第五十四話 セイタン
薪の指定した場所までたどり着いた穂琥と儒楠。そこに薪がいた。
「さ、あけて」
「え?」
「いいから」
儒楠に言われて穂琥は少し警戒しながら扉を開ける。
ぱーーーん!
耳に響いたその音に一瞬びくっとしたが破裂音と共にいくつかの紙テープがかかってきたので驚いた穂琥だった。呆然とする穂琥の肩に儒楠が手を置いた。
「誕生日、オメデト♪」
突然それを言われて驚いて固まる。
「今日がね。オレらの生まれた日なんだ。本来なら別にこういうことはやらないけれど。地球で育ったお前にとってはこういうのがあったほうが楽しめるだろう?」
薪がそう言ったことをするとは本当に驚きだったが穂琥はもう感情が高まりすぎてとにかく薪へと飛びついた。
「わっ、ばっ!張り付くな!」
飛びついてきた穂琥の頬を押しやって離そうとする。
「わぁぁ!薪のばかぁぁ!今日だなんて知らなかったのに~!」
「そりゃ、知らないでしょ。まぁ、これを準備してくれた長夸と役夸に感謝しろ」
薪に言われて潤目になりながら長夸や役夸に頭を下げる。役夸は必死で手を振っていたが長夸は笑ってすごしていた。ただ楽しそうだから薪の言ったことに参加してみたと笑い声を立てる。薪は穂琥の肩を押して中に押しやる。
「さ、やってけ」
薪に押されて部屋に入ってテンションが上がっていく穂琥だった。
長夸を相手に早くも暴走を始めている穂琥を放って置いて広いバルコニーへ儒楠と出た薪。
「で?いつ行くつもりだ?」
「出来るだけ早めだ。人間拾ったらまずいからな」
薪はにやりと笑う。眞稀を持たない人間が拾ったところで何にもならないだろうと儒楠は言ったがそれにすら薪はにやりと笑う。
「知らないな」
「え?」
「痲臨は眞稀を持たないからこそ怖いんだよ。取り込める抵抗しない格好の餌って事でな」
はじめたかが地球へ行く程度に薪が、愨夸が行く必要があるのかと疑問に思ったがそれは一瞬で消え去る。相手が痲臨である以上、愨夸が出たっておかしくない。しかし。しかしだ。
「何で穂琥まで?」
「大した理由じゃねぇよ。アイツはただ単に地球が好きなだけだ。だから連れて行く」
「・・・へぇ。お前がそんな風に思うなんて意外だわ。でも、穂琥は・・・」
「わかっているさ。あいつは力のコントロールが下手だわ」
今までは眞匏祗として自覚していないので問題は無かったが今はもう眞匏祗という自覚がある以上支障が出ることが多い。でも、そんな事関係はない。
「オレが絶対に護る。問題ない」
「・・・羨ましいな」
薪の言い切ったその言葉に儒楠が被さる。本気で護ると決める相手がいることが羨ましく思う。儒楠には護るものがない。護られるばかりで。
「じゃぁ儒・・」
「なぁにやってんのぉ!?こぉんなとぉころぉでぇ!?」
完全に酔っているとしか思えないテンションで穂琥がバルコニーに突っ込んできた。
「おま!?また酒飲んだのか!?お前は飲むなっつどわ!?」
激突された薪は再び穂琥に押し倒されるのだった。
「おら!向こう行って遊んでろ!」
薪に蹴っ飛ばされて穂琥はふらふらと中へ戻っていく。
「で?何を言おうとしたんだ?」
「・・・いいや、なんでもない。いいよ」
少しだけ黙した。それからバルコニーに手を突いて少しだけ身を乗り出して遠くを見る。
「ここから紫火様、見えるな」
「何だよ、急に」
儒楠はふっと息を吐く。
「薪が穂琥を護る理由ってそれか?」
「はは。最初はな。それは穂琥にも言われたなぁ。でも今は違う。これははっきりといえる」
本来護ってもらうべき存在を薪のその手で消してしまった。それを悔いているのも理由の一つに加えてある。
少しの間の後、儒楠がため息をついた。
「薪。何でお前はそんなに強い?」
「いきなりへんなことを聞くな」
薪は笑う。儒楠はそんな薪の笑いにも儒楠は答えない。
「・・・・。オレは相手を見て強くなろうとは思わないから、かな」
「え?」
どんなに相手が強いだろうがそんな事は関係ない。自分自身に勝てないものが相手に勝てるわけも無い。そういうことを身をもって薪は感じた。自分が弱いから、自分自身の心に負けたから14年前の悲劇を生んだのだと。そうして自分自身を壁に絶えず戦い続ける。いつまで経っても自分を超えることは出来ない。越そうと思った自分がいてそれを超えたところでまた新しく力を得た自分がいる。それの繰り返し。
「なるほど。それが大きく変わるって事か」
「誰と?」
「あの方さ」
「・・・ふん」
不機嫌に鼻を鳴らせて薪は他所を見た。
「さーて!オレも少し暴れてくるか!」
儒楠は諸手を挙げて伸びながら部屋の奥へと入っていった。