第五十話 ヨイツブレ
薪が儒楠のいる部屋に戻ると大分出来ている調書を見て感心した声を上げた。
「結構できているじゃん」
「うるせー。こんなに押し付けやがって!」
「はははは!ま、残りもヨロシク!それ終わったら穂琥の看病、ヨロシク!」
軽々と言ってのける薪にコノヤロウと怒りを覚えるがそれもすぐに冷める。薪を相手に喧嘩が勝てるわけも無いのだから。薪は扉に手をかけてはたと動きを止めた。それが気になって儒楠は疑問の声を上げるが薪はしばらく動かなかった。
「大した・・・事じゃないんだけどさ・・・」
薪は言葉を渋りながら言う。しかし、それ以上は言葉を濁してしまって言おうとしない。
「何があったんでしょうね?穂琥がらみだろう?」
「さすが。まぁ、そんなとこだけど」
薪はどうやらそれ以上は言うつもりは無いらしいので代わりに儒楠が穂琥について一言言うことにした。
「穂琥ってさ、可愛いよね」
唐突にそう言った儒楠の言葉に一瞬薪は固まった。己の親友がついに壊れたかと思うほど薪は己の耳を疑った。
「・・・は?」
「いや、そんな顔をするなよ。雰囲気がさ。どこか可愛いんだよね。薪に見せてもらった過去の穂琥なんかと比べ物にならないくらい変わった」
「・・・・地球で育ったからな。平和に」
「いいことじゃないか。穂琥が地球で育ったというなら感情とかは人間よりか。だとするとオレは人間のほうが好みなのかな?」
「さぁな。なら確かめる意味も篭めて地球に行くか?」
薪の切り返しに儒楠は笑ったが薪の表情を見てその笑みを止めて眉をひそめた。
「野暮用でね。そうさ、地球に行く」
何でまた、と驚いたように儒楠は声を上げた。薪は眼を当りに泳がせてから儒楠の眼をじっと見た。
「儒楠だから言うが、痲臨が地球に存在している」
儒楠はそれを聞いて目を見開いた。そして驚きの声を上げようとした直後、薪の言葉にその言葉を飲み込む羽目になった。
「かも知れない」
「・・っつ!確信はねぇのかよ!」
「あぁ、無い。でも確率は高いから行ってくる」
「ふーん、なるほどねぇ~・・・」
薪の妙な笑みが気になったがそれ以上の事を儒楠は尋ねるつもりは毛頭無かった。これは尋ねるだけ無駄だろうという長年の勘のようなものだった。そしてその他の詳細について尋ねようと口を開いたとき、それを阻害する大きな声が部屋中に響いた。
「こんにちわぁぁぁ!!」
薪と儒楠はその登場に驚いて身を固めた。そして入ってきたのが顔を真っ赤にした穂琥であることを認識すると薪の顔が呆れで埋まっていた。それからそっと儒楠のほうにやってきて肩を組んで耳元で儒楠に尋ねた。
「何があった?」
「わ、わからない・・・」
「何話しているのー!?」
突っ込んできた穂琥に薪が押し倒された。そして押し倒した薪の上で穂琥はテンション高くはしゃいでいた。
「ありー?儒楠くんかぁい?」
「お、オレは・・じゅな、じゃ・・・ない・・・って!」
穂琥は薪の回答を聞くと形容し難い笑い声を上げて薪だったのかと騒いでいる。
「臭!お前、酒飲んだのか!?」
下敷きになっている薪は何とかして身体を起こして穂琥の状態を確認してぎょっとした声をあげていた。穂琥は色々と訳のわからない発言を繰り返している中でようやく掴んだ情報はどうやら喉が渇いて冷蔵庫から水を取り出したとの事だった。おそらくそれが水ではなく裂けであったと推測するのが妥当だろう。
「お花がにょきにょき生えて動くんだよ?ステキなところだねぇ~!」
「お前はそのまま天国にでも行っていろ!そしてオレの上からどけ!」
薪が怒号を上げているが今の穂琥にどうやらそれはまるで無意味のようだった。
「お花、薪がおいたのぉ?」
ふらふらした頭で穂琥が楽しそうに尋ねてくる。薪はそれを全力で否定する。何処にも花なんて存在していないと。花がにょきにょき生えているんだと主張する穂琥に薪はため息をついていた。
「花って言うのはそんなに急速に成長はしないんだけどな・・・」
儒楠は小さな声で言ったのだが今の穂琥にはそれすらも耳に入るようで薪の上に乗っていた穂琥がくるりと儒楠のほうを見ると口を尖らせて言う。
「ぶぅ~!儒楠君、口答えするつもり?」
穂琥のその発言に儒楠は少し困ったように足を引いた。薪の上からどき立ち上がると儒楠のほうに歩み寄る。儒楠は言葉に詰まるように苦笑いする。そして何とかして首をめぐらせて薪に助けを請う。しかし薪は疲れたといって儒楠の声を無視する。
「薪!頼むから!マジで!!こういうの慣れていないんだよ!どう対処したらいいんだ?!」
「あ~?んなもん、蹴っ飛ばしておけばいいんだよ」
「薪!」
懇願するように真に言うと流石の薪も腰を上げてくれた。
「穂琥~。お前重くなったなぁ」
「んだよこらぁ!?薪のバカーー!!」
穂琥は儒楠から離れて薪の方に歩み寄った。薪を相手に穂琥が勝てるわけも無く穂琥は見事に撃沈された。
「いい加減、眼を覚ませ!」
撃沈した穂琥を無視して薪は先程までしていた話に戻した。
「で?お前は来るのか?」
「・・・いや、いい。痲臨とは・・・かかわりたくない」
「そうか。ま、そういうだろうと思ったけどな」
薪は小さく笑う。端からわかっていたことではあったが地球へ共に来て欲しかったところもあるが来たくないというのなら仕方ないからこれ以上は突っ込むことはしないようにした。
「はっ!?」
突然頭を上げた穂琥にびくっとした薪と儒楠。そして覚醒した穂琥は自分が何処にいるかがいまいち理解できていないようだった。薪の部屋だと教えると混乱した様子を見せる。