~第一章~ 第五話 キカン
激しい雄叫び。そのままドスンと地面に落ちる。たどり着いた場所、そこは眞匏祗の世界。少女はしりもちの結果腰を痛そうにさすりながら立ち上がった。そしてそんな少女の目の前に居る少年に向けて小言を言う。
「もっと優しくできないかなぁ~」
しかし、少年は少女が無事なことを確認し、傷がないなら行くぞと言って歩き始めてしまった。少女は慌てて立ち上がって少年の後を追った。
「ぶぅ・・・。心に傷がついた」
そんな文句を言っても少年、薪は足を止めずさっさと言ってしまう。ため息をついて仕方ないとして少女、穂琥は少年の背を追った。
失われていた記憶を何とか取り戻した穂琥は薪と共に生まれ故郷である眞匏祗の世界へと戻ってきた。そもそも眞匏祗と言う地球に住む『人間』にとっては不確かその存在が何であるかといえば。はるか昔に眞匏祗が地球に訪れた時、言葉を誤って似たような言語が地球で生まれた。それが『魔法』で実際『人間』にそれを扱うことはできないけれどそういった存在がいたと言うこと。
そしてその眞匏祗の生態。人間と見た目は何も変わらない。ただ人間と眞匏祗を見比べてもなんら違いなど分からない。しかしそう思うのはあくまで人間だけ。眞匏祗からしてみれば一目瞭然のこと。その違いはオーラと呼ぶか、気配と呼ぶか。そういった類のもの。眞匏祗の体からはそれが絶えず漏れ続けている。このオーラを眞匏祗の世界では眞稀と呼んでいる。眞稀は力を有していればいるほど大きく感じられ、有していなければ小さくなる。そしてこの眞稀を感知できる能力自体にも差が生じる。感覚が鋭敏ならば小さな眞稀も感知ができるという訳だ。そしてさらに能力値が上になればその眞稀自体を体の外に漏らすことなく『ゼロ』の状態にすることもできる。ただ、この『ゼロ』状態に至るまでには随分と力が必要となる。凡人にはできないということだ。そしてこういった眞稀を使って摩訶不思議な能力を行使する。
もう一つ、魂石と呼ばれるものを眞匏祗は体内のどこかに宿している。体内から体外への出し入れは比較的楽に行うことができるこの魂石は眞匏祗の命の源、エネルギーとなる。大きさはみな均一だがそれの密度や存在感が力によって異なってくる。眞匏祗はこの魂石を破損しなければ死ぬことはない。故に心臓を打ち抜かれたとしても即死することはないのが眞匏祗。つまり人間とは比べ物にならないくらいの生命力を持っていることになる。
とはいってもその肢体に怪我をして絶対に死なないわけでもない。その怪我によって魂石に支障をきたすこともあり得る。つまりはただ単純に人間よりも若干強固なだけ。それが眞匏祗という存在。
さて。説明が長くなってしまったが、とにかくこの地へ戻ってきた。薪にとっては久々の帰還、穂琥にとってはほとんど始めての帰還となった。
「どうしたの?」
歩いているうちに崖まで来てその下には広大な街が広がっている。どこまでも、どこまでも。そしてそれを見下ろして薪がどこか物思いにふけっているように見えたので穂琥が尋ねた。薪は物思いから帰ってきて少しだけ切ない表情をして広大な大地を見渡している。
「来ちまったな、って」
どこか諦めの匂いがする言葉に返す言葉はたった一つ。
「愨夸として当然じゃない?」
「まぁ、そうだけど」
薪は目を細めて街々を見下ろしている。
愨夸とはこの眞匏祗の世界を統治する眞匏祗のこと。どの眞匏祗よりも強くあらねばならない。雄々しくあらねばならない。眞匏祗の頂点に君臨してこの世界を治めている、それが愨夸。そしてそれが現在は薪であるということ。
薪は目の前の崖を降りるべく、足を踏み出す。穂琥はそれを勢いよく止めた。
「ちょ、ちょ、待ちぃ!こんなところ降りるの?!」
声を上げた穂琥に対し、薪の目はとても冷たかった。面倒くさそうというか、馬鹿にしているというか。そして薪は吐き捨てるように穂琥に言う。
「お前はなんだ?眞匏祗だろうが。この位なら降りられるだろう」
「・・・・あ」
さんざん人間として生活してきた穂琥にとって、眞匏祗である情は少し薄い。よって眞稀を練ることをすぐに忘れる。眞稀さえちゃんと扱うことができればこの程度の崖なら降りるのはたやすいこと。準備を整えて薪と穂琥はその崖を降りる。
崖を降りて一息ついた穂琥だったが薪は表情を険しくした。薪は降りた直後に辺りにある異変に気付いたのが原因だった。
「どうしたの?」
「お前、眞匏祗として生きていく資格ない」
穂琥の疑問に薪は鋭く言い切る。それを受けて穂琥は薪の感性が鋭すぎるのだと文句を言おうとしたが薪に口を抑えられて喋ることができなくなった。抑えられたまま引き摺られるように物陰に身をひそめる。すると男が走ってきた。それから辺りを見回しながら疑問そうな声を上げる。
「おかしいな?確かに眞稀を感じたんだが・・・」
未だに眞稀を漏らしている穂琥に叱咤する薪。
「こっちの世界来たら眞稀を消せって何度も言っただろうが!」
小さな小枝がすごい剣幕で怒られ穂琥は小さくなって謝罪するしかなかった。男がこちらに気づいたら面倒だと思っていた薪だったが、男は予想外のところで足を止めて嬉しそうにして何かを拾い上げた。穂琥の見た感想からするとガラス玉のように見えた。ただ、今までに見たこともないほど美しく煌めいていた。男はそれを持ってその場を去った。薪が立ち上がって男が去って行った方を見つめながらぼそっと言う。
「何に使うかわからないけど。調べに行った方がいいな」
「あれ、何?」
尋ねた穂琥の言葉を聞いた瞬間薪の目が一気に冷たくなった。
「お前・・・確かに眞匏祗としてこっちの世界で過ごしたことが記憶としてないだろうから仕方ないことも多少は出てくると思うが」
ため息をついて、目を伏せながら薪が言う。それから鋭い瞳をしゃがんでいる穂琥へ向ける。向ける、というよりは見下すように睨む。
「あれ位の物は覚えておけ!」
必死で謝罪の言葉を述べる。よく薪には怒鳴られるが、なんだかんだ言って薪は優しい。だからこういった類のことで怒られてもちゃんと説明をしてくれる。今回だって例外ではない。
「あれは痲臨だ。名前聞きゃぁわかるよなぁ?」
今回はどうやら二段階構想で叱られてからのようだ。
「ごめんなさい・・・・」
「ったく。少しは勉強しろってんだよ。地球での歴史とか覚えていたって本国の知らねぇんじゃ意味がねぇ」
薪は穂琥を軽視した後、いつもの表情に戻って歩き出してしまった。穂琥としては意外だった。いつもちゃんと説明をしてくれるというのに今回はあまりに頓珍漢だったためにさすがの薪も説明する気が失せたのだろうか。歩く薪の背を追う。
「あいつが何をしようとしているのかわからん以上、しようとしていることを探る必要がある。急ぐぞ」
「あ、ねぇ、痲臨って何?」
「後でな」
薪の話具合と態度、そして歩く速さから考えて、怒っているわけではないと判断する穂琥。きっと痲臨というものはとても力のあるものなのだろう。だから先ほどの男が何をするか不安がある。それをいち早く薪は解決へと導きたかったのだろう。