂琥を無視して正直穂琥のどこにもそんな膨大な眞稀を感じることの出来ない儒楠にそっと耳打ちをする。
「穂琥は大物さ。将来的にはオレをも超える。あいつの秘めた力は壮大なものだ。わかるだろう?母上、紫火の血を一番継いでいるのは穂琥だ。眞匏祗史上、最強のそして最高の療蔚になる。オレはそれを断言できる」
薪のその言葉に偽りは感じない。むしろ本当に断言しきりそれは間違えることのない事実のように言った。
「まぁ、アイツ次第だがな!」
儒楠の肩を軽く押しながら言う。儒楠は未だに薪の言葉が信じられなかった。薪が強いというときは本当に強いわけで、現に薪が今までに強いと断言したのは死神である綺邑くらいと記憶していた。それをこんな魂石や眞稀の練り方もまともに理解していない少女が。驚きで儒楠は固まる。
「何はなしているの!?」
「馬鹿にする説明はありません」
「んだとコラアアァァァ!!」
諸手を振り上げて薪に突進するが薪は何事もないかのように穂琥の頭を抑えている。そんな様子を見ても薪を超える逸材には見えなかった。